天光獄死

萌パーカー

ここは?

「…ここ、どこ?」

 目覚めると、仰向けに倒れながら、

 ヘラは知らない場所に居た。ちょうど天井が見えたが、

 どこからともかく淡い光が差し込んでいる。

 天井には灯りがないのに、部屋全体がやわらかく

 照らされていた。

 すると…

「あ、起きた!!君、大丈夫そ!?」

 見るからに、ヘラと年齢が近そうな少女が、

 ヘラの顔を覗き込むように見て、問いかけていた。

 その言葉を聞き、彼は身を起こして言う。

「あっ…はい。俺は、なんとか大丈夫です。」

 少し考えて

「…え。待ってください、起きたって…」

「俺、ここで寝ていたんですか…?」

「…この、見ず知らずの場所で……」

 ヘラは、寝ていたという事実に驚く。

 まさか、こんなところで寝ていたとは思わないから。

「それがそうなんだよ〜!!」

「…実はアタシ、気づいたらここに居て…」

「で、隣で仰向けになってる君がいて、『大丈夫かな?』って思ってさ…」

「で!次の瞬間、喋り出してさ!」

「ちょーびっくりした!!」

「なるほど…。」


 そして、彼女は安堵のため息をしてから、

 ふと笑顔を見せる。

「――でも、大丈夫なら良かった!!」

 黄色いまつ毛、筒状花のような茶色い瞳。

 そして、その笑顔はまるで太陽のようで、

 とても眩しい。

「そういえば、名前まだだったよね…」

「アタシは、日向陽鞠ひうが ひまり!ピチピチの14歳!」

 彼女は年下だった。

「君は?名前なんていうの?」

「俺ですか?俺は、佐藤ヘラといいます。」

 名前を言うと、彼女は、顔が更に明るくなる。

「おっけー!ヘラくんね!よろしく!」

「あっよろしくお願いします。」

 軽く自己紹介をした後、ヘラは不思議そうに言う。

「…そういえば、なんで俺達はここにいるんでしょうね」

 広さは、ちょっと広いぐらい。

 場所的に…ここは――どこだろう?

 机、扉、何も無い。ただ、窓がある。あると言っても…

 カーテンが閉まってて、朝か夜なのかは分からない。

「うーん…アタシにも分からない…」

「こんなところ、一回も行ったことないし…」

「そうですよね…」

 そう会話をしていると、陽鞠は目を見開きながら、

 左の方へ顔を向けて、言う。

「…ヘラくん、あれ…」

 彼女は、自分が向く方へ指をしていた。

 ヘラは気になって、陽鞠の指す方へ向く。

 すると――


 扉があった。

「…扉?」

 なんで、扉が?

 さっきまでは、無かったのに…今は、

『最初からありましたよ!』と言うようだった。


 足が勝手に前へ出た。

 一歩、また一歩。

 心臓はバクバクしているのに、止められない。

「あれ、俺…なんで?」

 気づいた時には、もう扉の目の前だった。

「……」

 黒色で、よく見かけるような扉。

 操り人形のように、体が勝手に動いて、ヘラは…

 ドアノブに、そっと手をかける。



 開けよう。



「待って!!」


 陽鞠の声が、タッタッタッ…

 という足音と共に、聞こえてくる。


 そして


 陽鞠は、ヘラの腕を掴んで、引っ張って…

 その扉から、離れさせた。


 離れさせた時…「はぁはぁ」という

 息を吐きながら…腕を掴んでた手は離し、

 両手を、ヘラの肩に置く。


「何をやってるのヘラくん…!?」

「あの扉は、近づいちゃだめでしょ!」

「明らかに怪しいやつだったじゃん!!」


「…え?」

 ヘラは、正気に戻っていた。

 さっきは、なんだったのだろう。

 彼女が言っていた通り…

“明らかに怪しい”というのは、分かっていた。


 ――けれど、なんでだろう?

