第12話

「ただいまー。お姉さーん、名前考えたり乾燥機に洗濯物入れてくれたー?」


 帰宅の挨拶と同時に、一抹の希望を抱きながら、今日お姉さんに託したタスクの進捗を訊ねる。

 が――


『えー? 何の話―? お姉さんちょっと手が離せないんだけどー』


 何故か、お姉さんの声が、リビングではなく二階……それも俺の部屋の方から聞こえた気がした。

 まさか――!


『カー! いやしかキッズばい! 男はみんなケダモノたい! とか言うつもりだよ』


 まさか、本当に俺のPCの履歴を調べているとでも言うのか!? 俺は大急ぎで階段を駆け上がり、自らの部屋の扉を勢いよく開ける。


 するとそこには――俺のPCデスクの前に陣取り、俺がよくプレイしているFPSゲームをプレイしているお姉さんがいるだけだった。


「なんだい、慌ただしいねアキラ。今もうちょっと待って……よし……あー! 違う違う違う下がれ下がれ下がれ……! あー負けたー! やっぱり足を引っ張る人がいるとダメだね! いいかい? お姉さんはね、人生を楽しむために『勝ったら私のお陰、負けたらお前の所為』の精神を忘れないようにしているんだよ。これ、参考にしてもいいから――っ!」


 絶妙にクズ発言をしながら、熱心に顔を近づけていたPCモニタから顔を離したお姉さんがこちらを向く。

 だが、途中で言葉を失ったかのように黙り込み、そして――


「……アキラー、服にべっとり血がついてるよ? お姉さんね、そういうドッキリはあまり好きじゃないんだー。きっと、漂白剤浸けにしても色が落ちないよー? お姉さんを驚かそうなんて、百年早いからね! ほら、早く着替えてくるんだよアキラ」


「いやぁ、ちょっとダンジョンでへましちゃって、結構ザックリやられちゃったんですよね。職員さんに凄い薬で治してもらったんですけど」


「えー? まさか、コボルト如きに負けたんじゃないだろうね? お姉さん、もしそうならアキラの評価、下げちゃうんだけどなー?」


「ああいや、ちょっと五層まで潜ったら天昂種のコボルトと遭遇しちゃって――」


 そう正直に答えた瞬間だった。

 突然お姉さんはスクッと立ち上がり、無言のまま部屋から出ようとする。

 そして立ち止まり、振り返らずに――


「お姉さんのアドバイスを忘れたのかい? 低い階層でレベルを上げるって約束、したと思うんだけどなー」


「ごめんお姉さん、あんまりレベルが上がるから、つい調子に乗っちゃって」

「……あーあ、お姉さん悲しいなー。お姉さんの助言無視するなんてー」


 こちらを振り向かずに、淡々と話しながら一階へ降りていく。

 ……これ、怒らせちゃったかもしれないな。マジで反省……しないとな。


 俺は血まみれになり切り裂かれた服を着替え、残りの服も汚れたので洗濯機に入れにいく。

 すると、洗濯物が全て取り込まれており、それどころか乾燥機にすらなく、つまりお姉さんが全て乾かして持って行った、ということだ。


 リビングに戻ると、お姉さんが洗濯物を畳んでいるところだった。

 ただ普通に、いつもと変わらない表情で畳んでいるだけ。

 でもそれが、俺の心を鋭く貫いたような気がした。


「お姉さん、今日はすみませんでした」

「ん、許すよ。なんてったって、お姉さんは大人だからね」

「洗濯物、ありがとうございました」


「お礼なら、私の替えのメイド服で、いいからねー。いつか、アキラは自分をボコボコにした天昂種を倒して、それで大金がっぽり稼ぐんだよ。それで、お姉さんにたーっぷりクラフトビールとエナジードリンクと、メイド服を奢ってくれるんだー。いいだろう?」


