第5話 境界会戦 ― 名は灯り、線は盾 ―

0 前口上──胃は泣いても線は引く


 霧が薄く、鐘が三つ。

 北門楼の上、私は虫の薄羽鎧(つや消しブラック)を肩にまとい、霧の向こうの赤旗を数えた。双頭鷲。整った槍列。角笛の腹にくる低音。

 偵察総局長ヴィネが旗を二度振り、上空の眷属が密度を上げる。冷たい甘香が風に乗ったら「接敵前」。合図の意味は皆がもう覚えている。


「……ルシファー」

「はい、陛下」

「今日は“剣で勝つ日”じゃない。“線で勝つ日”だよ」

「承知しました」


 胃は泣いてる。でも顔は平気。王の顔スライダーは厨二二割、威圧三割、優しさ五割でいく。



1 第一布告──人の時間を守る


 政庁前広場。赤線(避難導線)と青線(水の導線)が交差する中心に布告台。

 私は短く告げた。


「戦時布告。一、夜戦を禁ず。二、市民は赤線、物資は青線。三、祈り場・墓地は不可侵、赤札掲示。四、捕虜は名で扱う。五、兵は“深追い”を禁ず」


 ベレト(司法)が続ける。「違反は軍規裁判。上位者ほど重く裁く」

 アモン(治安)が槍を下げる角度を示す。「七分伏せ」──威圧しすぎず、だが統制が見える角度だ。


 フェネクスが詩板を翻した。

「名は灯り/灯りは道/道は国」

 子どもが真似して口ずさみ、ミルド老人は壁に自分の名をなぞる。「わしはここにいる」



2 対面──“僭称”の杖と“線”の札


 白と金の列、聖庁調査団が北門に到着する。団長エゼキエルは杖をコツン。法学僧ラファエル、記録僧ボニファティウスが脇に控えた。


「悪魔の王よ。秩序は神に由来する。悪魔の秩序は僭称だ」

「秩序が神に由来するなら、なおさら“見える線”で乱用を止める。神の名を免罪符にさせない線です」


 門番のロノウェが二言語札を貼り直す。〈武器は封蝋/祈り場不可侵/市民接触は許可制〉

 エゼキエルは短く頷いた。「公開の場で問おう」

「広場で。人の前で。言葉を“線”にして見せます」



3 会戦布陣──三枚布の陣


 軍議。城内地図卓には三色の駒。右翼ガープ、中央ハルファス、左翼グラシャラボラス。前面はビフロンスのネクロマンサー軍。後方にハエ騎士団のケロベロスとアスタロトが救出・避難を担当。サレオス、レラジェ、ウァレフォルは工作と反工作を束ねる。


