第4話 拒まれた扉
冒険者ギルド《エルダの翼》。
石造りの大広間は昼間だというのに薄暗く、外の光を遮る分厚い壁に松明が揺らめいている。
依頼の貼られた掲示板には冒険者たちが群がり、紙を奪い合うように睨み合っていた。
剣の鞘が擦れる音、鎧のぶつかり合う重い響き、酒場のような笑い声と怒号――。
そこは、戦場の臭気を凝縮したかのような場所だった。
「ここが……冒険者ギルド……」
アリアは思わず息を呑む。修道服姿の自分が、この空間でひどく場違いに感じられる。
背後にはセドリックとカイルが控え、二人ともさりげなく彼女を庇うように立っていた。
ノエルとガレスは孤児院を守るため、今回は留守番だ。
受付に進み出ると、整った制服を着た女性職員が穏やかに微笑んだ。
「登録希望ですね。ではまず、魔力量の測定をお願いします」
差し出されたのは透明な水晶球。
「両手を添え、心を静めてください。光が強ければ強いほど、魔力量が多いとされます」
アリアはごくりと唾を飲み込み、両手をそっと水晶に触れた。
周囲にいた冒険者たちが、面白そうにこちらを見やる。
――次の瞬間、空気がふっと変わった。
水晶は、沈黙したまま。
一分、二分……待っても、光の兆しすら見せない。
「……ゼロ?」
受付嬢の眉がわずかにひそめられる。
「まさか、魔力が一滴もないなんて」
冒険者たちの嘲笑が背後から響いてきた。
「おい見ろよ、魔力ゼロの娘だ!」
「祈りで魔物が倒せるなら苦労はねえぞ!」
「こんなの連れてったら足手まといだろ。すぐ死ぬに決まってる」
鋭い笑い声と、軽蔑の視線。
アリアの胸の奥が冷たい手で締め付けられる。
(やっぱり……私は、人とは違う……)
職員の顔にも戸惑いが浮かんでいた。
やがて彼女は申し訳なさそうに口を開く。
「……規則により、魔力が確認できない方の登録はできません」
突き放すような言葉。
それはアリアの心を深く抉った。
「待ってください! アリアは――!」
カイルが声を荒げたが、その肩にセドリックの手が置かれる。
「無駄だ。ここで騒げば、余計に孤児院に迷惑がかかる」
その言葉に、カイルは悔しげに唇を噛み、アリアはただうつむいた。
握り締めた拳が白くなるほど強く震えている。
「……すみません。失礼します」
三人は背を向けた。
背後から聞こえる失笑とささやきは、刃物のように突き刺さる。
冷たい風が吹き抜けるような感覚の中、アリアはただ黙って歩き続けた。
――夢を掴もうとした手は、あっけなく弾かれた。
けれど胸の奥で、なおも熱は燻り続けている。
(守りたい……みんなを守りたい。そのために私は……)
その強い願いが、この先の運命を大きく動かしていくことになるのを、このときのアリアはまだ知らなかった。
その頃――
裏庭では、ガレスが子供たちと遊んでいた。大きな背に小さな子供を乗せ、「巨人さんだ!」と笑い声が響いている。
だが、彼の顔には笑みとは裏腹に、わずかな険しさが浮かんでいた。
「……妙だな」
ガレスはふと呟く。
「鳥の声が少ない。森が静かすぎる……」
その違和感が現実のものとなるのに、時間はかからなかった。
――バンッ!
正面の扉が乱暴に開け放たれ、子供たちが悲鳴を上げる。
埃を巻き上げて現れたのは、痩せぎすで背の曲がった男、借金取りのオルセン。
その背後には、重苦しい鎧を纏い聖印を刻んだ兵士たちが数名控えていた。
彼らの肩には銃器が下げられ、冷ややかな金属の輝きが陽光を弾く。
「オルセン……!」
ノエルが低く唸るように名を呼ぶ。その尻尾は恐怖と怒りで膨らんでいた。
「な、何の用ですか……?」
院長マリアンヌが子供たちを庇うように前へ歩み出る。
老いた声は震えていたが、その背筋はまっすぐに伸びていた。
兵士の一人が冷徹に告げる。
「神殿の聖遺物を盗んだ疑いがある。マリアンヌ=クローヴァー、貴様を拘束する」
「聖遺物……? そんな馬鹿な……!」
ノエルが青ざめて声を上げる。子供たちも泣き出し、院内は一気に騒然となった。
「待てよ!」
ガレスが立ちふさがる。大きな背で子供たちを覆い隠し、その瞳には怒りが燃え上がっていた。
「院長がそんなことするわけねえだろ! 証拠を出せ!」
オルセンがずいっと前に出て、下卑た笑みを浮かべる。
「証拠? そんなもん必要ねえ。上が“そう決めた”んだよ。俺たちは命令に従うだけさ」
「貴様……!」
ガレスの声は怒号となり、子供たちがさらに怯える。
兵士たちは躊躇なく動いた。
幼い子供たちの腕を掴み、無理やり引きずり出す。
「やめろッ!」
ガレスが叫び、床板を軋ませて一歩踏み込む。
次の瞬間――
カチリ、と冷たい金属音が響いた。
黒光りする銃口が、まっすぐにガレスの胸に向けられていた。
泣き叫ぶ子供たち。
歯を食いしばるノエル。
険しい眼差しで祈るマリアンヌ。
不穏な影が、確実に《聖樹の家》を覆い始めていた。
――続く。
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