ビー玉の光
もちうさ
第1話 ビー玉と夏の影
夏休みの昼下がり、千景は古びた自転車を押しながら、町の商店街をのんびりと歩いていた。照りつける太陽の光でアスファルトはゆらゆらと揺れ、どこか懐かしい匂いが鼻をくすぐる。駄菓子屋の前を通りかかると、ガラス瓶に詰められたビー玉が、太陽の光を受けて小さな虹色の光を放っていた。青、緑、赤、黄色――まるで夏の空気まで色に染めたように輝いている。
千景はふと、ポケットの中のビー玉を取り出した。小指ほどの大きさで、透明なガラスの中に、淡い光の筋が揺れている。そのビー玉は、千景が小学生の頃に親友だった光からもらった思い出の品だった。光はもうこの町にはいない――遠くの街に転校してしまったのだ。
「……あの日みたいに、光が見えるかな」
千景は呟きながら、ビー玉を光に透かしてみる。小さな光の粒がビー玉の中で揺れ、まるで遠い日の記憶が目の前に現れたかのように感じられた。夏祭りの夜、二人で金魚すくいをしたこと。夕焼けの田んぼ道を一緒に駆けたこと。すべてが、ビー玉の中で静かに揺れている。
そのとき、ふと足元に小さな影が揺れた。古い家の影から、見知らぬ少年が顔をのぞかせている。「……それ、変わった色のビー玉だね」
千景は少し警戒しながらも、ポケットからビー玉を取り出し、少年に見せた。少年の瞳が一瞬、不思議な光で輝いたように見えた。その瞳は、どこか遠くを見つめているようで、でも千景の心を見透かすようでもあった。
「そのビー玉、ただのビー玉じゃないんだよ」
少年はそう言うと、町の方角をじっと見つめた。千景は胸の奥がざわつくのを感じた――これは、ただの夏休みの午後じゃない。何かが始まろうとしている予感がした。
千景は少年の言葉に戸惑いながらも、ふとビー玉を握りしめる。まるで、失われた時間や思い出をこの手で取り戻せるかのように感じた。夏の風が通り抜け、蝉の声が町に響き渡る中、ビー玉の光は静かに揺れ、千景と少年の間に不思議な空気を作り出していた。
「ねえ……そのビー玉、どこで手に入れたの?」
千景が尋ねると、少年は小さく微笑んだ。
「見つけたんだ。でも、本当のことを言うと……君に関係があるんだよ」
その瞬間、千景の胸の奥で何かが弾けた。――ビー玉の光が、過去と未来を繋ぐ小さな扉を開こうとしているのを、千景はまだ知らなかった。
夏の午後は長く、そして静かに、二人を新しい物語の入り口へと誘っていた。
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