第7話 消えた少年と光のかけら
夏の午後、町は蝉の声に包まれ、照りつける日差しがアスファルトを焦がしていた。千景は手元のビー玉をぎゅっと握りしめながら、昨日倉庫で見つけた日記のことを思い返していた。光の笑顔、約束の言葉、そして消えた影――そのすべてが胸の奥でざわめき、まるで呼びかけているようだった。
「今日は、光にもっと近づける気がする」
千景はひそかに自分に言い聞かせ、自転車をゆっくり漕いで町の裏路地へ向かう。昨日の少年も、きっと待っているはずだ――そう信じながら、汗が額を伝うのも気にならなかった。
路地に入ると、雑草が石畳の隙間から顔を出し、古い家々の屋根がオレンジ色に染まっている。夕方が近づく町の空気は、昼間とは違う静けさを帯び、遠くから蝉の声と風に揺れる木の葉の音だけが響く。
「千景……」
微かな声が角を曲がった先から聞こえた。振り向くと、昨日の少年が立っていた。少し日焼けした顔に影が落ち、瞳には深い秘密を抱えた光が宿っている。少年は微笑むが、その奥には不安と決意が入り混じった表情があった。
「来てくれたね」
「うん……今日こそ、光に近づきたい」
千景は小さく頷くと、少年は先を行く。二人は無言のまま、倉庫への道を歩く。途中、千景は壁にかかった古い時計に目を止めた。針は止まっているが、文字盤に反射する光がビー玉の中の光と重なり、過去と未来が交差するような錯覚を覚える。
倉庫に到着すると、昨日よりも影が濃く、埃の匂いが漂っていた。少年は千景に囁く。
「この倉庫の奥に、光のかけらがある。君がそれを見つけることで、過去の記憶と未来がつながるんだ」
千景は息を整え、手元のビー玉を握りしめる。光のかけらが手の中で揺れ、記憶と未来を結ぶ小さな橋のように感じられた。二人は慎重に奥へ進む。床には古い写真や紙片、木箱が散乱しており、古い家具の隙間から差し込む光が影をゆらめかせている。
突然、棚の隙間から微かな光が漂った。千景はそっと手を伸ばすと、小さなガラスの破片のような光のかけらが手の中に収まった。それは昨日の影と呼応するかのように、ビー玉の光と重なってゆらゆらと揺れる。胸の奥に、光と過ごした幼い夏の日々の記憶が一気に押し寄せた――笑い声、田んぼ道、夏祭りの夜の金魚すくい、そして「約束」の言葉。
「これ……光のかけら……」
千景の声が小さく震える。少年は静かに頷いた。
「そうだ。君がこれを集めることで、光の行方が見えてくる。そして君自身の記憶も、完全になる」
倉庫の隅で、風に揺れる影が一瞬壁に映る。千景は息をのむ。少年はそっと手を差し出し、そばに立たせた。
「その影は、君がまだ知らない真実を示している。光は遠くにいるが、君の心が正しい道を選べば、必ず出会える」
千景は深く息を吸い込み、手元のビー玉を握りしめる。光のかけらが小さな虹のように手の中で揺れ、記憶と未来を結ぶ小さな光の橋となった。胸の奥に決意が芽生える――光を、必ず見つける。過去と未来をつなぐ旅は、まだ始まったばかりだ。
倉庫の外では、夏の風が通り抜け、埃と紙片を揺らす。蝉の声が遠くで響き、夕暮れの光が町全体をオレンジ色に染める。二人の影が静かに伸び、ビー玉の光は小さく、しかし確かに輝き続けていた。
千景は手の中のビー玉を見つめながら、遠くにいる光との再会を心に誓う。過去の断片、少年の秘密、そして消えた影――すべてが交錯する夏の町で、千景の冒険はさらに深く、静かに続いていった。
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