第18話 セレスの記憶

 焚き火の光に照らされ、白糸の女――セレスは静かに語り始めた。

 「黒紡会に拾われたのは十歳のときだった。家族も村も、収穫で失った。泣き叫ぶ声が布に変わるのを、ただ見ているしかなかった」


 彼女の声は淡々としているのに、炎が揺れるたびに影が震えて見えた。

 「“縫い手”として育てられ、私は誰よりも速く糸を操った。だがある日、気づいたの。編んでいる布が人の悲鳴でできていることに」


 ユナが拳を握る。「じゃあ、あなたは……」

 「はい。私は黒紡会で数多の命を織り込んだ。――逃げるまで」


 ◇


 セレスは腕の包帯を握りしめた。黒い捕縫を解かれた跡はまだ赤く腫れている。

 「逃げたのは臆病だからじゃない。王都の織り機を“試作機”と呼んでいたのを聞いたから。あれ以上に大きなものを作る計画を知ったから」

 「それが……白縫の壇」

 シアラが低く呟いた。


 セレスの瞳に一瞬、恐怖がよぎる。

 「聖域は、私たち縫い手にとっても禁忌だった。神々が最初に糸を垂らした場所。そこに眠る織り機は、世界そのものを縫い替える力を持つと言われている」


 ◇


 「世界を縫い替える……?」

 レオンが剣を握りしめる。

 「魔王を討つよりも、よほど危険だな」

 「魔王など比べ物にならない」セレスは首を振る。「黒紡会の狙いは、世界の“現実”そのものを織り直すこと」


 俺は針を見下ろした。柄に刻まれた祈りの文字が微かに光っている。

 「なら……その糸をほどくのが、俺の役目だ」


 ◇


 翌朝、俺たちは聖域への準備を整えた。

 村で救った人々の一部が同行を願ったが、レオンは首を振った。

 「お前たちはここに残って、逃れてきた者を守れ。聖域は俺たちが行く」


 セレスは白い布を裂き、俺の針に巻きつけた。

 「この布は“始まりの糸”の欠片。かつて聖域から持ち出されたもの。あなたの針と結べば、織り機に干渉できる」


 針先に巻かれた白布は柔らかく光り、震えが穏やかになった。


 ◇


 その夜、焚き火の周囲でユナがぽつりと呟く。

 「リオ。あなたが段取りを重ねるたび、世界は少しずつほどけて、でも繋がっていく。……不思議だね」

 「雑用だからな。一つひとつ、片づけるだけだ」

 俺は笑った。けれど胸の奥では、迫りくる聖域の気配に糸が震えていた。


 ――次の段取りは、世界の根幹を解くことになる。

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