第20話 義賊の夢、地下に芽吹く

雨脚は夜になるにつれ強まり、瓦屋根を叩き割るような音を立てていた。

山賊との戦いで満身創痍の燈子と仲間たちは、街の外れにある水路の入口に身を寄せる。


「ここなら……雨もしのげる」

カルディスの声は冷静だったが、その掌は剣の柄から離れていない。


石造りのアーチを抜けた瞬間、むっとした湿気と、どぶの匂いが押し寄せた。

水路は闇に沈み、滴る水音だけが反響している。



「……いま.…何か音がしなかった?」

燈子が眉をひそめた、その時。


「止まれっ!」


暗闇の奥から声が飛んだ。

灯りが揺れる。手製の松明。その周囲に、小柄な影がいくつも浮かび上がる。


「ここは俺たち“義賊団”の縄張りだ! タダじゃ通さねぇぞ!」


先頭に立つのは、まだ声変わりも終わらぬ少年。

片手に木の棒を握りしめ、胸を張っていた。


彼の名は——トオヤ。

水路の孤児たちを束ねる、ガキ大将だった。



燈子は思わず木の棒を見て、口元を押さえた。

「……義賊団?」


トオヤは胸を張って言い切った。

「そうだ! 悪い奴らから宝を取り返し、弱い奴らに分け与える! 俺たちがこの街の正義なんだ!」


背後には五、六人の子供たち。

裸足で、布切れのような服をまとい、しかし誇らしげにトオヤを見上げていた。


「これが宝だ!」

トオヤが掲げたのは、欠けた陶器の壺と、黒ずんだ銅貨数枚。


「うわぁ……」燈子は声を漏らす。

(子供のごっこ遊び……でも、本気なんだ)


カルディスは冷ややかに眺める。

「茶番だな」


トオヤは顔を赤くして噛みついた。

「茶番じゃねえ! 俺たちは義賊団だ! 弱い奴らを守るんだ!」


その時だった。



奥の水路から、複数の足音。

酒臭い笑い声と共に、粗末な剣をぶら下げた男たちが現れる。


「へっ、ガキどもがこんなとこに隠れてやがったか」

「ほらよ、銅貨置いてけ」


子供たちが後ずさる。

トオヤだけは棒を握り、必死に叫んだ。

「やめろ! これは俺たちの宝だ! 渡すもんか!」


男たちが笑いながら迫る。


燈子は一瞬迷ったが、剣の柄を握った。

「……行くしかない」


カルディスが剣を抜き、ガロウが唸り声を上げて前に出る。


次の瞬間、水路は閃光と怒号に包まれた。


水路の闇に剣が閃き、男たちの怒号が反響する。

狭い通路は逃げ場がなく、火の粉のように火花が散った。


燈子はモーニングスターを振り上げたが、腕が痺れて重みを受け止めきれない。

鉄球が壁にめり込み、石片が飛び散った。

「くっ……!」

彼女は踏ん張るが、腕は悲鳴を上げていた。


カルディスの剣が横から閃き、山賊の一人を退ける。

「燈子、下がれ。無理だ」

冷静な声が響くが、彼女は唇を噛み、足を止めなかった。


その背で、ガロウが剣を抜こうとして——手を止めた。

握力が戻らない。腕が痺れ、柄が抜けきらない。

「……っ」

歯を食いしばるが、無情にも剣は鞘に収まったままだった。


「どけっ!」

賊の槍が孤児のひとりに向かう。

咄嗟にガロウは足を踏み込み、手にしていた杖を横に振った。


――ガンッ!


槍の柄を弾き、賊の手がしびれて武器を落とす。

勢い余って杖の先が賊の肩を打ち、呻き声を上げて倒れ込んだ。


「……あれ?」

自分でも驚いたように、ガロウが杖を見下ろす。


「おっさん、すげぇ!」

トオヤの声が響いた。

棒を構えていた少年の目が、輝いている。


「俺だって!」

トオヤが飛び出す。小さな体で賊の足に噛みつくように絡みつき、棒を突き上げた。

「だってさぁ〜、悪い奴から仲間を守るのも義賊だろ!」


賊が罵声を上げ、振り払おうとする。

その瞬間、ガロウが再び杖を振り抜いた。

今度は賊の膝裏を叩き、体勢を崩させる。


「……剣じゃなくても、守れる」

ガロウの声は低かったが、確かな実感が宿っていた。


燈子が肩で息をしながら振り返る。

「ガロウさん……!」


カルディスの剣が残りを退け、静寂が戻る。

水滴がぽたりと落ちる音が、戦いの終わりを告げた。



水路に静寂が戻る。

倒れ伏した賊たちの呻き声が遠ざかり、子供たちは寄り添うように身を縮めていた。


「勝った……の?」

小さな声が漏れる。

すぐに歓声が上がったが、その瞳にはまだ怯えが残っていた。


カルディスは剣を拭い、冷ややかに言った。

「……ここに残せば、また同じことが起きる」


孤児たちがざわめき、トオヤが一歩前に出る。

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」


カルディスは視線を細めた。

「水の都に、商人組合の女がいたはずだ。……ナディア。彼女なら子供たちを預かる算段がつくかもしれない」


「ナディア……?」

トオヤの顔が一瞬だけ明るくなる。だが次の瞬間、孤児のひとりが震える声で言った。


「でも……ナディアさん、この街から出てっちゃったよ。都の方に行ったって……」


沈黙が落ちた。

外の雨音だけが、水路の奥で響いている。


燈子は小さく息を呑んだ。

「……じゃあ、ここに置いていくわけにもいかない」


カルディスは腕を組み、短く頷いた。

「別の商会に話を通す。行き場がない子供を、街は放ってはおかぬ」


孤児たちが安堵の声を漏らす。

だが、その輪の中で、トオヤだけが俯いていた。


やがて彼は、棒をきゅっと握りしめ、仲間たちを振り返った。

「お前らは……ここでちゃんと生きろ。ナディアさんがいなくても、きっと誰かが助けてくれる」


「えっ……トオヤも一緒に……」

幼い声が縋りつく。


トオヤは鼻を鳴らし、強がるように笑った。

「だってさぁ〜、俺は義賊だろ? 悪い奴と戦うために生まれてきたんだ。だったら……こいつらと行くしかないだろ」


棒を肩に担ぎ、黒い瞳を真っ直ぐにカルディスへ向ける。

「連れてけ。俺も、あんたたちの仲間になる」


カルディスはしばらく黙っていた。

やがてわずかに口角を上げ、剣を収めた。


「……ならば、責任を持て。義賊を名乗るなら、背負うのは命だ」


その言葉の裏で、胸の奥に微かなざわめきがあった。

かつて、この少年をただ“記録すべき対象”として眺めていた。

——盗みを誇りに変える愚かさ、として。


だが今は違った。

この瞳がどこへ行き着くのか。

この小さな棒が、何を切り開くのか。


(……見てみたい)

自分でも驚くほど自然に、そんな思いが浮かんでいた。

そしてその感情は、帳簿の文字ではなく、胸の鼓動として刻まれていった。


カルディスは静かに視線を落とし、その感情を言葉にしなかった。


「へっ、望むところだ!」

トオヤは胸を張った。


孤児たちは涙ぐみながらも、彼の背中を押すように頷いた。

「トオヤ、気をつけてね」

「帰ってきたら……また話してよ」


雨音の中、トオヤは仲間たちに手を振った。

「だってさぁ〜、俺は義賊だ! 今度は本物になって帰ってくる!」


——こうして、水路の闇から、一人の少年が旅立った。

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