 操り人形のように、なにもできなくて…

 勝手に動いて…

 一見、あの扉は…普通に見える。

 でも、今見ると…なんだか、“普通”という言葉では、

 片付けられないほどの、静かな狂気を感じる。


 すると、陽鞠は安心したかのように安堵の溜息を吐く。

「…でも!アタシがこうやって、

 ヘラくんをあの扉から離れさせたから、

 マジ良かったー…」

「ありがとうございます、日向さん。」

 陽鞠は、肩に置いていた手を離し、

 左右に首を振って、言う。

「ううん、全然いいよー!ただアタシ、

 嫌な予感がして、体が動いちゃってさ〜…」


 ガタッ


「…待って、今の音…なに??」

 音がしたのは、床からだった。


 床は、パキパキという音を立て、割れる。

「えっなにこれ!?…ちょ、ちょっと待っ…

 きゃああああああ!!!!」

 ヘラは、一瞬驚きつつも、すぐに陽鞠の手を掴む。


「へ、ヘラくん、やばい…

 ちょーやばい…助けてぇっ!!」

 必死になりながらヘラにしがみつく。


「大丈夫です、絶対に離しませんから…!」

 風がビュウウウウウッと耳を裂くような音が流れる。

 陽鞠の悲鳴が、その音でかき消されそうだった。


 下を見ると、床が急速に近づいてくる。


「うそ、ヤバいヤバいヤバい!!

 これ着地したら絶対に死ぬやつじゃん!!!

 骨バラバラ確定案件だってぇ!!」


「大丈夫です!俺が守ります!!」


 床が――近づく。

 もう、すぐそこに。


「日向さん、しっかり掴まっててください!!」


 ヘラは陽鞠を抱きしめ、背中から落ちる構えを取る。

 死を覚悟した、その瞬間――


 フワッ――。


 風が止む。耳に響いていた轟音が、嘘みたいに消えた。

 まるで、誰かに受け止められたかのような、

 まるで、重力が消えたかのような……

 そして、落下の衝撃も消えていた。


「はぁ!?…な、なんで…なんでアタシ生きてんの!?」

「……てか!へ、ヘラくんは大丈夫!?」

「…アタシのこと、守ってくれたんだよね…?」


「はい…でも、俺なら大丈夫です!」

「何故だか、無傷でしたから。」

「…日向さんは……大丈夫ですか?お怪我は…?」

 心配そうに、陽鞠を見つめる。

「あ、アタシ!?アタシなら、ぜーんぜん平気!」


「…そうですか。なら、いいんですが。」

「……あの、さ…ヘラくん…いきなりなんだけどさ…」

「…?どうかしましたか?」

「離してくれるのって…できたり、する…?」

「え?…あぁっ!す、すみません!」

「今、離れますから!!」

 慌てながら、陽鞠を腕から離す。

「本当に、すみません…。」

「……でも、守ってくれたんでしょ?ありがと!

 ヘラくんのおかげで、アタシ無傷だから!」

 陽鞠は、太陽のような眩しい笑顔をした。

「…たとえ、俺が怪我をしていても、死んでいても…

 あなたを『どうしても守りたい』と思って、

 体が勝手に動いたんです。」

「相手が…初対面でも。」

「……。」

「…日向さん、扉の件は…ありがとうございました。」「これで――お相子あいこですね。」

「!」

 ヘラは、穏やかな笑顔を浮かべた。

 そして、ヘラの笑顔と言葉で、陽鞠は頬を赤らめた。

 陽鞠は、そのせいで、声が出なかった。

「……。」

「…あの、大丈夫ですか?」

 心配そうに見つめるヘラ。

「へっ!?あ…う、うん!大丈夫!!うん!!」

 必死になりながらも、『大丈夫!』と誤魔化す陽鞠。

「そうですか。…何かあれば、言ってくださいね。」

「うん!ありがと!」

 笑顔の陽鞠。

 ――だが、内心は『あっぶね〜っ!!