「初撃は弩。間引き射で“膝”を狙う」

 オセが矢符を握り、アミーが小旗でタイミングを合わせる。

「騎兵は丘陰に引き、敵を湿地へ誘導」ザガン。

「穴を守れ。市民が抜ける穴だ」グラシャラボラス。

「中心は井戸線。火に勝つのは水」ハルファス。

「三列目、交代の号令は番号で。矢束残量は札に明記」ガープ。


「深追いは禁止。勝ちの華はいらない」

 私が最後に言うと、六大将軍は短く頷いた。



4 敵営──フェルナンドの静、伯の叫び


 同刻、公国軍。

 フェルナンド守備隊司令は最前列で兵の槍間を直し、呼吸を整える。


「崩すな。押すな。揃えろ」

 兵は落ち着く。だが後方、ヘルマン伯の幕舎では怒号が走る。

「悪魔に慈悲は不要! 奴隷を返さぬ賊都は焼け!」


 フェルナンドは部下にだけ聞こえる声で言う。「兵に“金”はない。あるのは名だ。命令の言葉を選べ」

 その静けさは、やがて彼自身を救うことになる。



5 開戦──黒い雲、白い盾


 角笛。霧を裂く一斉射。

 公国の弩が黒い雲のように押し寄せる。ビフロンスの盾列が一歩前へ。木盾と骨がばちばちと受け、被害はゼロ。背後の生身の兵が息を吐く。


「反撃、間引き射、三呼吸で二連!」

 オリアスの号令と同時に弦が歌う。こちらの矢は市民避難線と交錯しない角度で落ち、敵前列の“膝”だけを穿つ。立てぬが、死なぬ。医官が出れば列が乱れる。


「旗を、風で切れ」

 アミーの微風が敵旗だけを断つ。旗は秩序の象徴だ。

 左の小丘は湿地。ウァラクがわざと後退し、追った敵騎兵の脚が泥にとられて横転する。


 フェルナンドはすぐ後列を前に出し、破綻を繕った。冷静。だが、冷静は名には勝てない。



6 市街──火点三、赤は道、青は水


 市内の路地で火の手。油の匂い。潜入兵だ。

 アモンが角笛を二度。「第七・第八、火点三! 井戸二から連水、路地五番は逆風、蓋を閉めろ!」

 グレモリーが香瓶に火を入れて燃え方を見抜く。「松脂。火事の匂いだ。退去」

 ウァレフォルの手が早い。身元札を読み上げ、「公国内部の扇動線と一致」。

 サレオスは袖の銀線を抜き取り、「導火線の導火線。センスは悪いが動機は最悪」と鼻で笑う。


 リナはカイの手を引いて赤線を走る。「カイ、赤は道!」

「青は水!」

 パランドが曲がり角に指さし絵を上書きし、カフィーゼが倒れかけた梁を片手で支える。

 ケロベロスとアスタロトの近衛は担架優先。剣の前に布を持ち、泣く者に道を作る。王命だ。



7 公開討論──神の沈黙と人の痛み


 広場。聖庁との公開討論は続いていた。

 元捕虜ロッツが証言する。「矢を向けろと命じられた。でも下ろした。ここで労役三十日。名で呼ばれて帰された」

 ラファエルが問う。「神の許しは?」

「分からん。でも名で呼ばれたとき、胸が静かになった。多分、それが神だ」


 フルカス(宗教省)は埋葬について答える。「遺体の所有権は家族。宗派問わず墓地は不可侵。神式・樹葬・水葬・石碑葬、全部選べる。必要なのは名札。名のない遺体は、まず名を探す」


