第24話 研究発表会への指名
放課後の職員室。三学期の風が窓を揺らしていた。教頭が手帳を閉じ、僕のほうを見た。
「佐久間先生、ちょっといいですか」
その声の調子で、ただの雑談ではないとわかる。
「来年度のICT活用研究発表会、コーディネーターをお願いしたいと思っています」
僕は思わず固まった。
「こ、コーディネーター、ですか?」
「はい。今回のテーマは“安心して挑戦できるICT活用”。佐久間先生の取り組みがぴったりなんですよ」
「そんな大役を……」
「大丈夫。サポートはします。むしろ、あなたのクラスの実践を広げるチャンスです」
教頭は軽く笑って去っていった。
席に戻ると、彩花がニヤリとした。
「来ましたね。予感してました」
「いや、いや、無理ですよ。人前で話すの、得意じゃないですし」
「発表って、授業と似てますよ。子どもたちに伝えるのと同じ。大丈夫です」
彼女の明るい口調が、緊張の塊を少しほぐした。
その夜、アパートでノートを開いた。
“発表会コーディネーター”――その文字を見つめると、心臓がひとつ跳ねた。
教壇に立つのとは違う。今度は、教師に語る立場だ。
けれど、僕が語れることなんてあるだろうか。
翌日。朝の打ち合わせが終わると、教頭が正式な依頼文を手渡してきた。
内容は、次年度六月に行われる県の公開研究会。発表テーマは「ICTを通した学級の信頼づくり」。
学校を代表して登壇するのは僕と彩花、小谷の三人。
「まるで三人ユニットですね」と彩花が笑う。
放課後、三人で初めての打ち合わせをした。
小谷がホワイトボードに大きく書く。
【ICT×信頼】
「まず、“信頼”をICTでどう作ったか、具体を並べよう」
「舞台の合図の話は絶対入れたいですね」
「あと、“AIの使い方”授業も」
「家庭との連携も大事な要素だな」
話しながら、ホワイトボードは矢印と付箋で埋まっていった。
「でもさ、ICT活用って言うと、どうしても“便利さ”が先に立つんだよな」
小谷が腕を組む。
「うちはむしろ、安心とか対話が中心だった」
僕はうなずいた。
「“便利さ”じゃなく“関係性を支える道具”として語りたいですね」
彩花がマーカーを持ち替え、ボードに新しいタイトル案を書く。
【便利さの先にある安心を】
その文字を見た瞬間、僕の中で何かが固まった。
発表準備は、授業のように地道だった。
これまで撮ってきた授業写真や発表会の記録を整理し、子どもたちの発言を書き起こす。
「止まって、戻って、進む」――その言葉が何度も出てくる。
ICTはただのツールではなく、彼らの挑戦の“舞台裏”を支えてきた。
ある晩、彩花からメッセージが届いた。
「発表スライドの構成、共有しました。見てください」
ファイルを開くと、最初のスライドに見覚えのある写真があった。
体育館での舞台、マイクを持つ大翔、水野が隣で笑っている。
下にはこう書かれていた。
《止まっても、戻れる教室をICTで》
僕の目が自然に熱くなった。
週が明けると、教頭が県教育センターとの打ち合わせ資料を持ってきた。
「参加者は百人を超えるそうです。行政の方も来られます」
「ひゃ、百人……」
「大丈夫。リハーサルは何度でもやります」
小谷が笑う。
「発表って、授業の延長線上ですよ。聴いてくれる人も、学びに来るんです」
彩花も頷いた。
「子どもたちの声を伝えましょう。あの日の舞台を、そのまま」
僕はうなずいた。緊張よりも、少しだけ誇らしい感情が勝った。
放課後、教室で子どもたちに伝えた。
「先生、来年度、県の研究会でみんなの取り組みを発表することになりました」
教室がざわめく。水野が手を挙げた。
「オレらのこと、話すんですか?」
「そう。みんなの合図や、AIの使い方、家庭との約束も」
「すげー!」
大翔は照れくさそうに笑った。
「じゃあ、俺たちもリハーサルする?」
「いいね。先生の練習につきあってよ」
「了解!」
笑い声が広がった。
夜。ノートを開く。
“伝える”とは、“残す”ことだ。
舞台で止まった子どもたちが、勇気を持って戻った。
その姿を誰かに伝える。それが次の舞台を作る。
スマホが震えた。彩花からの短いメッセージ。
「次のスライドタイトル、“学びの安心は合図から”でどうですか?」
僕は即座に返した。
「最高です。進めましょう」
外はまだ冬の風が冷たい。
でも、胸の中では新しい春が始まりつつあった。
発表準備が進むなか、県教育センターから追加の依頼が届く――「子どもたちにも登壇してもらえませんか?」。物語は、子どもと教師が共に立つ新たな舞台へ。
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