第17話 計算された作戦 ~アオイ~
南部商業都市『メルカトゥス』に到着したアオイチームは、これまでとは全く異なる雰囲気に戸惑っていた。
アオイのチームメンバーは、ディアナ(22歳・元会計士見習い)、ローガン(20歳・元商人の息子)、フィリア(19歳・元情報屋見習い)の3人だった。
「すごい活気ね......」
ディアナが街の賑わいに目を見張る。
メルカトゥスは、国内最大の商業都市。様々な商品が行き交い、商人たちの活気に満ちている。
しかし、瘴気の影響で取引が停滞し、街の人々は焦りと不安を抱えていた。
「まず、状況を分析しましょう」
アオイが冷静に指示を出す。
彼女は地図を広げ、瘴気の分布を細かく記録し始めた。
「瘴気の濃度は、市場の中心部が最も高い」
アオイがデータをまとめる。
「おそらく、商品の流れが停滞したことで、負の感情が集中しているのね」
ローガンが商人としての知識を加える。
「そうですね。取引がうまくいかないと、商人たちの不安や焦りが渦巻きます」
「ということは」
フィリアが分析する。
「中心部から浄化すれば、連鎖的に周辺も浄化できる可能性が高いわ」
「効率的ね」
アオイが満足そうに頷く。
4人は精密な作戦計画を立てた。浄化の順序、タイミング、全てが計算し尽くされている。
翌日、計画通りに市場中心部での浄化を開始した。
音響水晶が、アオイが選んだ効率的なリズムの音楽を奏でる。
4人のダンスは正確で、無駄がない。
聖魔法の光は計算通りの範囲を浄化し、作戦は成功した。
「完璧ね」
アオイが満足そうに言う。
「データ通りに進んだわ」
しかし、フィリアが少し気になることを口にした。
「でも......なんだか、街の人たちの反応が薄くない?」
確かに、瘴気は消えたが、街の人々はあまり喜んでいない様子だった。
「気のせいでしょう」
アオイが一蹴する。
「結果が出たんだから、それでいいの」
数日後、アオイチームは商人ギルドに呼ばれた。
「あなたたちの活動には感謝しています」
ギルド長が複雑な表情で言う。
「しかし......問題があります」
「問題?」
アオイが眉をひそめる。
「はい。あなたたちは効率を優先して浄化を進めていますが、私たち商人の事情を考慮していません」
別の商人が不満を述べる。
「昨日、あなたたちが浄化した地区には、まだ大切な商品が残っていました。でも、事前の連絡もなく浄化されて......」
「それは」
アオイが反論しようとするが、商人たちの不満は止まらない。
「私たちにも、それぞれの事情があるんです。効率だけで全てが決まるわけじゃない」
アオイは戸惑った。データと理論では完璧な作戦だったはず。なのに、なぜこんなことに......
その夜、宿でディアナが口を開いた。
「アオイさん、私たちのやり方、何か間違ってるんじゃないでしょうか」
「何が? 計画通りに進んでるじゃない」
アオイが強く言う。
「でも、街の人たちが喜んでないんです」
ローガンも続ける。
「商人として言わせてもらえば、取引には信頼関係が必要です。データだけじゃない、心の繋がりが......」
「心?」
アオイが苛立ちを見せる。
「感情に左右されてたら、効率が落ちるでしょう」
フィリアが静かに言った。
「アオイさん、私たち、人を助けるために来たんですよね?」
「当然でしょう」
「じゃあ、なぜ助けた人たちが笑顔じゃないんですか?」
その言葉に、アオイは返せなかった。
翌日の浄化作戦中、問題が顕在化した。
音響水晶が奏でる効率的なリズムの音楽に、街の人々が違和感を示したのだ。
「この音楽......なんだか冷たいわね」
一人の商人が呟く。
「私たちの街の音楽じゃない」
メルカトゥスには、商人たちが代々歌い継いできた「取引の歌」があった。
それは、単なる効率的なリズムではなく、人と人との繋がりを大切にする、温かみのある音楽だった。
しかし、アオイはそれを「非効率」として採用していなかった。
「アオイさん......」
ディアナが恐る恐る提案する。
「この街の人たちの音楽も、取り入れてみませんか?」
「でも、あれはテンポが遅すぎて......」
「効率だけが全てじゃないって、さっき商人さんたちも言ってたじゃないですか」
ローガンが説得する。
その夜、アオイは一人で考え込んでいた。
自分の戦略は完璧だった。データも理論も正しかった。
なのに、なぜうまくいかないのか。
魔法通信の時間、他のチームの報告を聞いた。
「私たちは、村の人たちと一緒に歌いながら浄化したの」
ユカの声が温かい。
「山の音楽を使ったら、すごく効果的だったわ」
ハルの報告も同様だ。
皆、地域の文化を尊重し、音楽を取り入れている。
アオイだけが、効率と理論だけに固執していた。
「私......間違ってたのかしら」
アオイが初めて弱音を吐いた。
通信を終えた後、ディアナが優しく言った。
「アオイさんの分析力は素晴らしいです。でも、それだけじゃ人の心は動かせないんです」
「じゃあ、どうすればいいの......」
アオイの目に、初めて迷いが浮かんだ。
「まず、街の人たちの話を聞きましょう」
フィリアが提案する。
「データじゃなく、生の声を」
アオイは深く頷いた。
効率と理論の限界を、初めて認めたのだった――。
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