 タフィーラドは言った。「根が名を覚える。土の清めと矛盾しない」

 レナードは小瓶を掲げる。「水面は鏡、鏡は祈り」

 カフィーゼは石を撫でる。「石は嘘をつかない」

 イドラドは秤を持ち上げ、「供えは重さで正す。目盛りは嘘をつかない」


 夕刻、エゼキエルが杖を収めた。

「神の沈黙と人の痛みが同時に在る。どちらを先に見る?」

「痛みを先に見る。沈黙はあとで抱きしめる。順番の問題です」

 団長の瞳がわずかに和らいだ。



8 工作──粉砂糖の匂い、矢は火口だけ


 討論の陰、粉砂糖と松脂の匂い。広域閃燃。

 レラジェの矢が火口だけを射抜き、アモンの砂袋が白く舞う。

 ウァレフォルが読み上げる。「ヘルマン伯配下。目的、乱闘誘発→『悪魔の暴力』印象操作」

 アモンは門前に札を立てた。〈宗教の衣で火を持ち込むのは宗教ではない。犯罪〉


 エゼキエルは短く言う。「衣を守った借り、忘れぬ」

「衣を守るために刃を退け、中身を守るために札を立てます」

 言葉は、線になる。



9 蒸留所──火を“燃えない”武器にする


 夜明け前。私がルシファーにだけ告げていた裏の段取りが、時を迎える。

 “蒸留所”──公国軍の諸隊が持ち歩く携行酒の補給施設。街から離れた軍用倉。

 サレオスが既に内部地図を取っている。労役者は退避済み。番兵は眠らされ、無人。爆薬は使わない。蒸気抜きだ。


「蒸留器の安全弁を閉じ、制御弁を解放。圧だけをぶつける。火は出さない。音と壊れた蓋だけ」

「ドカン」を求める輩には不満だろうが、うちは“人に当てない”が最優先だ。


 黎明──金属が悲鳴をあげ、蓋が吹っ飛び、白い蒸気が巨獣の呻き声みたいに嘶いた。

 遠くの公国陣で怒号。酒樽の山は崩れ、補給線は止まる。火は出ない。だが、兵の喉に走るのは乾きと不安。

 フェルナンドは即座に補給隊を戻す。「被害軽微。続行」冷静だ。だが、ヘルマン伯は顔を紫にした。

「卑劣な爆破! 焼け! 焼き討て!」


 蒸留所は燃えず、人も焼けない。だが「兵の夜の支え」は折れた。火を“燃えない武器”にするのが今回の狙いだ。



10 白昼の一撃──木啄(きつつき)戦法


 陽が霧を破った瞬間、オセが手を挙げる。

「今だ。膝を撃て。次、蝶番(ちょうつがい)」


 弩隊の矢が低く落ち、敵前列の膝を穿つ。医官が出る。旗が乱れる。

 第二波は城門“外側支柱”の蝶番。殺さない、壊す。壊すが、こちらの門ではない。敵が持ち込んだ攻城門車の蝶番だ。

 矢に仕込まれた薄片(ブネの魔法鍛造)が金属の隙を裂き、回転軸を噛む。門車の片側が沈んで傾き、槍列の先頭がつまずく。


 ザガンが囁く。「穴ができた。“人のための穴”に重ねろ」

 赤線の“人のための穴”。避難の欠片。その先に“敵列の欠片”を重ねる。人は滑り、敵は躓く。

 グラシャラボラスが低く吼えた。「追うな。穴を守れ」



11 右翼・中央・左翼──三枚布、千切れず


右翼(ガープ)

「三列目、交代! 矢束の残量を叫べ。値札の棚卸みたいにな!」

 士気が上がる。誰でも残量が分かる管理は、戦にも効く。


中央(ハルファス)

「中心は井戸線。水が近い場所で戦え。火に勝つのは水だ」

 ビフロンスの盾列がそこで踏ん張り、生身の兵は回廊のように流れて疲労を分散する。


左翼(グラシャラボラス)

