魔王のゆうげん 〜勇者として魔王討伐後、呆気なく裏切られて失意の中で死んだはずが、魔王の声が響く……〜

待月 みなも

第1話前編 勇者、私と共に来い、私には君が必要だ


 王暦 251年。僕が14歳の最後の月。

 修道院で孤児として暮らしていた僕に勇者の力があることがわかり、招集を受け王城へと送られた。

 国王陛下より直々にルードヴィッヒという大層な名前を賜り、悪しき魔王の討伐を依頼され旅立つこととなった。


 旅立ちの日、戦士 ホセと魔法使い レノアが仲間として、僕の魔王討伐をサポートしてくれることになった。

 いくつかの町を巡り、魔物たちや強力な魔王の手下を倒しては、たまに王城や修道院へも顔を出すようにと言われ、度々城下へも足を運んだ。


 王国を恐怖と混沌へ陥れようとする悪の魔王。

 それが僕が勇者として倒すべき相手。


「おお、勇者 ルードヴィッヒよ。今度もわしの元までそなたの活躍が聞こえてきよったぞ。魔物に加えて魔王の手先も葬ったようであるな。いつもながら見事である」


「恐れ入ります陛下。僕だけの力ではなく仲間たちの支援があってこその成果でございます」


「おお、そうか。そなたが魔王を打倒した暁には、わしから何でも好きなものをくれてやろう。その時を待ちわびておるぞ。では、この資金を持っていくがよい。魔王の根城を探すにも、魔物たちを討伐するにも、旅には何かと入り用じゃろうからの」


「いつも十分すぎるほどに資金を持たせていただきありがとうございます」


「なに、わしがそなたらにできることといえば、これくらいじゃからな。当然の責務じゃ。……して、我が娘もそなたの顔を見たがっておったぞ。悪いが出立前に顔を見せてやってくれ」


「ええ、よろこんで。では、失礼いたします国王陛下」


 この国で唯一の王位継承者であるエルセナ姫との謁見はいつも緊張する。何度目かの謁見では……


「勇者様、お父様はまたあなた様を褒めておりましたわ」


「僕にできることを頑張っているだけでございます、姫」


「わたくしはあなた様のお話を聞く度に、寂しさで胸が締めつけられる思いでございます。一刻も早く、魔王討伐を果たしていただきたく……そうすればわたくしはあなた様とずっと一緒にいられるようになりますから。どうかそれまで、わたくし以外の人を好きにならないで……」


 その言葉を言い終える間際、姫は僕の唇に柔らかなくちづけをした。

 唇が触れていた時間は長くはなかったが、僕はその時間が永遠に終わらなければいいのにと強く思ったのだった。


「心よりあなた様を愛しております。このくちづけの続きは、魔王を見事討ち取った後に……」


 姫は僕の耳元でそう囁いた。

 会う度に姫は寂しさを口にし、僕へと甘く囁いてくれた。


 ――


 王暦 255年。僕は19歳になった。

 旅の途中、道案内役 兼 罠解除のスペシャリストとして盗賊 サフィーヌが加わり、4人のパーティとなった。


 本当はもう1人、パーティにと誘った人物がいたが、あえなく断られてしまった。

 が、その代わり、魔王城へと通じる最後の鍵を入手できた。


 鍵で行けるようになった次元回廊を通り、僕たちはついに魔王城へとたどり着いた。

 ここまで来るのに5年をようした。


 僕は姫との結婚だけを心の支えに、この過酷な旅を続けてきた。

 未来の姫の笑顔のために、この大仕事をやり遂げよう。


 魔王の居城にたどり着くと、城の中には数々のトラップと強敵のモンスターたちが待ち受けていた。

 唯一魔王に対抗しうる勇者の力を温存しつつ、仲間の奮闘によって罠や強敵のモンスターたちをくぐり、やっとの思いで魔王のいる最深部へと到達した。


 配下の姿もなく、魔王は1人静かに僕ら一行を出迎えた。

 真紅しんくの髪を後ろ1本に束ね、背中には純白の両翼を広げ、木製の質素な玉座を軋ませて、ゆっくりと立ち上がる。


「王国は、彼らは信用できない。嘘の吹聴ふいちょう、裏切り、しっぽ切り。彼らは手段をいとわず、真実を闇に葬り続けている。私には理解できないが、彼らにとってはその方が楽なのだろう。だが、そうして切り捨てられた者たちの不安や苦しみが、私に集まってくるのだ。こんな力、私は望んでいない。この力を押し付けられ、捨てる事もできず、挙句の果てに用済みとして処分された。私には嫌も応も選ぶ権利さえなかったというのに。私は初めから切り落とすつもりで作られたしっぽだったのだろう」


 パーティで戦士としてタンク役をつとめる男 ホセが魔王の独白に口を挟んだ。


「なんだ、自分語りか? 自分より強い勇者との対面で、お涙ちょうだいってか? そういうのは仲間内でやってくれ。といっても、もうあんた1人みてぇだがな!」


 魔王はホセのことなど意に介した様子もなく、スっと僕へ向けて右手を差し出した。


 ベールの奥に隠れた瞳がまっすぐ僕の方へ向けられていた。

 思わず見つめ返してしまう。


 髪色を淡くしたようなその瞳の鈍い輝き。

 同じような色合いを、見たことがある。


 いや、極悪な魔王の瞳と同じだなんて、そう思われる人が可哀想だと、すぐにその考えを打ち消した。

 魔王は僕へと手を伸ばし、切々と言葉を紡ぐ。

 

