第2話 悲報。今日からわたしは、欲しがり義妹ルチルです!


 わたしが我儘義妹ルチルになっている。


 そんなまさかの現実に気付いたのは、この世界にわたしの意識が芽生えて少し経ってから。最初は、ただのラッキーな転生だと思ってた。そんな暢気な自分を叱ってやりたい。


 まだ自分がルチルだと知らない、うかれたわたしの転生生活は能天気な雄叫びから始まった――





「窓っ……二重窓じゃない! ガラスがツルピカじゃないっ! フレームがっ、こんな派手派手模様になってなかったし⁉」


 わなわなと唇を震わせたわたしが、ガラスの中でこちらを見詰めて絶叫する。自分の顔の変貌も含めて、自分の目が信じられない。ガラスの歪みがあるとしても、この面立ちは疑いようもない。


 信じられないくらいの


 大きく見開いた目を何度も瞬かせれば、これまで感じたことのない——バッサバッサと動く睫毛が、下瞼に風を送る感覚が伝わる。


 年の頃は若さ弾ける小学校中学年くらいだろうか。まだ幼くはあるけれど、口を開け閉めすれば、リップクリームも塗っていないのに華やかで蠱惑的な、サクランボ色のぷっくりとした唇が動く。


 可愛い要素が、わたしの思うままに動いてる!


 そう、これは高熱と頭痛にうなされた翌日、目が覚めたら、わたしじゃない『わたし』になっていた親の顔より見た展開だ。


「知らない場所、知らないわたし……。ひょっとしなくても異世界転生?」


 ニンマリと口元をが歪むのが止められない。だって今のわたしの感覚としては、眠って起きたら若返って美少女になっていただけなんだもの。物語でありがちなトラックに轢かれた記憶も、長い闘病生活の記憶もない。


 記憶に残るのは、朝早く起きて、夜遅くに帰宅する社会人生活を送ってたわたし。あとは、深夜から趣味の時間に没頭して早朝のカラスの鳴き声を聞いて慌てて床に就く気ままなおひとりさまライフも満喫してたわたしだ。定年まであと10年も無いのかーなんて思った記憶もあるから、半世紀は生きたんだと思う。


 そして今。はっと気付いたら美少女!


 しかも広い部屋には、綺麗な花の意匠の壁紙に、緻密で煌めかしい地模様の施されたカーテン、豪華な装飾の付いた家具が並んでる。ちょっと目に眩しいけど、これって裕福な家よね?


 ラッキー! 前世の行いが良かったのか、前世が不遇過ぎたかで、今のわたしはボーナスステージ真っ只中なのね!


 幸運を噛み締めて弾む心のまま両手を突き上げれば、フワフワのベッドが身体全体を跳ねさせる。

 あー、これ楽しい。座ったまんまビヨンビヨン跳ねて、トランポリン遊びが出来そう。こんな寝床、前世では縁がなかったわ。今のわたし、最上級に可愛い上に最高にラッキーよね!

 ほっぺたを両手でムニムニ引っ張って『現実感アリ』の感触を確かめる。うん、オッケー。しっかり現実ね!


「ルチル……さん?」


 突然、部屋の扉辺りから澄んだ声が響いてわたしに呼び掛けた。とっても記憶にある名前で。声には思い切り困惑が滲んでるけど、わたしも大いに焦ってるし、困惑してる!


「え? 今、なんて?」


 ギギギ……と、音が出そうなくらいぎこちなく声の発生源に顔を向ければ、開いた扉のもとに見たことの無い美少女その2が居る。


 けど、複雑に模様を編み込まれたレースや、幾重にも連なるドレープがふんだんに使われた、甘いピンク色のフワフワの寝巻きを着た美少女その1のわたしに対して、その2の彼女は地味な灰色のストンとした簡素なドレス……いや、ワンピースを纏っている。不穏だ。嫌な予感がする。


