(2/3) 第二話 霧島くんとの神話
神様を生み出す霧島真也くんは、言うなれば、神様にとっての神様みたいな存在だ。
だとすると、その真也くんをこの世に産み落とした隣のおばさんは、神様の神様の神様ということになる。
そんなとても偉い存在に、私は料理を習い始めた。
大会のある運動部とは違い、私や真也くんのような文化部の部員は、中学三年生の春には早々に引退となる。今になって思い返しても、あの頃の学校からの「高校受験に向けて勉強しろ」という圧力はめちゃくちゃすごかったなぁと思う。
そんなわけで、少々時間を持て余していた私は、真也くんのお母さんを捕まえてずいぶん早めの花嫁修業をしていたのだ。
そうして、霧島家の夕飯に毎日一品だけ私の手料理が並ぶようになった頃、私は夕飯後も真也くんと二人並んで受験勉強をするようになっていた。
ただ、ちょっと油断すると新しい神話を作り始めてしまうのが、私たちの困ったところでもあった。
――どうして国語の選択問題って微妙に納得できないの?
「国語の神様はけっこう意地悪だからね。絶対に満点を取らせてたまるかって考えて、ドンピシャで納得のいく選択肢は用意してくれないんだよ。そうしたら、みんな百点を取れちゃって試験にならないだろう?」
なるほど。それでこんな風に、微妙にズレた選択肢が正解になっちゃうんだなぁ。
そう思って二人であれこれ受験問題を研究していくと、案外その考え方は間違っていないってことに気がつく。
そっか、神様は受験生をふるい落とすために試験を作るんだもんね。つい選びたくなってしまうような「良い」選択肢は全部ハズレなんだ。なるほどねぇ。
なんやかんや、真也くんの作る神話は受験勉強をする時にも役に立つようになってきて、私たちは順調に試験の点数を伸ばしていくことに成功していた。
念願かなって、高校は同じところに合格することができた。
通学のためには電車に三十分ほど揺られる必要があったのだけれど、個人的にはもっと時間がかかってもいいのになと思っていた。毎日がデートみたいなものだったからね。
――なんで夏ってこんなに暑いんだろう。
「それはね。夏を司る女神様の夫婦が、いつも情熱的だからだよ。正直、もう少し落ち着いてくれても良いと思うけど」
なるほど。でもラブラブなら仕方がないかぁ。
「春の女神様夫妻はいつも初々しくて微笑ましいんだ。夏の女神様夫妻は情熱的。秋の女神様夫妻は成熟していて、冬の女神様夫妻は喧嘩ばかりして空気が冷え切っているんだよ」
「いろんな家庭があるものだね」
「そうだね。もちろん夏の女神様たちだって喧嘩をするんだけど。台風が来て空模様が大荒れになって……ただ、喧嘩が終わるとスカッと晴れて、また暑くなるんだ」
なるほど。もうちょっといい塩梅のレベルで暮らしてくれると、私たち人間としては嬉しいんだけどなぁ。
高校でも私は美術部に入って、神話以外の絵も描き始めたりして、なんとなく将来は美大に進みたいなと考えるようになっていた。
一方で、真也くんは文芸部に入ることになり、いつもの神話とはまた別に、いろいろな物語を作るようになっていった。
――ねぇ起きてよ。なんで映画の途中で寝ちゃうの?
「それはね。僕の脳内で眠りの神様とデートの神様がバチバチに争い合っていたのだけれど、どうしても暗い場所にいると眠りの神様の方がパワーを発揮してしまうんだよ」
なるほど。つまりまた昨日も夜更かししていたわけだ。
私が頬を膨らませると、真也くんは焦ったようにペコペコと謝ってきたので、仕方がないからバニラシェイクで手を打つことにした。
せっかく高校生になったのだし、と二人でいろいろな場所に出かけてみたものの、一番落ち着くのは真也くんの部屋だなという事実に気がついてしまった。今になって思い返しても、まぁそこそこ妥当な結論に至ったんだなぁとは思う。
友達には“おうちデート中”みたいなカップル仕草を取りつつ、私たちはデートとは名ばかりのダラダラとした時間を過ごす。それが身の丈に合った一番楽しい過ごし方なのだ。
真也くんが本を読んでいる側で、私はガラスのコップを机に置いてデッサンをしていた。そして、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。
――ねぇ、どうして男と女の身体ってこんなに違うの?
