第13話 シュヴァルツヴァルト到着

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「フリード王太子殿下、フランツェスカ王女殿下、まもなく王宮へ到着いたします、ご準備をよろしくお願いいたします」


 馬車の御者台から、侍従の声が響いた。

 もうじきシュヴァルツヴァルトの王宮に、私達の乗る馬車が到着するらしい。


「ええ、わかりました。フランツェスカ、大丈夫ですか?」


「はい、問題ありませんわ」

 

 ……ああ。

 とうとう、やって来てしまった。

 敵国シュヴァルツヴァルトに。

 

 いや、正確にはもうこの国は敵国などではないのかもしれません。

 

 けれどついこの間まで北の前線にいて、命の奪い合いをしていた私にとってまだこの国は敵国で。

 

 和平が結ばれたからもう敵ではないと言われても、気持ちはすぐに追いつかない。

 なので未だに混乱してしまっていますし、なおさら理解が出来ません。

 

 何事も無かったかのように私の前に平然と腰掛けて、こうやって笑顔で話しかけてくるフリード王太子のことが。


 豪胆なのか、それとも馬鹿なのか。

 そのどちらかだとしても私には到底真似ができません。


 ついこの間まで敵だった国の王宮に、この男は平然とやってきた。

 私はといえば緊張で足が震えているというのに。

 

「フランツェスカ、今日からここが貴女の住まいです。なにか困ったことがあれば私に遠慮なく言ってください、全て夫となる私が手配いたします」


「えっ……、ええ。とても助かりますわ」


「貴女の夫となる者としてこれは当然のことです」


 ……約束通り、冷遇はしないと。

 口先だけの男ではなさそうで、そこだけは一応評価いたしますが。


 油断は禁物ですし、簡単に信用してはいけません。

 どんなに信頼を寄せていても、未来を誓いあったとしても私は裏切られたのだから。

 

 それにこの男がいったいなにを考えているのかが、私にはさっぱりわからない。

 

 干渉するなと自分で言っておいたくせに、馬車の中ではやたらと話しかけてきた。

 それにどこか馴れ馴れしいし、やたらと『夫』という言葉を強調してきて……かなり鬱陶しい。


 けれど今は侍従の目もあって、たとえ鬱陶しくてもにこやかに話さないわけにはいきません。

 ……本当は、この男とはあまり関わりあいたくないけれど。


「そうですか……そういえばシュヴァルツヴァルトの王宮の敷地は、モルゲンロートと違ってとても広いのですね?」


 ふと窓の外に目を向けると、そこには果てしないほど広大な敷地が広がっていました。

 シュヴァルツヴァルトの王宮の敷地は、モルゲンロートの王宮が五つは余裕で入りそうに見えます。


「ええ、そうですね。うちの王宮には、王立の研究機関や騎士学校などの教育機関も併設されていますので……モルゲンロートの王宮よりは少しだけ広いかもしれませんね」


「まあ、騎士学校まで……? だからあんなに完璧に騎士の統率がとれていたのですね……」


「ああ、儀礼については少々厳しい者がいるので……騎士達は大変かもしれませんね」


「……あら、そうなのですね。シュヴァルツヴァルトの騎士様になるのはきっと大変ですのね?」


 私が言っているのは戦場での統率のことなのだけれど、フリード王太子は儀礼のことだと勘違いしています。

 ですがそれは仕方ありません、私があの場にいたなんてフリード王太子は知らないのですから。


「そうですね。剣術や馬術だけではなく、礼儀作法や騎士道精神……勉学もある程度出来なくてはなりませんね。もしご興味があるなら騎士学校や、騎士団の訓練所に見学に行かれますか?」


「まあ、私などが騎士団の見学に行ってもよろしいのでしょうか? お邪魔ではなくて?」


 敵将だった私が、騎士団の見学に行っても問題ないのでしょうか?

 それ、諜報活動とかになりません……?

 

「とんでもない! むしろ王太子妃の貴女に見学いただけたら、騎士達の士気もあがることでしよう」


「ふふっ。ではお言葉に甘えて、近いうちに見学に伺わせていただこうかしら?」


「ええ、ぜひに。私が案内いたします」

 

「……王太子殿下のご案内付きなんて、とっても豪華ですわね? 楽しみにしております」


 敵将自らが自軍の戦力を敵将に公開してくれる、こんな機会は滅多にありません。

 これは楽しみです。


 ――ちょうどその時。

 私達の乗る馬車がガタリと音を立てて止まった。

  

「……フランツェスカ、さあお手をどうぞ」


「ええ……ありがとう、フリード」

 

 私がフリード王太子にエスコートされて馬車から降りると、出迎えの為に集まった人々のざわめきが広がった。


「フランツェスカ、貴女を心より歓迎いたします。貴女のような美しい女性が私の妻になってくれるなんてまるで夢のようです。皆が羨むような良き夫婦になりましょう」


「まぁ……ありがとう。そのように言っていただけて光栄ですわ」


 白い結婚を要求しておいて、どの口がそれを言うのか!?

 ……という至極真っ当なツッコミは、今はそっと横に置いておきます。


 私はこれからシュヴァルツヴァルトの国王陛下のもとへ、ご挨拶に参らなければなりません。

 ということで王宮の方に目を向けると。

  

 案の定、集まった人々の視線はフリード王太子の隣にいる私に向けられていた。


 敵国の王女である、この私に――。

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