第4話 灰かぶり姫はロックオンする
これはまだ、アシュリンがエドワード王子と会う前の話。義母と義姉達が再婚でルーカス伯爵の元に来たばかりの頃の話だ。
暗くて寂しい森の奥。
アシュリンが、木の根元でシクシク泣いていた。その涙は、迷子になった恐怖と、耐えがたい空腹からくるものだった。
「うぅ…もうダメ…お腹すいた…何か、肉の塊でも落ちてないかな…」
そんな彼女を見つけたのは、森に住む一人の狩人だった。逞しい体つきは野生動物を相手にする者としての証明であり、その顔に浮かぶ爽やかな笑みは、都会の貴族にはない野性的な魅力に溢れていた。
「こんなところで何をしてるんだ?一人か?」
彼は腕に抱えていた、豚と猪を掛け合わせたような奇妙な生き物『イノブタラ』を下ろす。その肉質の良さから森の珍味として知られる獲物だ。
「とりあえず、食うか?」
狩人は迷うことなく、持参した焚き火セットで炭火を起こし、大きな肉の塊を網に乗せた。ジュウジュウと音を立てる肉は、脂が滴り落ちて炎を跳ねさせ、香ばしい匂いを森いっぱいに漂わせた。
アシュリンは涙を拭く間もなく、まるで獲物を見つけた肉食獣のように、目を輝かせて飛びついた。
「な、なにこれ…おいしすぎるっ! こんな美味しいお肉、初めて食べた!」
「泣いてたんじゃないのか?」
狩人はその豹変ぶりに苦笑する。
アシュリンは肉を頬張りながら、さらに目をキラキラさせて尋ねた。
「お兄さんは、こんな美味しいお肉を毎日食べているの?」
狩人は爽やかな笑みを浮かべた。
「毎日じゃないけどな。こいつはよく獲れるから、食おうと思えばいつでも食えるさ」
アシュリンの脳内で、雷鳴が轟いた。
ーこれは、人生の最重要案件だ!絶対GETしなければ!
お肉を…いや違う!お肉を無限に供給してくれるこの狩人さんを!
そこへ迎えの者たちが到着し、涙ながらに父と再会する。
「アシュリン!無事だったか!」
現れたのは、彼女の父、ルーカス伯爵であった。彼は王都でも指折りの名家だ。
伯爵は狩人に深く頭を下げ、名を明かす。
アシュリンはその横で、すでに結婚後の食卓を夢見ていた。
「(狩人さんのお嫁さんになれば、あのイノブタラの肉が一生食べ放題…!しかもイケメン独身・筋肉!!)」
なんて短絡的かつ不純な理由から、アシュリンの狩人攻略作戦が幕を開ける。
伯爵家に戻ったアシュリンが、執事から入手した『狩人シンシアスの好み徹底分析レポート』によると、彼の好みは、綺麗で爆乳で、料理上手で掃除も得意な女性らしい。
ー綺麗、これは自分なら合格(※本人談)
ー爆乳、まぁ無理。これは努力でどうにかなるレベルではない。
ー料理と掃除は…努力すればなんとかなる!肉のためなら努力できる!
一・二・三、ダーッ!
こうして、地獄の特訓が始まった。
頼んでもないのに台所に立ち、調味料の比率が科学的に崩壊した料理を作る。
出来上がるのは、なぜか全てが酸っぱいか、激辛のどちらかという二択の毒物である。
頼んでもないのに屋敷の掃除をしては、持ち前の荒々しい力で床板を剥がし、義姉達の愛用品を物理的に粉砕して壊す。
義姉のセシリアが大切にしていた最新流行のドレスは、彼女の「シミ抜き」という名の熱湯攻撃により、布切れと化した。
そして、(慣れない家事で)イライラしたら屋敷の壁に八つ当たり。
彼女の部屋の周りの壁は、拳跡と足跡でアート作品のようなボコボコの状態である。
こうして、再婚してルーカス伯爵家に来たばかりの義母と義姉達を絶望の淵に突き落とす、『恐怖の大魔王アシュリン』が爆誕したのである。
彼女らはお伽噺の継母と姉達のように意地悪をするどころか、アシュリンに怯えて静かに暮らす日々を送っていた。
いつか狩人さんのお嫁さんになれる日を夢見て、今日もアシュリンは、家事という名の破壊活動に勤しむ。
そう粘着質の変態ナルシスト・エドワード王子なんてお呼びではないのだ。
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