「追うな。穴を守れ」

 わざと戦列に切れ目を作る。そこは市民が抜ける欠片であり、同時に敵の楔を空振りさせる罠でもある。


 戦場は三枚の布のように揺れ、しかし千切れなかった。



12 法廷の槌──越境武装と人殺し


 午後。前線が大きく吸って吐いた、その瞬間。

 王国軍は捕虜を臨時法廷へ送る。

 ベレトが座り、右にマルコシアス、左にフールフール。聖庁のラファエルとボニファティウスも公開席に座る。見せる裁き。


「名を」

「……第三連隊伍長、ロッツ」

「市民に矢を向けたか」

「向けませんでした。命じられましたが、下ろしました」

 証人が頷く。「こいつは俺の腕を掴んで矢を落とさせた」


「罪は越境武装。軽罪、労役三十日で解く。名を刻め」

 ざわめき。

 別の捕虜が叫ぶ。「俺は市民を斬った! 命令だった!」

「大罪。公開の場にて極刑。判決の抄録は掲示する」


 儀礼は簡素に、槌は短く。

 ラファエルの指が震え、ボニファティウスのペンが止まらない。法は“見せる”ことで効く。



13 敵営の綻び──名と金


 公国軍の後方。

 兵の間で囁きが広がる。「名を呼ばれた」「名で帰された」

 ヘルマン伯が怒鳴る。「財産は神聖不可侵!」

 だが多くの兵に“金”はない。あるのは“名”だ。

 フェルナンドは静かに言った。「背を向けた兵を斬るな。斬れば、背が増える」

 負け方を知る司令官は、兵の名を無駄にしない。



14 午後の均衡──華はいらない


 王国軍の前列が一歩進む。勝ち色が血に走る危険な瞬間。

 私は高台で手を挙げた。「深追い禁止」

 ビフロンスが盾列を二歩下げ、グラシャラボラスが穴の縁に兵を置き直す。

 兵の胸がすうっと軽くなる。勝ちに行かない勝ちを叩き込んできた。


「陛下、胃は」

 ルシファーが囁く。

「泣いてる。でも、顔は平気」

「立派です」



15 白旗の書状──人のために退け


 夕刻、伝令カイムが白旗を持って敵陣へ。

 書状には三つの条件。〈捕虜交換〉〈負傷者の相互保護〉〈祈り場の不可侵〉。退くなら人のために退け。

 ヘルマン伯は書状を踏みつけた。「虫が人の法を語るな!」

 フェルナンドはそっと拾い、折り目を正す。「人の法を踏むのは、人ではない」



16 日没──人の時間を終わらせる


 日が落ちる。

「街路灯増灯。夜戦禁止。人の時間を終わらせる」

 灯りが一斉に強くなり、虫の輪が高度を上げて目印になる。

 夜の恐怖に寄りかかれない戦は、公国軍にとって初めてだ。

 フェルナンドは旗を引き、整然と退いた。潰走ではない。彼は兵の名を守った。



17 戻る名、残る灯り


 広場の布告板に帰還名簿。

 アレクサンドルが読み上げ、フェネクスが韻を添える。

「リナ、カイ、ガロス、ミルド……」

 呼ばれるたび、小さな拍手。

 ミルドは拙い字を撫でる。「わしは、ここにいる」


 ガロスは義足の紐を締め、「穴の見張り、交代だ」

 子どもは「赤は道、青は水」を次の子に渡す。

 名は灯り。灯りは道。道は国。



18 司令官の覚え書き──“順番”