 赤くなってんのバレるかと思ったぁ〜っ!!』

 っと、思っていた。

 もちろん、ヘラにはバレていない。

「そういえば…また、知らない場所ですね。」

 どこを見ても、キラキラと光っている。

 シャンデリアの金の色合いに合っている、

 ダンスホールのような場所。

「ほんとだー!なんか、ダンスホールみたいで、

 ちょー綺麗な場所じゃーん!アタシ、

 一回はこういうところ、行ってみたかったんだー!!」

「……それに…さっき、落ちる衝撃がなかったですし。」

「…まるで、誰かに優しく受け止められたかのような。」

「あ、分かる!!なんか…天使が受け止めてくれたかのようなさ!!」

「…ちょっと不思議で怖いよね…。」

「でも、そのおかげで…俺らは無事だったんです。感謝しましょう!」

「うん!だね!」

 そうやって会話をしていると、

 どこからか騒がしい声が聞こえた。

「今の声は?」

 ヘラは陽鞠を見る。

「…なんか、聞いたことのある声が…する…」

 恐る恐る、二人は声のする方を見る。

 ――すると、見えたのは、

 年齢が近そうな少女二人だった。

 片方は怒っていて、もう片方は怯えている。

「アンタはいつもいつも…」

「ひいいっ!す、すみません…っ!」


「……なにか、あったんでしょうか…。」

ことっちゃん!?なんでいるの!?それに、弥夜やよも!!」

「えっ?…もしや、知り合いですか?」

「知り合いもなにも、幼馴染!!」

「えっっ。」

 まさかの、幼馴染同士の再会を果たした陽鞠だった。

「琴っちゃーん!!!!!」

 大声で、名前を呼んだ。

 すると、その声に気づいたのか、二人は陽鞠の方を見て、言った。

「陽鞠?なんでアンタもここに……」

「えっ、陽鞠ちゃんも…?」

 陽鞠は、二人のもとへ走って向かう。

 ヘラは、陽鞠の後を追う。

「まさか、ここで会えるとは思ってなかったー!」

「…相変わらず、元気そうでなにより。」

 少し呆れながら言う。

 三人は会話をしだして、ヘラは取り残されてしまった。

「……」

 自分と同じ性別の人が居ないのかと、周りを見渡す。

「あっ」

 ヘラが周りを見ると、少年が二人いた。

 話しかけてみようと、二人のところへ向かうヘラ。

「あのー!」

 赤い髪が光を反射して、やけに目立つ。

 黄色い瞳がこちらを鋭く射抜いた。

「…なんだよ、なんか用か?」

「俺、あの穴から落ちてきて…」

「そしたら、会う人が大体異性の方でして…」

「でも、こうやって性別が一緒な方がいて、

 安心して話しかけてみたんです。」

「…へー」

「すみません、いきなりで。」

「別に、いい。」

「ただ、『なんか来たな』って、思っただけだし。」

「そうですか。」

「あれ、そういえば…」

「んだよ。」

 もう一人いたはずが…何故かいない。

「さっきまでは、もう一人いませんでしたか…?」

「もう一人?…ソイツならここに……って、」

「はぁっ!?どこだよアイツ……!!」

「もしや、後ろに隠れていたりとか…。」

「んなわけ…!!」

 すると、赤髪の少年の後ろに、もう一人の少年がいた。

「いたわ。」

「そんなこと、あるんですね。」


「……」

 顔も体も、見せないようにと隠している。

「…お前なぁ、なんで人が来ると、

 俺の後ろで隠れんだよ!離れろよバカッ!!」

 無理にでも離そうとする。

 だが、それでも離れない。


 赤髪の少年は、溜息を吐いて、言う。

「…こいつ、いつも隠れんだよ。人見知りだし…

 マジでいい加減にしてくれよ…」

「でも、それも個性です!…無理に引き剥がすのは、可哀想ですよ。」

 すると、人見知りの少年は、少し顔を出した。

「……」


「ありがと…」

 少年が一生懸命に放った言葉が『ありがとう』だった。

