第30話 二人きり

「うっ、うわぁーー!急にトイレに行きたいなーアハハハ!ね?囲炉裏もそうでしょ?」


「は?夏目お前、急に何言って………イテッ」


「お前マジ?流石に意味分かんだろ!!」


 足をものすごい勢いで踏まれた囲炉裏が、流石に察知する。


「う、うわー!自分もトイレ行きたいかも!30分は戻ってこないかも!いややっぱり1時間は帰ってこないかも!」


「えっ、大丈夫…?」


「あっ………だからこそ、急いで行かせてあげようよ。後で適当に合流しよう?ね!二人とも、早く行っておいで」


「おう、助かるぞ。行こう、囲炉裏。な?」


「ああ。行くぞ」


 そそくさと二人が退場していき、ついていこうとする紅葉を、春陽が袖を引っ張って引き留める。


「おおっと。僕たちはさっきの対決をするんだよ?」


「………今までみたいに、目当てがあるんでしょ?じゃあ、早くそこへ行こう」


「うんん。目当てなんてない…今から探す。あの時の続きは、二人で作る」


「…………春陽、ごめんだけど、俺はっ………」


「とにかく行こう!海だってお祭りだって、きっと誰かといたほうが楽しいよ」


 春陽の口角が、つり上がる。


 ─誰もいないから、夏以外の海は好きなんだ。だから君は帰ってくれ。


 紅葉の脳内に蘇る、濁流のように記憶の渦。


「………春陽、その台詞………」


はキミを、この夏やる八色のお祭りに誘いに来た。この街に来たのは、一緒に行く奴を探してるんだ」


 紅葉がかつて、八色の海で語った言葉。それを、春陽が復唱する。紅葉は当時のことをすぐに思い出して、春陽の真似をして返す。


「え…………お断りします」


「なんでぇ!」


「いやだって、小3当時のキミは、そう言って断ったじゃない。結局、みんなの集まりにも来なかったしさ」


「ああ、そうか。こう言ったらこう返されるに決まってるか……うう〜ん……失敗したな、己のエモを作り出す能力を過信した………」


「ふふっ」


「あっ笑った!僕は真剣なのに!」


「ごっ、ごめんごめん。えっと…なんの目当ても無いんでしょ?」


「そう。だから今から探すんだよ」


 ベンチのたくさんあるフリースペースを離れ、また人で溢れる屋台の街道へ。


「………二人はまだ帰ってこないの?」


「さあ、どうでしょ。本当に、30分は帰ってこなかったりして………あ」


「ん?」


「見て、紅葉。空が」


 晴れ間の中に突如として現れる、分厚い雲の群れ。予報にあった雨雲が、近付いていた。


「これ、花火中止にならない?春陽」


「……公式SNSによれば、まだ検討中、だってさ。すぐ止むってわかってるからだと思う。でも、そうなったら本当に残念だ。これで最後かも知れないから」


「…さっきも言ってたけど、その最後って何?」


「キミとケンカして、21日も仲直りできなかったのはこれが初めてだからだよ。もう来年はないかもな〜、みたいなさ」


「…………………嘘だ」


「え?」


「まだ何か、隠してるんでしょ?俺にはわかるよ。春陽」


「……………参ったな。その通りだ。紅葉。まだ一つ提案がある、それも聞いてほしい」


「良いけど…」


「遠くの海岸に行こう。二人きりで話がしたい。僕の嘘についても、全てだ」

 

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