「あ、天昂種なら倒しましたよ」


「ふふん、そんな嘘ついても、お姉さんには通じないからね。悔しくても、敗北を受け入れるんだぞ、アキラ。それが強くなる第一歩だって、ドラマで言っていたからねー」


「いやマジですって。あ、そうだ証拠になると思うんですけど――」


 俺は、すっかり忘れていた自分のステータスを表示するためにウィンドウを展開する。

 するとそこに表示されていたのは――



レベル 17

体力 33

筋力 35

器用 33

俊敏 98

精神 31

幸運 190

運命 &%$#



「な!? すっげぇレベル上がってる!? お姉さんこれ見て!」

「なんだい? まだ続けるのかいアキラ。いい加減敗北を認め……ェェエエエエエ!?」


 流石のお姉さんも、こちらをからかう余裕がなくなったのか、変な声を出していた。

 お姉さん……そんな声も出せたのか! いつもはもう少し気だるげなのに。


「なんだいこれ! さてはハッキングしたな! アキラ、明日お姉さんと謝りに行こう!」


「ウィンドウのハッキングなんてどうやるんですか! だから、天昂種を倒したんですってば。あ、そうだ。魔石はちょっと預けてきちゃったんですけど……アイテムをドロップしたんですよ」


 俺は持ち帰った方の戦利品を見せるべく、二階からリュックサックを持ってきた。

 お金を貯めたら、亜空間ポシェットが欲しいな。なんでも、ダンジョンに存在する魔力を解析して、小さな袋状の物体に極小のダンジョンに似た空間を発生させた商品らしい。


 発表当初は大騒ぎになったが、その希少性から、探索者にしか持つことが許されない、所謂『四次元ホニャララ』の容量に制限があるバージョンだ。


 ここだけの話、便利だからそれを所持するためのライセンス目的で探索者になる人もいるんだとか。たまにスーパーからの帰り道で買い物袋を持っていない主婦を見かけたら、案外探索者ライセンスを持っているかもしれない……。


「ほら、この糸の束をドロップしたんですよ。なんか虹色でキラキラしてて、高く売れるかなって思っているんですけど、どうです?」


「! アキラ、本当に倒したのかい? どうやって? たぶん、今の段階のアキラだとまだ倒せないはずだよ。……予定がかなり狂っちゃったよアキラー、どうしてくれるんだい」


「いやそれは俺も……ていうかこのレベル、ヤバくないですか?」


「ヤバイね! 分岐ダンジョンなら安定して突破できるくらいには高いね! アキラは【取得経験値10倍】の恩恵を受けたままで……よりによって天昂種を倒してしまったんだ。だからもう、ゲームで言うところのエンドコンテンツのレベリングを、序盤のダンジョンでやってしまった状態なんだー」


「な、なるほど……なんか色々プラン考えてくれていたんですね」


「カー! これだから最近の若者は! すーぐ『俺TUEEEEE』したがる! アクション〇プレイとかチートなんて使っても楽しいのは使ってから一時間くらいだけさ! すぐにクソゲーだって飽きちゃうに、決まってるんだー。アキラは、そうなっちゃ、ダメだからねー」


「も、もちろんですよ! ほら、これならお姉さんのレベル上げとか手伝えますよ。お姉さん、今日は自分の名前を決めていたんですよね? 身分証明書の申請? してきたんですよね、どこかに」


「そう、お姉さんは素敵な名前を決めてきたからね! でも、私はアキラに、お姉さんって、呼ばれたいからね! 名前は秘密なんだー」


「えー! なんでだよー!」


「絶対、安直な名前だって言われるに決まってるからね! 本当は、もっとかっこいい名前にしたかったのになー! それもこれも、パソコンで姓名判断とかしようとしたら、面白そうなゲームがインストールしてあった、アキラが悪いんだー」


「な……! なんという責任転嫁!」


「まったく、これだから『優しいお姉ちゃんに膝枕されてよしよしされるASMR』なんて聞いてるキッズはダメなんだ! カー! いやしか男ばい!!」


「!?!?!?!? く、くそー! 購入履歴見やがったなこいつ!!」


 く……心配させて申し訳ないって、言いつけを破ってごめんなさいって思っていたのに……これで全部チャラだ! お前は青少年の心に……トラウマを植え付けかねないことをした!


「ほーら、膝枕してあげるよお姉さんが! カー! いやしかいやしか!」

「くそー!」

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