「僕…人が怖くて……」

 うんうん…と頷きながら、人見知りの少年の話を聞くヘラ。

「大丈夫、ちゃんと聞いてるから…

 ゆっくりで、いいからね。」

 そして、ヘラは少年の言葉に共感したかのように言った。

「俺も、こういう場所に突然連れて来られて、不安なんだ。」

 すると、人見知りの少年の目線に合うように、

 ヘラはしゃがんで、少年を安心させるように言い出す。

「……だから、一緒にいれば…大丈夫だよ。」

 ニッコリとヘラが笑うと、人見知りの少年の表情が和らぐ。

 そしたら、さっきの赤髪の少年がヘラに話しかけてきた。

「…おい、お前!」

 ヘラは立ち上がり、赤髪の少年の方へ向き、首を傾げる。

 赤髪の少年は言う。

「……お前、名前…なんていうんだよ?…今すぐ教えろ。」

「えっ俺ですか?…俺は、佐藤ヘラっていいます。」

「…ふぅ〜ん。お前、ヘラっていう名前なんだな…」

 赤髪の少年は、ヘラに興味がありそうに見る。

「俺は、古川 和味ふるかわ わみ。で、こっちが…ゆう。」

「…一応、コイツは俺の弟だ。」

「弟さんだったんですか!ゆうくん…いい子ですね。」

「まぁ…うん…。」

「ゆうくん、よろしくね。」

 ヘラがゆうに顔を向けて、優しく言うと…

 ゆうは、小さく頷きながら、『うん』と小声で言った。


 すると、陽鞠が『ヘラくーん』と、片手を大きく振りながら、走ってくる。

「誰と話してるのー?」

「さっき、初めて会った人です!」

「…こちらが古川和味くんで、こちらの隠れている子は古川ゆうくんです。」

「へー!よろしくー!」

「アタシは日向陽鞠!ピチピチの14歳でーすっ!!」

「……正直、苦手なタイプだな」

 ウインクをして、目元でピースをする陽鞠を

 真顔で見た和味。

「ガーン…」

 岩が頭に落っこちてきたのように、

 膝から崩れ落ちる陽鞠。

「あぁっ、日向さんが…」

「こんなに落ち込むもんかよ!?」

 悲しみの顔をしながら、手をグーにして、床を叩く。

「言うのは、琴っちゃんだけかと思っていたのに…」

「誰だかは知らねえけど、ソイツにも言われてたのかよ。」


 タイミングよく、

 陽鞠の幼馴染である二人が陽鞠の後を追いかけて来た。

「陽鞠、アンタ足が速い――って」

「…何、この状況。」

「ひぇっ!?陽鞠ちゃん…?どうしたの〜…?」

 膝から崩れ落ちる陽鞠、

 そして…陽鞠を見るその他の男達。

「あっ、俺が説明します!」




「――という、ことです。」

「…いつものの陽鞠だったのね。なるほど。」

「いつものってなにーっ!?」

 起き上がる陽鞠。

「あ、正気に戻った。」

「ね、ねえ、陽鞠ちゃん…この人達…誰なの?」

「んーとね!!」

「この赤髪くんが和味くん!」

「苦手なタイプって言われちゃった!!ちょー悲しい!!」

「で、和味くんの後ろに隠れているちっちゃい子は、

ゆうくん!可愛いよね!!」

「そして…この糸目くんが、ヘラくん!」

「アタシのことを、あの穴から落ちた時に助けてくれたのーっ!!」

「めっちゃヒーローみたいだったー、二人に見せたかったーっ!」

 熱く語るかのように言う陽鞠。

「熱く語ってる。」

「ひ、陽鞠ちゃん、教えてくれてありがとうね…」


「……あ、あの、もしかして、私たちも自己紹介した方がいいかな…?」

「一応、言っといた方がいいかも!!」

「ひぇ…わ、分かった…」

 少女は、手を震わせながら言う。

「え、えーと…あの、、

 私は、輪銅 弥夜わどう やよっていいますっ!!」

「あ、あがり症です…!少人数だったら、

 少しだけ、話すの頑張れます…

 よ、よろしくお願いしますっ!!…はい…」

 ゆうは、どこか親近感があり、少し顔を覗かせる。

「……。」