「それはね。生き物を作る神様はやっぱりテキトーだから、人間を作るときにちょっと余った粘土を男の股にくっつけたり、女の胸にくっつけたりして遊んでいたんだ」
「相変わらずだねぇ」
「うん。それで、そうしているうちにうっかり寝落ちしてしまってね。気がついたらそのまま完成ってことになってしまったんだよ」
なるほど。もうちょっと粘土が余っていたら、私の胸ももう少しだけ膨らんでいたんだろうか。
私はいつものように、真也くんの神話を掘り下げて検討してみようと思いついた。
真也くんにピトッとひっついて、神様がイタズラで男の股にくっつけたヤツが実際にどのようになっているのか見せてくれとお願いする。その代わり、神様がうっかり盛り損ねた私の胸でよければ見せてあげるよと申し出たのである。
神様は遊びで男女を作った割に、わりと細部までよく作り込んだんだなぁ、というのが私の素直な感想であった。
美大に行きたいという意志がだんだんと強くなってきた私は、美術部の先生に相談して美術予備校に通うようになった。
一方で真也くんは文学部を志望しているらしく、文系科目の勉強をしながら小説投稿サイトに自分の作品を掲載し始めた。
真也くんの小説は私の好みド直球だったため、全作品を何度も読み返してしまうくらいの大ファンになってしまったのだけれど。
しかし、どうやら世間が求めている方向性とはだいぶ乖離してしまっているようで、爆発的に流行るということはなかった。
私は相変わらず、真也くんの隣で質問を投げかける。
――どうして冬に食べるソフトクリームは美味しいの?
「それはね。冬を司る女神様の夫婦が、どんなに冷え切った関係になってもギリギリで離婚しない秘訣なんだ」
「へぇ、離婚しない秘訣か」
「うん。旦那さんはもうどうしようもないダメ男なんだけどね。鍋料理、肉まん、アイス、おでん……奥さんの好きな美味しいモノをたくさん用意して、どうにか機嫌を取っているんだよ」
なるほど。だから冬に食べるものはなんでも美味しいのか。
私はふと、そういえば私が怒った時はいつも食べ物で宥められているなぁと思った。
けれど、それはそれで美味しいものを食べられるから良いかなぁとも思ったので、特に指摘はしないまま、ソフトクリームをペロペロと舐めていた。
大学受験は二人とも志望校に合格したため、次の春からは家を出て都内のアパートを借り、少なくとも四年間は好きなことに邁進できることが決まった。
霧島家の食卓で、私の親も集まって、みんなで大学受験の慰労会を行っていると。
スマホを手にした真也くんが「一人暮らしのアパートってどんな基準で選べばいいんだろう」と意味不明なことを言い始めた。私は「二人暮らしに決まってるでしょ」と言って、いくつかの候補物件のURLを真也くんのスマホに送り付けた。
真也くんの部屋で引っ越しのダンボールに荷物を詰めながら、私はぽつりと呟いた。
――私ばっかり好きみたいで、なんか悔しい。
「そうだなぁ……言葉の神様って、やっぱり不器用だから」
真也くんはそう言って、私にキスをしてきた。
言葉の神様はやっぱり不器用で、気持ちの全部を上手く表現できないけれど。
その代わり、真也くんが溢れんばかりの気持ちをこうやって伝えてくれるのなら、それも悪くないかなぁと私は思っていた。
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