四話 鬼妙丸

サエの前に姿を表した謎の少年は自らを〝鬼妙丸(きみょうまる)〟と名乗った。

静六が夜中に額を叩かれて怪我をした日から三日が経ち、村は相変わらず騒然としている。

村の男たちは畑作業の時にも、警戒心けいかいしんを高め、腰や背中に護身用ごしんようの竹の棒やらなたやらを常に下げている。

ついこの間まで、平和だったこの村を一夜にして恐怖におとしいれた少年が、今、サエに目の前に出現あらわれたのだ。

サエはその少年に怯える様子もなく、淡々たんたん鬼妙丸きみょうまるに話しかけた。

「この先の川の向こうは鬼の住む場所よ。あなたは見たところ鬼には見えないわ・・・・いったい誰なの?どこから来たの?」

そう質問をする少女に鬼妙丸は、身構みがまえる様に上体をしずめて眉間にシワを寄せてにらんだが、鬼妙丸を見る少女のんだひとみおだやかな声に、自然と警戒心が和らいでいた。

少女の問いは、この者を山の鬼ではなく、人であると直感で感じ取り何処から来たのかと、質問をしたのだ。

「それが・・・・オレには記憶が無いんだ。オレはある日、この山で眼を覚ました・・・・その時には既に記憶が無く、自分が誰なのか、どうしてこの山に居たのかもわからなかったんだ・・・・」

「そうなの・・・・」

サエは、そう言って気の毒そうな表情を浮かべた。

「ただ、オレは以前ここではない何処かにいたと思うし、理由があってこの山に来たのだと思うんだ」

「どのくらい前からあの山にいるの?」

サエは鬼妙丸をじっと見つめていた。

「たしか・・・・もう五度目の春を迎えているはずだが」

「ねぇ、ここは鬼の住む山で昔から恐ろしい噂があって、とても人が住める場所じゃ無いって、お婆ちゃんが言っていたよ。どうしてあなたは山で暮らすことが出来るの?」

この村で長いあいだ信じられている場所に『なぜ人がいるのか?』という純粋な少女の疑問だった。

「さぁな・・・・」

と、だけ鬼妙丸は答えた。

事実、記憶を失った鬼妙丸が、この山にとどまり、なぜ生かされているのかなど、分かるはずもなかった。

「それじゃあ、この山の怖い話は嘘なの?鬼は本当はいないの?」

サエの顔はわずかに疑心暗鬼の表情を浮かべた。

それはサエが今よりも幼い頃から親愛なる祖母や両親に聞かされていた鬼の伝説を強く信じていたからで、その話が不可思議で奇妙且つ、魅力的にも感じ、サエの興味をそそる話だったからだ。

その話が全て嘘なのではという、どこか残念な気持ちの表れであった。

「いや、お前のお婆さん言う様に、この山は恐ろしい場所さ・・・・生身の人間が来るところじゃねぇ・・・・」

それを聞いたサエは少し満足そうに明るい表情をみせた。

「だから、村の奴らにもこの山には近づかない様に伝えるべきだ。村の奴らはここいらの川で魚を捕ることはあったが、そのうち川を越えて山に入り込んで、くくり罠を仕掛しかけけてやがった・・・・」

鬼妙丸の言葉には、村の者に対する怒りの感情がはらんでいた。

「だから奴らの後追って夜に襲ってやったのだ、本当はこの鬼の面を見せておどかすだけのつもりだったが、あのヤロウ(静六)がデカイ声をあげようとしたから・・・・だからコイツで思い切りぶっ叩いたんだ!」

そうサエに言いながら、鬼妙丸は腰に差した長さ二尺五寸ほどの木刀に手をやり、腰に巻いた縄から引き抜くように木刀を見せつけた。

「とにかくだ・・・・今後、村の者を近づけるな・・・・」

そう言って鬼妙丸は、仮面を被り直して首から下げた布を鼻のあたりまで引き上げて、口元を隠した。

鬼妙丸が少女に背を向けようとした時だった。

「・・・・ッ!!?」

鬼妙丸が何かを感じ振りかえると、サエの背後の方からこちらを見ている人影がある事に気づいた。

油断だった。

鬼妙丸は自分がサエと会話に気を取られて村人が草むらの向こうにから近づいて来ている事に、まったく気づいていなかった。

鬼妙丸がそこにいるの者たちの方へ眼を向けると、そこには二人の村の男がいた。

「おいっ、やっぱりアイツじゃないのか?!」

男の一人が指をさして言った。

「お、おい、お前か?!静六が言ってた鬼ってのは!」

と、男たちは鬼妙丸を見て慌てふためいた表情をしていた。

二人の村の男たちは各々おのおの竹槍やら棒を持ち、村の中の見廻りをしていた矢先であり、鬼妙丸は運悪くそこに出くわしてしまったのだ。

「オメェか!?静六を殴った鬼の子ってのは!!」

一人の背の高い男が竹槍を構えた。

鬼妙丸との距離は二十歩ほどある、もう一人の背の低い男は、手に持った二尺ほどの木の棒を振り回して鬼妙丸を威嚇いかくした。

鬼妙丸は、即座にほかの村人がいないかと、周辺一体に眼をやった。

(どうやらコイツら二人だけだのようだ・・・・)

と思い再び鬼妙丸は二人に眼を向けた。

「おい、サエ!」

背の低い男がサエに声をかけて、サエに対して手を左右に振って離れろと合図した。

サエはその男たちの態度に不満そうな顔で三歩だけ後ろに退しりぞいた。

「このぉ!」

と、背の高い男が竹槍を鬼妙丸に向けながら、駆け寄った。

イキリ立った表情の男が歩を詰めると同時に、鬼妙丸は上体を少し下げて膝を曲げた。

両の手は開いた状態で、腰のあたりに置いている。

背の低い男も棒を片手に突き立てながら駆け寄ってきた。

二人とも言葉では威勢よく竹槍や棍棒を構えているが、どちらも腰が引けて、足腰に力が入っていない様に見える。

彼らは武器の使い方を訓練されたわけでもない、一朝一夕いっちょういっせきの技法で竹槍を構えているのが見てとれた。

背の低い男が、鬼妙丸の顔を覗き込む様に見ると、はっとした顔をした。

「おい、コイツ、人間だ!・・・・」

「え?!」

と、背の高い男が眼を丸くして、確認した。

「よく見てみろよ、コイツ顔、仮面を被ってやがるぞ!」

「ホントだっ!コイツ鬼の面をつけているだけだ!」

鬼の正体が人である事に気づいた二人は、さらに勢いづいた。

「へっ、コイツ大した無さそうだ、俺たちで、とっ捕まえようぜ!!」

「おう!・・・・このやろう、よくも静六をやりやがったな!ぶっ潰してやるぜ!」

と、背の低い男が声を荒げた。

「フンッ・・・・」

と、鬼妙丸は一つ鼻を鳴らして、腰の木刀を右手で掴んで、腰の縄からシュッと木刀を引き抜くと、木刀の先を二人に向けて静かに構えた。






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