「君にならわかるはずだ。私のこの苦しみと、私が言わんとすることが。私と共に来い。私は君の苦しみを理解できる。君も私の苦しみがわかるだろう。私には君が必要だ。だから私は君を決して死なせはしない」


 魔王の言動は気がかりなものだった。

 その視線からも僕へ危害を加えようという気はないように見えた。


 その言葉に、立ち位置や仕草に、僕への執着のようなものがむき出しになっているような……不謹慎だけれど、愛の告白を受けている錯覚に陥りそうになった。

 そんなくすぐったさが魔王の言葉にはあった。


 だが、相手は魔王だ。

 仲間たちが黙ってはいなかった。


「魔王! 勇者はなあ! お前のような卑劣で姑息な奴の言う言葉になんて騙されないんだよ!」


「そうよ! 勇者が魔王と手を組むなんて、絶対にあるはずないじゃない!」


「勇者。うちは道案内したよ。さっさとアイツ倒してきて、早く帰ろ」


 魔王は両手を頭上に掲げると、すぐさま邪悪なエネルギーの塊が膨れ上がる。

 やはり、僕が脅威だから、誘惑して油断させたかったのか。

 魔王め。


 僕はすぐさま臨戦態勢を整えた。


「いずれわかる時が来る。今がそのときではなかっただけ。勇者よ、かかって来るがいい。君が持てる力全てで、果たしてこの私を倒せるかな?」


 僕は魔王の挑発にわざと乗ることにした。

 今なら魔王は避けられない。

 直感的にそう思った。


 全ての力を解放して正面から全力を叩きつける。

 魔王の頭上の邪悪なエネルギーごと一気に!


「言われなくとも一撃で! うおおおおおおおおおお! これで、終わりだ!!」


 ――


 魔王への渾身の一撃には、たしかな感触があった。

 人間一人をかき消すその感触が手にも残る。

 道中で倒してきた四天王や魔王モドキたちもこうやって打ち倒してきた。

 何度やっても、あまり心地のよいものではない。

 じとりと嫌な汗が流れ出る。


「やったか?」


「まだ油断はできないわ。探知してみるね」


 しかし、あまりにも軽い……想像していたより、いや想像の何十分の、何百分の1かと思うほど……なんの抵抗もなく倒すことができた。

 あの邪悪なエネルギーは見かけによらず、ほとんど手応えがなかった。


 これで本当に魔王を?


 強敵だった四天王 怒りのギレヴェインの方が魔物 10体分くらいには手応えがあったのだ。


 あまり実感はないが、この5年の旅がこれで終わるのか?


 ……背筋にゾクリとした感覚。

 誰かに見られている、そんな気がする。

 しかし、辺りを見渡しても僕ら以外に誰の気配もない。

 何故かゾワゾワとした感覚はおさまるところを知らない。

 少しだけ息苦しい。

 この場所そのものがドロリと重い空気感を漂わせている。

 漠然とした不安がつきまとう。


「ここに居ると、何だか嫌な感じがするんだ……何かに見られているような息苦しいような……とにかくすぐにここを出たい」


「まっ、そうだな。何にせよ倒したんだったら、さっさと帰ろうぜ。長かったなこの旅は」


「そうね……ええ、帰りましょう。魔王の反応も消滅したみたいだし、大丈夫だと思うわ」


「アハーウケる〜、意外と早く片付いたわね。それだけ勇者が強かったってことかしら?」


 魔法使いのレノアさんも警戒を解いて魔力の本流を抑えた。

 僕らは脱出用のアイテムを使い、魔王城を後にした。


 ――


 王国の首都へ帰る途中、姫や国王陛下へ魔王討伐の知らせにと手紙を出した。

 ここから城までは数ヶ月の距離がある。

 手紙の方が僕らよりひと月ほど早く着くだろう。

 いきなり帰って倒しましたと報告しても、きっと仲間たちへの報酬を用意するのには時間がかかるだろうから、という配慮だ。

 僕への報酬は正直なんでもいいが、夢だった姫との結婚を国王陛下に嘆願するつもりだ。


「それにしても、よく魔王を一撃で仕留められたものよね。あんたつよつよじゃん。こ〜んなに早く魔王を倒してくれた勇者には〜、宿に着いたらご褒美に〜少しだけお相手してあげてもいいわよ?」


「いや、サフィーヌさん。僕は遠慮しておくよ」


「ま、そうよね。あんたは姫のためって必死でチェリーを守ってるんだもんね」


「悪いですか、童貞で」


「べつに〜、悪かないんじゃない?うちは童貞相手にスるのって結構好きよ? だって可愛い反応してくれるんだもん」


「かわいいって……」


「そう、かわいいのよ。初心うぶって感じで〜、喜ばせ甲斐がいがあるっていうか〜、お姉さんがなんでもシてあげちゃうってキュンキュンすんの♡」


「そ、そう、ですか……」


「アハッ、うちとシたくなった? あんたなら、たぶんいっぱい可愛がってあげちゃうかも? なんてね〜、アハハハ」


「遠慮しておくって言いましたから、男に二言はありません」


 僕は姫の結婚を申し込むつもりなのだ。

 僕は魔王を倒したのだから、資格はあるはずと信じ、今から王城へと向かう。

 こんな所で誘惑に負けていてはその資格を自ら手放すことになる。


 決意は固かった。

 もう少しなんだ。

 この5年の旅の苦労が報われる時が近づいている。

 希望を胸に足取りも軽くなる。


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