さぁ、ステキなご臨終の話をしよう
カジセイ
第1話 プロローグ
「もし、成仏の手伝いを断ったら、どうなんの?」
「そうね……、そしたら呪うわよ」
ズリぃよ!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はい、じゃ、次の方どうぞ」
やっと順番が回ってきたわ。たかが三途の川を渡るのに三時間も順番待ちするとは思わなかった。しかも同じような列が左右にいくつも連なっている。
……こんなに人って死んでるのね。
ぼくはゆっくり前に出て、その、裁きを行っている強面の人と対峙した。手元には台帳らしき物を開いている。アレにぼくの色んな情報が載っているのかしら? それを見て、天国か地獄か判断してるのかしら?
「ヤナギトオル。二十七歳。死因は交通事故。猶予49、ノーマルね。はい、じゃ、行って。次の方どうぞ」
《ちょちょちょ、待って。三時間も並んでこんだけ? 行くってどこへ? 猶予って何よ? 49って? ノーマルって? ちゃんと説明してよ》
強面は少し面倒な顔をしながら、
「猶予というのは成仏するまでの制限時間。それがあなたの場合は49、つまり四十九秒。一番多いケースだからノーマルタイプ。以上。はいじゃ、次行って」
《いやいや、全然説明不足よ! 制限時間って? 四十九秒で何すればいいのよ?》
「それまでに今まで生きてきた世界での未練を絶ち切ってくればいいだけです」
《未練て……。できなかったらどうなるの?》
「地獄行きです」
なんだ、単純明快!
わかりやすい!
……とはならないわよ!!?
《制限時間たった一分しかないの!? クイズ番組じゃないんだからムリに決まってるじゃない!!?》
「一分じゃなくて四十九秒です」
《どっちだってたいして変わらないわよ!? ハナからムリな注文じゃない。一分で未練を絶ち切ってこいっていうの? ムチャクチャじゃない》
強面は煩わしそうにタメ息をついて続けた。
「こちらと元の世界とでは時間の流れが違うんですよ。こちらで言う一秒は、元の世界の一日」
――え。ということは?
「四十九日間です。それまでに元の世界に戻って未練を絶ち切ってきてください」
四十九日。最初からそう言ってくれればいいのに。だったらまだ何とかなりそうね……。
ただちょっと待って。そもそも未練って何のこと?
《あの……、未練が思い浮かばないんですけど? 無かったら何もしなくていいってこと?》
「この台帳には『未練あり』となってますよ。いいから早く行って。次がつかえてるんですよ」
未練って何よ? 思い残してきたこと? やり忘れてきたこと?
何かある?
家の鍵は閉めてきたし、火元だってちゃんと消したはずよ。そうだ、洗濯物干しっぱなしだ。まさか交通事故に遭うだなんて思ってもなかったし。やだ。勝負パンツ干してきてない? あれは見られたら恥ずかしいかも。って、さすがにパンツ取り込むのが未練なわけないか。
《やっぱり無いんですけど?》
「うるさいな。じゃ、あっちに進んで」
左側に並んでいる行列を指差した。
《あっちは……?》
「地獄」
《やーよ! 何言ってんの!? 絶対、ここから動かないから!!! ていうか、あなた、閻魔大王?》
「違いますよ。閻魔様は違う場所にいらっしゃる。私は仏。亡くなった人達の行き先をここで捌いています。交通整理みたいなものです」
《仏様ってもっと優しいんじゃないの?》
「それは人間が勝手に作り上げたイメージ。別に普通ですよ」
《そういうものなの? でもとりあえず、未練なんか思い浮かばなくて……》
「残してきた家族、恋人、友人、仕事、お金……。人によって様々ですよ。思い当たる節は? 何かあるでしょ?」
そんなこと急に言われたって、何があるって言うのよ……。
仕事は中途半端になっちゃったわね。お金、けっこう貯めたのよね。どうせ死んじゃうんだったら使っちゃえばよかった。恋人は……フラれたばっかだし。アイツ、浮気してたのよ。未練は無いけど呪ってやろうかしら。思い出したら腹立ってきたわ。友達なんているかしら? 仕事の同僚とはまた違うものね。ちょっと浮かばないな。もちろん親友もいないし。あとは家族……親にはずっと会ってないのよね。こんなことなら会いに行っとけばよかった。
「あの、ここで考えるんだったら、あっちでゆっくり考えてきていいですよ」
《あっちって地獄じゃない!?》
「お手軽お試しコース三日間ってのがあるから」
そんな英会話の体験入学みたいなコースがあるの?
《ちなみに三日って、今までの感覚だと……》
「三千年」
《さ、さんぜ……ッ。ふざけんじゃないわよ。行くわけないでしょ》
ったく、どこがお手軽なのよ。
「じゃ、どうすんですか? 戻るの? 戻らないの?」
《わかったわよ、戻って未練断ち切ってくればいいんでしょ。行くわよ! 行ってくるわよ!》
「はい、じゃ、あっちに行って」
強面が地獄の行列とは違う方向を指差す。その先にはピンク色のドアがある。
あれは……?
「あそこから元の世界に戻れます」
なんか、どこでもドアみたいね。
ぼくはそのドアの前まで進み、ゆっくり扉を開けた。
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