ノートの息遣い
ほしきれ
第1話 はじまりの朝
朝の光が、薄いカーテンのすき間から差し込んでいた。
光の粒がふわりと漂い、散らかった部屋をゆっくり照らしていく。
床には色鉛筆やペンが転がり、スケッチブックやプリントが山のように積み上がっていた。
机の端からは描きかけの紙がはみ出し、キャラクターの顔が半分だけのぞいている。
その真ん中で、いろはは布団にくるまって眠っていた。髪はあちこちにはね、腕の下にはキャップを外したままのペン。
がちゃり、とドアが開いた。
母・ようこがノックもせずに入ってくる。
「おはよー、いろは!」
明るい声が散らかった空気を突き抜ける。
いろはは眉をひそめ、布団を頭まで引き上げた。
額に落ちた前髪は小さなカーテン。世界から自分を隠す合図みたいだった。
「……勝手に入んないで。」
ようこは机のスケッチブックをひょいと手に取る。そこには、いろはの描いたキャラクター。
大きな目に少し生意気そうな笑み。今にもしゃべり出しそうだった。
「すごいじゃない。やっぱり上手だよ。」
ようこはにこにこしながら言う。
「ねえ、これで絵本大賞に応募してみない? お母さんが物語考えるから、いろはが絵を描いて。」
スマホの画面には、赤く囲まれた締め切りの日付。
「……めんど。てか、うざい。出てって。」
布団に顔をうずめたいろはの声は、くぐもっていた。
ようこは肩をすくめて笑う。
「うざいなんて言わないでよー。でも本当にいい絵だと思う。」
ようこが部屋を出ると、階段の下では姉のねいろが袖をきゅっとまくり、朝の支度をしていた。
「お母さん、いろはに甘すぎ。」
ねいろは冷静に言う。
「学校も行ってないのに、それでいいの?」
ようこは廊下の写真に目をやる。そこには幼い姉妹と、もういない父の姿。ぎこちなくも優しい笑顔。
「……こんなとき、お父さんならなんて言ったかな。」
小さくつぶやき、すぐ明るい声に戻す。
「さ、ねいちゃん、遅刻するよ!」
玄関のドアが閉まり、再び静けさが落ちる。
布団の隙間から机を見たいろはは、キャラクターが少し笑っているように見えて、胸の奥がざわついた。
転がっていたペンを拾い、白い余白へそっと線を走らせる。
——そのとき、キャラクターの瞳がかすかに光を宿したように見えた。
いろはは目をこすったが、もうただの鉛筆の線に戻っていた。
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