「つっ、次、琴水ことみちゃん…」

「…私は、桶結 琴水おけゆい ことみ。まぁ、このギャルと弥夜の幼馴染ってとこ。」

「輪銅さんと、桶結さんか…よろしくお願いします!」

「ふん、まぁ…よろしくな。」

「そういえば、聞こうと思ってたのですが…」

 ヘラの方へ、顔を向けるみんな。

「俺と日向さんは、あの穴から落ちてきたんですが、他の皆さんは…?」

 一斉に、考える。

「…俺は、最初からここに居た。そして、ゆうもな。」

 ゆうは、コクコク…と、頷く。

「私も。気づいたら、ここにいたの。」

「あっ、わ…私も、です…!」


「…なるほど。」

 ヘラは思った。

『どうしてだろう?なんで、

 俺と日向さんだけ違う場所にいたのだろう』と。

 不思議だな。

「待って、じゃあ…あの穴から落ちてきたの、アタシ達だけってこと!?ねえ!ヘラくん!」

「…つまり、そういうことになりますね…。」

 本当に、なんでだろう。

 …そう、思っていると…

 どこからか、声が聞こえてきた。

「はいはーい!学生のみっなさーん!お取り込み中、失礼しまーす!」

「!?」

 そこには……


 天使がいた。


 白い翼、天使の輪っか…

 間違いなく、天使。

「ったく、相変わらずお気楽じゃのう…。 」

 そして、悪魔。


「天使…悪魔…?」

ヘラは、驚きのあまり、口が開いた。

天使は、ヘラと陽鞠のもとへ歩く。

「いやぁ〜!良かったっ!二人が無傷で!」

「…え?」

「無傷って…なんで知ってるわけ〜っ!?」

「ふふふ…何を隠そう、この天使ちゃんが助けたもんね〜っ!!感謝してね☆」

「助けたって…ええっ!?あ、あなたがですか!?」

「そ〜う!」

「天使って、本当にいたのか…信じらんねぇよ…。」

「ふふっ!まあまあ、そのうち…信じられる日が来るよ!絶対に…ね!」

 少し、圧がかかったかのような…そんな感じがした。

「おい、天使…あまり圧をかけるでない。」

「てへっ☆ごめんね!」

「……あの、もしかしてですが、聞いてもいいですか?」

「おっ!質問ね!いいねぇ〜☆なにかな〜?」

「俺が、あの穴から落ちる前に、黒い扉とかが、いきなり現れたのって……天使さんの仕業だったり、します?」

 すると、天使は『何それ?』と言わんばかりの顔で首を傾げる。

「…え?」

「冗談…ですよね??」

「いやぁ、分からなくて!本当に何それ〜?幻覚なんじゃないかな〜☆」

「幻覚……。」

 いや、幻覚なはずは…ない。

 陽鞠が、ヘラを助けたのだから。

 すると天使が、自分の手を合わせて、言う。

「まっ、そんなことは置いといてっ!」

「今から!この中で相応しい、英雄を選びまーす!」

「え?」

「天使、また余計なことを…。」

「悪魔さんは黙っててっ!」

「……。」

「…改めて、英雄を選びまーす!」

「……って言って…まあ、もう決まってるんだけどね!」

 さっきまで宙に浮いていた天使が、床に着地した時…

 天使は、ヘラの元へ歩く。

「ね!佐藤ヘラくん!」

「……え?」

 ヘラは、「何が何だか分からない」という顔で、

 天使を見つめている。

 他の人も、困惑をした顔をしている。

「あはは、すみません。あの、なぜ俺なんですか?」

「いきなりだと、頭が追いつかないのですが…。」

「ふっふっふっ、それはねー」

「君のする行動が、“英雄として相応しい”からだよ!」

「英雄として相応しい?」

「そうなんだよー!日向陽鞠ちゃんを助けるがために、自分を犠牲にしようとしてたところ…それに!君、

 お花の“デイジー”に似てるし、

 英雄の“ヘラクレス”と名前が似てる!ピッタリ!!」

「……。」

 ヘラは、まだ理解していない様子。

英雄…漫画でしか聞いたことがない。

「…貴様!何がなんでも…いきなりすぎるぞ!?

