第3話 雲の彼
しばらく歩いていると、近所の農家数人が道をふさいでいた。一樹はたじろいだ。一週間前の異様な光景がフラッシュバックする。
農家たちがこちらに振り向く姿は、スローモーションのように目に映った。思わず足先に目線を落とす。息が荒くなっている。怖い、嫌だ、いやだ。
「かぁずき君」
一樹はまっすぐ駆けだした。道の真ん中を突っ切って、白いTシャツを着たふくよかな老年男性にぶつかり、人と人との隙間に体をねじこむ。転びそうになりながら何とか突破した。
ぶつかったときの感触が妙に重くて振り返ってみると、一人も身動きせずに一樹を見続けていた。背筋が凍る。それからはもう、一度もよそ見をせずに走った。
瞳を濡らし、草やぶを掻き分けて山を登る。枝葉が腕の肌を切る。垂れる血を鬱陶しく拭い、ただ独りに飢えて走り続けた。
数分後、道が開け、隠れ場所に着いた、安堵も束の間、視界が真っ白に飛んでいく。全身が悲鳴をあげているのに、息はだんだんと遅くなっていた。
そういえばさっきから汗をかいていない。手に、胸に、頭に、熱がこもって仕方がない。
仕方がないのに。
一樹は抵抗する気になれなかった。ひどく疲れ果てたまま、四股を投げ出して眠ろうとしていた。意識が暗くなっていく──。
──目を覚ますと、視界が夕焼けに浸された。
柔らかな風が青葉のにおいを連れてくる。ひんやりとした若草が耳をくすぐり、自分が地面に寝そべっているのだと分かった。
「おや、お目覚めかい?」
大の字のまま呆然としていると、そばで不安定な聞きなれない少年の声がした。
(……聞きなれない声?この町で知らない人はいない、ましてや少年なんていたか?)
勢いよく上半身を起こして声の方を向くと、少年がしゃがんでいた。十四歳ほどだろうか、柔らかな灰色の短髪で子犬のように丸い目を細め、にこにこと楽しそうに見てくる。
「やあ、おはよう」
少年は細い腕をおもむろに上げ、手のひらをヒラヒラと泳がせた。
身に馴染んだ隠れ場所に、知らない客人がいる。一樹は不安を膨らませ始めた。
「誰だ」
「雲さ」
夢うつつの気分から覚めてくる。
「ここで何をしているんだ」
「何って……」
少年は肩をすくめ、急に残念そうな顔をして何も話さなくなった。だんだんと記憶の整理がついてきて、一樹は自分が倒れたことを思い出した。はっとして前のめりになる。
「……もしかして君が、僕を助けてくれたの」
「いや、そうではあるのだけれど……ほら、さ」
少年は眉をひそめながら手招きのジェスチャーをした。まるで何か聞いてほしそうで、一樹は首を傾げたのちに、相手の意味不明な自己紹介に気づいた。
「……雲、だって?」
そう聞いて、途端に少年の表情が明るくなる。
「君は雲が無いことに気づいているのか!?」
笑顔がまた広がり、太ももをぺちぺちと叩いている。まるで水を得た魚のように意気揚々と頷いた。
「だって僕が原因だからね!」
一樹は混乱でどうにかなってしまいそうだった。
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