第21話 買い出し

「春陽。そんな訳だ!俺たちは買い出しに出かける。囲炉裏。財布半分貸せ」


「マジ?遠征で財布が…」


「安心しろ、俺もだ!行くぜ近所のスーパーへ」


「………なに?」


「30分だ」


 部屋に背を向け、部屋から出ようとした夏目が顔だけちらりと振り返り、指をピンと3本立てる。


「きっかり30分後には戻って来る。さあ!行くぞ同志よ、買い出しに全速前進DA☆」


「某カードゲームのモノマネ…?たぶん二人には伝わらないって!」


 わちゃわちゃしながら、愉快な二人組が外へ。この状況を知らない囲炉裏は余計なことを口に出すことなく、素直について行った。


 きっかり。その言葉を夏目は強調した。要するに、それまでに済ませることは済ませとけよという、忠告だろう。


 何やら盛り上がり、肩を組みながら外に繰り出した夏目と囲炉裏。扉が閉じ、静寂が訪れる。


 かつては、何も考えずただただ楽しかった時間。今は………少し重たい。


「昔は、良くもまぁあんなに元気だったよね」


「おお。そうだね〜。何する?もう1周回ってあやとりでもしようか」


「…うんん。せっかく二人きりなんだ。思い出話でもしようよ、あのね」


 自然な流れを、何とか作らなくちゃ。最初はそう思っていて。でも。


 きっかり30分後には戻って来る─


 先程の、夏目の声がこだまする。


「…………僕、まだ夢がないんだ」


「お。どうした突然」


「なんとなくでここに来た。八大、ただ単に近所だったし、それなりに何でもあるからさ。この学校の理念とか、歴史とか、ちょっと有名な話だけど…別にその辺に興味があるわけでもないし」


「種族対立が史上最も深まったと言われる、150年前の大戦争の時代。この街と大学の名前は、空にかかる虹をも超える多くの色が集うことを願った、偉大なる先人たちによって定められた。これ、いい話だよねぇ〜」


「そうだね。君とこうして当たり前に過ごせるのも、そういう時代を乗り越えた、先人たちのおかげ。紅葉は…八大に来た理由とか、あるの」


「ああ俺?俺は………」


 人生で初めて、彼が、言葉を詰まらせて、唾を飲んでいる。恥ずかしくて目を逸らしがちな僕と違って、常に目線を合わせてくれる紅葉と、目線が合わない。


「……紅葉?だい……じょうぶ?」


「あ、ああ。うん。アレだよな。………トリ師の事だろ」


「え!?あ、うん」


 び、びっくりした!まさか紅葉の方からその話が出てくるとは、予想外。


「トリ師…なるの辞めた」


「…………え、何で」


 気を遣うことを考えた。考えはした。


 そもそも、夢を諦めるとか続けるとか、本人の自由だ。紅葉だって、僕のいない時間を六年も過ごしている。価値観の変遷だって、あっておかしくはないし、僕にそれを咎める権利なんて、あるはずもない。そう思っていた。


 けど実際、その事実を確かめてみると、自分でも泣きそうになるくらい、棘のある口調になってしまっていた。止めようとする心と裏腹に、言葉が滝のようにあふれてくる。


「何で!?だって、紅葉、周りにバカにされたってずっと、絶対なるんだって言って譲らなかったじゃんか!!トリ師になりたいだなんて、ヘンタイだ〜って他の奴らが言っててもさ、その程度で揺らぐような奴じゃ無かったじゃん!!!ずっと、そのために勉強するって、目的意識もしっかりあってさ、それが?辞めたって!?意味分かんない、そんなのっ………」


 ひゅっ………ひゅっ………


 肺の酸素が、全部持っていかれた。


 そう思うほどに、感情に任せてまくし立てていた。紅葉は、その間口を挟まず黙って聞いていた。


「だって………僕はそれを楽しみにしてた。勝手かもしれないけど………キミに渡した、トリミングプランシート!!アレ!!キミと離れてる間もずっと、忘れたことなかった。なのに………」


「……なくしたんだ。あれ。ほら、たぶん…引っ越す時かな」


「……………………」


 絶句。


 人生で初めて、その意味を、そのまま文字通りに、僕の身体は実行した。


「…………………………紅葉。僕は…………」


 僕が怒りに任せて言葉を吐こうとしたのを、紅葉が遮る。


「俺は大切なヒトの為にトリ師を辞めた」


「え…………?」


「理解るわけがないよ。俺はキミよりずっと大人なんだから」


「は………大切なヒトの為に………?」


 思わず、詰め寄ってしまう。


「じゃあ。僕との約束もそれ以下程度だって思ってたって事!!?僕は……」


 バン!!!!!


「…………っ…………紅葉…………?」


 胸ぐらをつかまれ、そのまま後ろの壁に押しつけられる。部屋にある紙類が散って、……目の前に、今までに見たことがないくらいの怒りを全身に湛えている紅葉がいた。


「俺の気持ちが理解るわけがない!!!!!お前なんかに!!!!!もう良いだろ………昔のことばっかり!!!!!いつまでもいつまでもガキのままでさ!!!!」


 「なんだと………?言わせておけば……僕の気持ちも知らないで!!!!!」


 掴みかかり、地面に押し倒す。抜けた羽根が数枚、空中に舞った。


 


 


 


 







 

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