 それに、強制は良くないからな――」

「もー!悪魔さん、さっきからうるさい!

 これだから、いつまでも悪魔なんだからねっ!」

「ワシは悪魔じゃ!悪魔なのは当たり前じゃろう!」

 天使と悪魔の会話を眺めている和味達。

「いきなり出てきて、なんなんだよ、コイツら…」


「そもそも、天使…英雄を決める理由とか話さんのか…?このままじゃと、こやつら…ずーっと頭真っ白じゃぞ!」

「あっ!それは確かに☆」

天使が手をグーにし、口元に当て、咳払いをした。

「コホン!」

「実はね、このところ――

ちょっと、物騒な世の中になっちゃっててね。」

にこやかに話すその声の奥には、

わずかな悲しみが滲んでいた。


「争いごとや、誘拐、悲しい事件も増えてるの。

みんなが“誰かを信じる”ことが難しくなってきちゃってるんだ。」


少し沈黙を置いてから、言う。

「だからこそ、必要なんだ。“英雄”がね。」


「でもね、これまでいた英雄たちは――

みんな、それぞれの“空”へ旅立ってしまって…」

羽をたたみながら、少し寂しそうに目を伏せる。


「英雄っていうのはね、特別な力を持つ人のことじゃないんだ。

誰かが困ってたら手を差し伸べる人。

誰かが泣いていたら、一緒に泣ける人。

――そういう人のことを、“選ばれし者”って呼ぶの。」


天使はヘラを見つめ、そっと微笑んだ。

「君の“その心”が、まさにそうなんだよ!」


「だから!」

「佐藤ヘラくん、そう。君が選ばれたんだよ!」

「…えぇっ!?…そんな…」

「でも、俺が?…俺、普通の人間ですよ??」

「普通の人間でもなれるよ!」

「ほら、例えれば…普通の人生を過ごしてきた田中くんが授業中、先生に『じゃあ、田中くん、ここ答えて』って言われた時と同じものだよ!!」

「何で例えてんじゃ貴様。」

「……。」

 ヘラの肩にポンポンッと手で叩くように。

「大丈夫大丈夫〜!危ない目には遭わせないようにするし、もしものことがあれば、この“”である天使ちゃんがなんとかするから☆」

「…そうですか……。」

 ヘラは、『ん?』と思い、天使に聞いてみる。

「……ちょっと待ってください。」

「…学園長?天使さん、学園長なんですか?そして、ここって…」

 思い出したかのように、手をポンッとさせる。

「あっ!言い忘れてた!てへっ☆」

「うちは、この学園の学園長なの!」

「――で、このうるさいのが副学園長の悪魔さん。」

「うるさいとはなんじゃ!!うるさいとは!!」

 悪魔の言葉は無視をし、話を続ける天使。

「で!ここは、天獄学園!これから、君たちに通ってもらうところだよ☆」

「天獄学園はね〜、中高生が通える学園なんだ!」

「天獄学園……」

 陽鞠は、目を輝かせて

「このダンスホールみたいなところも、学園の一部ってわけ!?それに、アタシ達が通えるだなんて…!!アタシ、キラキラしたもの大好きだし、目になくてさぁ!!」

「日向さん?扉の件では警戒していたのに、これは…しないんですか?」

 陽鞠は、ヘラの声が聞こえなかったかのように、輝いているものに夢中。

「…日向さん…??」

 和味は、陽鞠を見て呆れたような顔で言う。

「よくこんなに怪しいやつらと怪しい場所で、そんな反応できるよな…俺は絶対に嫌だ。」

 天使が再び喋りだして

「この学園に通ってもらって…君達の仲が深まるためには…まず、順番に自己紹介を〜…とか、考えてたんだけど…」

「ありがたいことにね!君達が先に自己紹介し始めてくれたから、本当に天使ちゃん、尺が短くなって嬉しい☆」