 幕舎の陰。

 フェルナンドは壊れた蒸留器の蓋を見つめ、短く記す。

〈敵は火を燃えさせずに使う。兵站の“夜”を折る。名で人を動かす。

 血を止め、祈りをあとで抱くという“順番”を知っている。

 乱せば負ける〉


 冷静な字。こういう相手がいちばん怖い。



19 伯爵の孤独──財産と人


 ヘルマン・グロイエル伯は盃を握り潰した。

「虫の王が“人のために戦う”だと? 欺瞞だ。人は金で動く」

 返事はない。幕舎の外で風が布をはためかせ、つぶれた盃の縁が光る。

 伯爵の叫びは、やがて公国に裂け目を生む“種”になる。



20 市民の夜──腹と詩と値札


 戦の夜でも腹は減る。

 市場の端でマルタ婆が鍋をかき回す。「聖なるスープだよ。塩と時間と、値切り回避の祈り」

 ロノウェが値札の字体を太くし、ラウムが秤に“L”刻印を打つ。

「“ウソつきました札”の効き目、今日も抜群」

 グレモリーは怪しい瓶に火を入れて笑う。「松脂は匂いで分かる」


 フェネクスが柱に貼る。「詩は無料」

 パランドが余白に小さな星を描く。

「名は灯り/灯りは道/道は国」

 声に出せば、怖さは少し減る。



21 王の夜──条文は消耗品、胃薬も


 政庁の執務室。

 私は鏡の前で王の顔を三分。眉、目線、口角、歩幅。厨二病スライダーは今日は二割。

 肩の虫鎧が「おつかれ」とささやく。かわいい。


「布告は剣より遅い。けれど遠くまで届く」

 ルシファーの常套句。

「条文は消耗品。胃薬も消耗品」

「名言にしますか」

「フェネクスに止められるやつ」


 ストラスがファイルを抱えて入る。「“線の巡回見学ツアー”、他国から三件」

「見せる外交、効いてるね」

「胃薬の在庫も」

「優秀」


 窓の外では眷属の輪。広場の灯は落ち、布告板だけが淡く光る。端でミルドが背伸びして、また小さく書く。「ありがとう」。

 誰にも気づかれないくらい小さい。でも、確かに、そこにある。



22 翌朝の定例会議──人数と省庁


 人口報告。八千二百を超えた。

「一万人の連盟基準まで、もう少し」

「じゃあ、省庁設置法の本体を出す。顔じゃなく窓口で動く国に」


 任命の第二幕。功績主義、昇給・昇級明記。諸族の若手に副次官席。

「上に特権は与えない。上こそ法の縛りが強い」

 場が和んで、目は真剣になる。



23 祈り場の日──赤札と静けさ


 聖庁は四日滞在したのち、白と金の列を整えて去った。

 エゼキエルは出立前、静かに言う。

「信仰は燃えず、札は燃える。ゆえに札を燃やす者から先に手を離す」

「神の名を守るため、人の名を呼び続けます」

「その言葉の重みを、陛下の胃は知る」

「すでに二つは欲しい」

 ルシファーがぬるっと差し出す。「胃薬でございます」

 わずかな笑い。白と金は鈴の音を残し、霧に消えた。


 フルカスが新布告を朗読する。

 1. 信仰の自由を保証。

 2. 祈り場・墓地・聖遺物は不可侵、赤札を掲げる。

 3. 信仰の名を用いた暴力・略取・焚書は大罪、公開裁判へ。

 4. 改宗強要は禁ず。

 5. 聖職者は人名札を携行、名を隠すな。

 6. 埋葬・婚姻・寄進は選択可、権利は書類で守る。

 7. 上記に反する私法は無効。ただし善き慣習は公示して延命可。


 フェネクスが添える。「名は祈り/祈りは灯り/灯りは道」

 線は増え続ける。それが国の呼吸だ。



24 返還列──名で帰る


 捕虜交換の最初の列が国境を渡った。

 疲れた兵は幕舎に入るなり囁く。「俺は裁かれた。けど、生きて帰れと言われた。名で」

 囁きは火より速い。兵の列に亀裂は、熱ではなく冷気から入る。



25 工房と秤──真似できるものは見せる


 加工ギルドではブラックダイヤモンドの研磨基準の公開検査。王印のない品は没収対象、だが買上保証があるから密売は割に合わない。

 ラウムは秤に“L”刻印、検定日付を掲示。「秤に嘘がない国は、商人の足が増える」

 ロノウェは言語札を増やし、二言語+妖精語の掲示を整える。

 ボティスが言う。「真似できる制度は全部見せる。見せることで優位になる」



26 婚姻窓口──式は自由、権利は書類


 婚姻登録所。

 シトリーが窓口で声を張る。「婚姻は三本立て。教会婚/登録婚/名札証婚。式は好み、権利は書類。扶養・相続は登録婚で。愛称併記可、読み替え禁止線あり」

 ベレトは後ろで「婚姻詐欺罰則」の札を新しく掲げる。

 ラファエルが端でメモを取り、「名の優越……神に見せる名でもあるからか」と呟いた。



27 反乱未遂──匿名札は沈黙


 夜。

 サレオスが夜警のブリーフィング。「今夜の目標は静寂と発見。暗殺はしない。いや、必要ならするが、しない。ギャグはする」

「最後のいらない」私とルシファーの声がハモる。


 ウァレフォルが匿名札の流通を報告。「匿名は沈黙。沈黙は美徳。──匿名は法務上の沈黙。処理は書類で」

 “匿名札”は無効。名を隠すのは信仰でも義でもない。



28 遠国のざわめき、こちらの静けさ


 公国。ヘルマン伯は再び聖庁前で叫ぶ。「悪魔の札は秩序の敵!」

 しかし、ラファエルの報告は静かだ。

〈名の札が恐怖を減らしていた。導線の赤は祈り列の苛立ちを減らしていた〉

 エゼキエルは報告書を二部に分け、「対話」と「火」の文字を見比べた。

 フェルナンドは短く記す。〈線があるところに秩序。線の撤去は敗北〉



29 布告の詩、子どもの声


 夜の広場。

 アレクサンドルが子どもに語彙を教える。「避難(ひなん)──戻るための逃げ方」

 フェネクスが韻を打つ。「裁き(さばき)──帰り道を作る刃」

 アモンの巡回は名簿に戻る名を刻む。

 カイがひとこと。「王さまの胃は、国の胃」

 笑いが上がり、星と灯に混ざって消えていく。



30 終章──線で勝つ


 私は政庁の窓辺で、薄明の街を見た。

 赤線と青線。値札と秤。布告と抄録。

 それらは、人を少しずつ“善い方へ押す”ための“線”だ。


「名を守る。人を守る。秩序で勝つ」

 口に出して、もう一度、胸に入れる。

 最初の鳥が鳴いた。

 胃はまだ泣いてる。でも、顔は平気だ。

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