第9話 九色町スーパー銭湯

「やっほー!おまたせ」


「あっ、紅葉お待たせ。待ったかな」


「うんん、今来たとこ〜」


 喫茶ブルドッグのある八色商店街から徒歩5分。大学から歩いて3分程度の位置にある、八色大学前駅に、傘を差した猫2人が到着する。


 改札前の小さな駅舎で、紅葉は座って待っていた。


「しかし…結構降るね。ビシャビシャだ」


 春陽が黒い折りたたみ傘を閉じ、誰もいない方向にパシャパシャと開いて水を落とす。夏目は先ほどコンビニに寄って買ったビニール傘を閉じる。


「あとどのくらい?」


「あと5分。そろそろ改札通るか」


「あっ…うん!」


 アカーーーーン!!ダメダメダメだって!!全裸は!!


「ねぇ夏目…僕帰っていい?」


「ここまできてそんなことできると思う?腹をくくれ腹を」


 ペチペチ。


 夏目が物理的に腹を叩いてくる。いてぇよ。


「柔いなお前…」


「怒るよ?」


「ごめんて」


「よっしゃ。二人とも行こう行こう」


 線路が高い位置にある関係で、改札は階段を登った先。3人が自動改札を各々の決算方法で通過する中、黒田春陽は焦っていた。


 今まで、お互いに休みの日は時間とって会い、バイトや授業がある時も、サークル終わりの数分でも直接会い、そうでなくとも寝落ち通話(夏目の介助がついてたりついてなかったりした)なんかをして、少しずつでも慣らしてきた。だが!


 あの頃ならまだしも、なんかムキムキのモフモフに育ってる彼の全裸と対面するとか、確実に正気を失う!


 時間にして少し前。夏目がビニ傘を買うのに付き合った時、僕も水を一本買ってコンビニの外で勢いよく飲み干し、こう聞いた。


「…今になって、怖くなってきたんだけど。これマジのやつ?紅葉、来るんだよね」


「お前なぁ。マスターも言ってたろ?告白は夏祭りに決行。事がうまく運べば、その後は全裸拝み放題だぞ?知らんけど。だから今のうちに慣れとくんだよ。ほら行くぞ」


「いっっ、嫌だぁ!!最悪死ぬ!!」


「お前たちが晴れて結ばれれば、もう俺は完全なるノイズ!もうおんぶに抱っことは行かねぇんだよ。あとお前が倒れるかどうかについては配慮するから。傍に居てやるから!!」


「なにそれ告白!?言っとくけど紅葉以外に尻尾は振らないからね!!」


「んなことわかっとるわい!とにかく、俺が銭湯にいきたかったから、そのついでだ。一人で行くのは嫌だし。他の猫サーの奴らは皆予定が合わないし!だからお前を誘ったとか、そんなんじゃねーから」


「そういう事だったのか…」


 そう。

 

 その後、夏目は結構な告白をした。


「…お前、最後に診断を貰った医者の名を覚えているか?」


「え?覚えてませんが」


「じゃあ。そのヒトは三毛猫じゃなかったか」


「……そうだね………あ」


夜真蛍よるまほたる。そのヒトは俺の父親だ」


「え?あ!!え!?そうなの!?」


「お前、定期検診に行ってるんだろ?実家に帰った時にさ、父さんに話したんだよ。恋の病に罹患してる友達がいて〜みたいな。そしたら、お前だったんだよ」


「…え、これドクターストップかからない?」


「それについてだが…責任者の監督・保護下でなら問題ないとのことだ。さっき聞いた」


「それってもしかして」


「責任者は俺だ。死んでもお前を守る」


「………骨は拾ってくれよな」


「絶対に殺しはしないよ」


 ─回想終了。


 5両編成の電車に乗って、九色町へ。


 大雨のせいか席の埋まり具合は7割程度で、皆で横並びに座る。


「………」


 紅葉が、ぴったりくっついている。


 自分の身体の、席の占有面積を配慮しているのだと思うが、やっぱりドキドキする。左のカベと、右の紅葉に挟まれて、やっぱり…幸せだ。


(脈拍は正常な範疇…。春陽も慣れてきている)


 一方、紅葉を挟んで反対側。心の中で、夏目がスマホの画面を見て呟く。


(父さんは珍しく休みだし、チャットも使える。いざとなったら頼ろう)


 恋の病は根本的な治療法が見つかっていない、罹患者が極々少ない病気らしい。しかも、それで直接命に関わることは無いというのだから、益々奇妙な病気だ。


(恋の病による意識の消失は、後遺症を残さない。ただ…風呂場は場所が場所。万が一ということもあるし。)


 反対側の春陽の様子は伺えないが、ぐるぐると思案する。黒田春陽…


(彼の幸せを、俺が成就させる。必ず)


『次は、九色中街、九色中街。降り口は右側です』


「よし。降りるか」


 夏目が立ち、紅葉と、追って春陽が続く。


 




 


 








 


 


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