「尺とか言うでない…。」

「あっもちろん、君達の会話は“全部”聞いてたからね!安心してね☆」

 驚き顔のヘラ。

「え?…全部!?」

 自慢するような顔で。

「そう!全部!!だって、上から…ずーっと聞いてたからね☆」

「マジかよ…。」

 和味が呆れ気味に言うと、天使はケラケラと笑った。

「まぁまぁ〜!そんな顔しないの!悪いことしてるわけじゃないんだから☆」


「でね、佐藤ヘラくん――」

 天使は、再びヘラの方へ向き直る。

 白く透き通る羽が、ふわりと揺れた。


「君、“平和”が好きなんでしょ?」

「……え?」

 突然の問いに、ヘラはきょとんとする。

「だってさ、君の行動を見てて分かったもん。

 誰かが困ってたら、迷わず手を差し伸べる。

 誰かが傷つきそうなら、自分が傷ついてもいいって顔してた。」

 天使の声は、先ほどまでの明るさから少し落ち着いたトーンに変わる。

「それって、“平和を願う人”の顔だよ。」

「……平和、ですか。」

「うん!そう。“みんなが笑って生きられる世界”を望む人。」

 天使は人差し指でハートの形を作りながら、優しく言った。


「君、そういう子だよね?」


 少し間を置いて――

「……はい。俺は、平和が好きです。争いも、誰かが泣くのも、嫌で……。」

「うんうん♪」

「……だから、守りたいんです。俺の知らない人でも、誰かが苦しむのを放っておけない。」

 ヘラが言葉を紡ぐと、天使は目を細めて頷いた。

「それだよ。それこそ、英雄に一番必要なもの。」

「“力”じゃなくて、“想い”がある。

 だからこそ、君がこの世界の“希望”になれる。」

「希望……。」

「そう。世界をもう一度“平和”に戻す、

その最初の光――

それが、“英雄”なんだよ。」


ヘラは、少しだけ視線を落とした。

そして、迷いを抱えながらも、ゆっくりと顔を上げる。


「……もし、俺の小さな力で、誰かを救えるなら。

俺、やってみます。」

天使の顔がぱぁっと明るくなる。

「やっぱり!!そう言ってくれると思った〜!!」

「おいおい、また強引に話を進めおって…」悪魔がぼそりと呟くが、もう止める気はないようだった。


「じゃあ、決定〜っ☆」

「ここに、“英雄”――佐藤ヘラ、誕生!」


「佐藤ヘラくん!これからよろしくね〜☆」

 ヘラは、苦笑いしながら

「あぁ、はい…よろしくお願いします…。」


「それじゃ、英雄も決まったことだし〜…」

「改めて、皆さん!天獄学園へようこそ!!」

「初めてでドキドキしちゃうかもだけど…慣れていけば、“普通”に感じる場所だから、頑張ってね!」

「これから皆さんに、この学園に慣れてもらうために、この天使ちゃんが天獄学園を案内していきまーす!」


「ではー!しゅっぱーつ!」

 ヘラは…周りが先に進むのを見ながら、突っ立っていた。

「……。」

 目覚めたら、知らない場所。

 そして、知らない人。

 唐突に勧誘され、今でも頭が追いつかない。

 ヘラは、平和が好き。誰もが平和で暮らし、

 争いのない世界を望んでいる。

 だからこそ、彼は選ばれた。


 …果たして、佐藤ヘラ達は、

 これからどうなるのだろうか。


 ――それは、全てヘラにかかっている。


「ヘラくーん!早く行こー!じゃないと、このまま行っちゃうよー!!」

 ヘラは、ハッとした顔で言う。

「待ってください!今、行きます!!」


 頑張れ!英雄こと、佐藤ヘラ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る