第15話 冒険者とは

――その時。


がらんどうの中央ホールに、軽い靴音が響いた。

ライナが顔を上げると、扉の影から冒険者風の女性が現れた。革の鎧に短剣を腰へ下げ、肩には旅の埃がまだ残っている。


彼女は観客席の列を軽く飛び越えるようにして前へ進み、講壇の前に立つライナを見上げた。


「……あんた、ライナだろ? 噂で聞いたよ。竜やらワイバーンやらの話をして回ってる研究者がいるって」


ライナは驚きつつも、静かに頷いた。

「はい。人に語られなくても、私は記録し、伝えなければならないと思っています。……まさか、聞いてくださっていたのですか?」


女性は少し照れ臭そうに頭をかいた。

「ええ、最初からじゃないけどね。正直、竜なんてのはおとぎ話だと思ってた。でも……ここ数週間、北の荒野で“それっぽい影”を見たって仲間が言っててさ。気になって来てみたんだ」


ライナの目がわずかに輝く。

「影、ですか? 翼の大きさ、飛び方……何か詳しく覚えていませんか?」


女性は苦笑して肩をすくめる。

「研究者ってのは皆そうなんだね、まずは話を聞きたがる。あたしはシーナ。剣を振るう方が得意だけど……竜の噂が本当なら、命を懸けてでも向き合う価値があると思ってる」


ライナは真剣な表情でうなずく。

「私も、命を懸けて知りたいのです。真実を。……シーナさん、その“影”について、ぜひ詳しく教えていただけませんか?」


ホールには二人の声だけが反響する。

外の夕陽がさらに傾き、竜骨模型の影が長く伸びて、ライナとシーナを覆った。


彼女は少し間を置いてから、にやりと笑った。

「いいよ。ただし、あんたも現場を見に来るんだ。机の上の竜は喰いついてこないけど、空飛ぶやつはそうはいかないからね」


ライナの白衣の裾が、彼女の言葉に応えるように小さく揺れた。


――竜を語る者と、竜に挑む者。

二人の出会いが、やがて新たな道を開いていくのだった。


ホールの片隅、夕陽がだんだん赤みを増すなかで。


シーナは腕を組み、少し身を乗り出すようにしてライナを見た。

「で、ライナ。あんた自身はどれくらい戦えるんだ? 研究ばっかりしてるように見えるけど……現場じゃ剣が物を言うこともある」


ライナは一瞬黙り、静かに腰へ手を伸ばした。

外套の下から現れたのは、銀色に鈍く光る魔導剣。柄には古いルーン文字が刻まれ、刀身にはかすかに紅い痕跡が浮かんでいる。


彼はその刃を軽く抜き、淡い光を受けて揺らめく表面を示した。

「……こいつは、ただの剣ではありません。いくつもの亜竜、そして魔物の血を吸い、記録してきた。

戦場でも研究室でも、私はこの剣と共に歩んできたのです」


言葉に混じるのは誇りと責任、そしてわずかな疲労だった。


しかし、シーナは思わず吹き出した。

「ははっ、なんだいその言い回し! ずいぶん芝居がかってるね。まるで吟遊詩人じゃないか」


ライナはむっとした表情を浮かべたが、彼女は肩をすくめて続ける。

「でも……剣の重みだけは嘘じゃなさそうだ。血を吸ったってのは大げさでも、その刃の色は只者じゃない」


ライナは静かに剣を納め、白衣の裾を直した。

「真実を語るには、時に誇張にも聞こえるものです。しかし……それでも私は、この剣に語らせたいのです」


シーナは目を細め、にやりと笑った。

「面白い。研究者にしては骨がある。……いいね、ライナ。あたし、あんたを気に入ったよ」


――静かな講堂の中、二人のやり取りは夕陽に染まって響いていた。

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