王子様は落ちこぼれ淫魔君に絆される

与作

1.王子様は憧れる


 成績優秀、スポーツ万能、筋の通った鼻にキリッと輝く瞳。

 そこに居るだけで注目を集める白百合学園の王子とは私、広瀬泉の事だ。

 決して自慢ではない。嫌な言い方になるが、事実なので仕方ない。

 その根拠として、1日平均して5回の告白を受ける。

 もちろんゼロの日もあるが、多い時は休み時間ごとに呼び出しにあった。

 理解出来ないことはない。

 多くのお嬢様が在籍する女子校に存在する、ショートカットのスポーツ万能の高身長女。

 ミーハー心で一度は好きになってしまうだろう。

 そんな乙女の心境は自分もよく分かる。

 しかし、どれも丁寧にお断りしている。

 なぜなら、私の恋愛対象は男性だからだ。

 このご時世、女同士だから嫌だとかそういう偏見ではなく、ただ単純に、自分の恋愛対象は男。それだけだ。

 それに、自分は女の子に好かれたいがために勉強も運動も頑張っているのではない。

 

 努力するのが好きなのだ。

 それと、人の期待には極力応えたい。

 その2つを信条にずっと生きてきたら、いつの間にかこうなってしまった。

 順風満帆かに思える私の人生だが、もちろん悩みもある。


 

「ふぅ……」

 時刻は夜22時過ぎ。そろそろ消灯時間を迎える。

 白百合学園は全寮制だ。基本は2人1部屋だが、生徒会に属する人間のみ1人部屋が与えられる。

 頼みこまれて引き受けた副会長という座は、初めこそあまり気乗りしてなかった。

 だけど人の役に立つのは嫌いではないし、なにより、この1人部屋というのが気に入っている。

 こうして、静かな時間を過ごせるから。

 誰にも邪魔されない、私だけの時間ー。

 私は電気を消して、ベッドに寝転びスマホを開く。

 とあるアプリを開くと、『更新』の文字に胸が高鳴る。

 私は口元を緩ませてその画面をタップする。

 

 そう、完璧に思える私の悩み。それは恋をした事がない事。

 恋愛をした事がない自分にとって、胸キュンを味わう事ができる唯一のツールが、この少女漫画なのだ。

 本当なら実家の単行本を常に手元に置いておきたいが、寮ということもあり電子コミックで済ませている。

 それと何となく自分のイメージが崩れるのが嫌で、この趣味は誰にも言えていない。

 だからこうやって寝る前のひと時、1人部屋だけど念には念を入れて、隠れるように楽しんでいる。

 寝る前のこの時間が自分にとっての至福の時間なのだ。

 襲ってくる眠気と戦いながら、読み進める。

 でも、読み終わりまで後数ページの所で、強い眠気に襲われてスワイプする手が進まない。

 続きが気になるのに、私の意識は眠気に抗えずそのまま闇に落ちてしまった。

 


「おい、人間。起きろ」

 高圧的な男性の声がした。しまった。寝落ちしてしまっていたのか。私はまどろみの中で耳を澄ます。

 それにしても一体、誰だろう。こんな若い声はうちの学校にはいなかったはず。男性の先生はいるけどおじいちゃんだ。

 ――もしかして不審者?

 私は瞬時に覚醒し、目を覚ました。

 すると、枕元に若い男が立っていた。

 白いシャツに黒のスラックス。まるでどこかの制服のようだ。

 暗闇の中で赤い目が光っている。

 その脇にある窓が開いていて、白いカーテンが涼しい夜風に靡いていた。

 どうやら私の不注意で、この神聖な寮に不審者を招いてしまったみたいだ。

 早く追い払わないと。柔道黒帯の実力を今こそ発揮する時だ。

 私は体を起こそうとしたが、まるで鉛になったみたいに体が重たくて動けない。


「おっと、俺を攻撃しようたって無駄だ。お前の行動は俺に縛られてるからな」

 まるで私の行動を見透かした様な余裕綽々の声が聞こえる。

 くそ、悔しい。動ければこんな変態すぐに制圧できるのに。

 それにしてもどういう事だろう。

 『俺に縛られてる』?

 もしかして、寝ている間に手足を縛られてしまったのだろうか。

 一体、この男は何が目的なんだろう。金目の物がある訳でもないのに。まさか――私自身?

 彼氏もいた事ないのに、こんな変態に襲われてしまうのだろうか。そんなの嫌だ。

 部屋に月明かりが差してくる。

 せめてこいつの顔を覚えておこうと私は目を凝らした。

 サラサラの黒髪に切長の瞳。形の良い唇からは八重歯が覗いていた。


「……!」


 てっきり中年の冴えないおじさんかと思っていたのに、そこに立っていたのは、まるで少女漫画に出てきそうな美少年だった。

 ここだけの話、私はひっそりとテンションが上がっていた。

 

「あなた……誰?」

 

 この人の名前が知りたいという単純な好奇心から、私は問いかけた。

 その少年は自信に満ちあふれた笑顔を浮かべると、そのまま流れるような動作でベッドの脇にひれ伏して、土下座した。

 

「お願いします!広瀬泉様!あなた様の力を貸してくださーい!」

 

「……はい?」


 予想してなかった反応に私は思わず体を起こすと、視線の下には少年が情けなく額を床にこすりつけて、何かを懇願する姿が。

 その背中には小さな黒い翼が生えていた。

 この美少年は一体――?

 まるで漫画みたいな展開に、私は少し胸が高鳴った。

 

 

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