「ねぇ、あなた今なんて言ったの?」


 聞いた瞬間、その2美少女がさっと顔を強張らせ、彼女の肩にビシリと閉じた扇が打ち据えられた。


「「つっ!」」


 痛みに声を上げたその2だけでなく、わたしも突然の暴力に悲鳴が漏れる。今のちょっとの遣り取りで、か弱い美少女その2が折檻を受ける理由なんて無いはずなのに、何で⁉


 その謎は、即座に美少女その2の背後から発せられた声で判明した。


「まぁまぁ! 図々しく弱り切ったルチルの部屋に入り込むなんて、心の底から卑しい者は怪しい行いをするものね。可愛いルチルを妬んだ末に、危害を加えるつもりかしら? なんて恐ろしい娘なんでしょう」


 降り下ろした扇の位置はそのままに、顔を歪ませ仰々しいほどの声量で美少女その2を貶めるのは、仕立ての良い紫紺のドレスに身を包んだ女だ。付き従う侍女らは慣れた様子で、無関心を表情に張り付けたまま背後に控えている。


「そんなこと……」


 痛みに耐えつつ美少女その2が言い掛ければ、女の眉尻が不快気に吊り上がる。


「言い訳するなんて見苦しい! 躾がなっていないのかしら? 家庭教師に、もっと厳しくすべきとよぅく言い含めておかなければなりませんね」

「っ……申し訳ありません、お義母さま」


 美少女その2がぐっと唇を嚙み締めて俯く。わかりやすく不条理な虐げられ美少女すぎて、さっき気になった『ルチル』の名から導かれる仮説が真実味を帯びてくる。いや、ほぼ確信に近い。

 これだけ言い掛かりをつけてまだ気が済まないは、派手な孔雀の羽根の付いた扇で口元を隠すと、憎々しさを隠しもしない視線を美少女その2に向けた。

 そう、この派手な赤毛と、意地悪く口角を吊り上げる暗赤色ボルドーの唇が印象的な肉感的美女は『お母様』だ。現在のわたしの記憶に染み付いている。ついでに美少女その2の面影もぼんやりと頭に浮かぶけど、はっきりとはしない。わたし、どんだけこのコを雑に扱ってたんだろう。


「長子と言うだけで、このヒュアツィンテ王国の由緒正しいグランフィルド公爵家を継げると驕っているのね! まったく、太々しいにも程があるわ。この公爵家を継ぐにふさわしいのは、精霊に愛され、その力を操ることの出来る最も血の濃い者なのよ。お前に確定しているわけじゃないわ!」


 ああ、やっぱり……。


 今のお母様の言葉に、この世界の全てが詰まっていた。


 未来を切り拓く勇者オズと、精霊に愛された精霊使いシャレードが興した『ヒュアツィンテ王国』。

 建国より続く勇者の子孫たる王族と、精霊使いシャレードの血筋を引き継ぐ三大公爵家のひとつ『グランフィルド家』。

 幼いうちに実母を亡くし、後妻と義理の妹に幼少期からいびり抜かれるも、清らかで優しい心を持ち続けるドアマットヒロイン『セラシア』。


 間違いない。ここは、おかあさんの書いていた小説『王国いっぱいの花畑を君の歌で咲かせて』通称『キミウタ』の世界だ!


『無関心父』『意地悪義母』『欲しがり義妹』に虐げられ、能力の発現が遅かったことにより周囲からも無能と蔑まれるヒロインは、幼い頃から結ばれていた伯爵家次男との婚約も義妹に奪われる。けれども彼女は精霊に愛される性質を持ち、精霊を使う稀有な存在だった。その能力によって人々に災厄をもたらす『闇獣あんじゅう』と呼ばれる堕ちた精霊を浄化する功績を上げ、彼女の真価に気付いた王子様の庇護と溺愛を受けて、地位と愛情を得る『ざまぁ』ストーリー。


 ……になる予定だったらしい。


 らしいって言うのは、この物語が半ばの王子様との出逢いの場面でエタってしまったからだ。おかあさんが居なくなってしまったから。だから、あらすじやタグから物語を憶測するしかないのだけれど。


 で、わたしの役どころはなんと『欲しがり義妹』ルチルに間違いなさそうで。

 あんまりな転生に、天を仰いだわ。もぉっ!

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