第34話 さすがに布面積が足りてない。



一位に上り詰めるまでの障壁は、あと一人――。

ただ、その一位の相手だけはなかなかに厄介だった。


「……なんというか、毎回一瞬で敵を倒しているわよね」

「あぁ。恐ろしいくらい強いよなぁ」


現在一位のパーティ、『月詠』。


その名前は、ゲーム原作でも見たことがない。


その理由はたぶん、今の時間軸だ。

ゲームで主人公たちがこのバトルドームを訪れるのは、中盤。

まだ勇者が見出されていないことを考えると、少なくとも数か月以上は後の話だろう。


だから、素直にその戦いを確認させてもらって、対処方法を考える。

それしかないと思って、その戦いぶりを観戦してきたところだったのだけれど……


これがまぁ、圧倒的だった。

開始一秒で、地面や壁、天井など、あらゆる角度から、とんでもない魔法攻撃を食らわせて、即終了。


「逆につまらない」なんて声が会場からは漏れるほどであった。

今はその短い見学を終えて、新しく支給された二位の部屋へと向かっているところだ。


「そもそもなんの属性かしらね」

「さぁ。真っ白の光だったよなぁ。……光属性?」

「……見た目で判断するのもあれだけど、あんな怖い見た目でそれはないんじゃないかしら」


まぁたしかに、彼らの風貌は、前世風に言うならまるでマフィアのボスだった。

それもスタイリッシュなほうではなく、体格のがっしりとした強面なほうのやつ。


でもじゃあ一体……と話しているうち、俺たちは二位に与えられる部屋にたどり着く。


扉を開けた俺は、その豪華ぶりに驚かされる。

そこはゲームでも必ず訪れる部屋であったから、知った光景ではあった。


ただ、実物を見るのはやはり違う。

一泊五万円はくだらないホテルの一室みたいな、ラグジュアリーな雰囲気が全体に整っていた。


「奥に、お風呂もあるわよ」

「…………なんでガラス張り」

「ここまで透明なガラスはかなり高価なはずよ」


はじめに泊まっていた独房未満の部屋と比べたら、あまりにも立派だった。

そして、アメニティ関連もすべて揃えられてある。


どうやら食事も運んできてくれるらしい。


「とりあえず疲れたから、私はお風呂をいただこうかしら」

「え」

「だめ?」


いや、だめじゃないけども。


「一緒に入ってもいいわよ」


しかもノルネはこんなことまで言ってくる。

いや、さすがにそれはまずい。年齢差も考えれば、倫理的にも問題がある。


「さすがにそれは……」と、私は首を横に振りかけるのだけれど、先に彼女がくすりと笑った。


「ふふ、さすがに冗談よ。こういうのは順序が――って大丈夫……?」


すーっと意識が遠のいていく。


なんて恐ろしい罠なのだろう。そして、なんて可愛いんだろう。


いたずらっぽく笑う彼女の顔をそのまま写真に保存したい。できればラミネート加工して、部屋中に飾っておきたい。


俺は完全にノックアウトされて、そのまま卒倒しそうになるが、それをぎりぎりのところで堪えて


「えっと、うん、お風呂なら入ればいいよ。俺は見ないようにしておくから」


こう宣言をする。


「信用しているわ」


それにこんな返事があって、その一言で俺の頭にもわもわと浮かび上がりかけていたピンク色の妄想は立ち消えになった。



その後、ノルネは本当に入浴を始めるため、脱衣所へと入る。

俺はその方向を決して見ないようにするため、廊下へと移動する。


が、推しがすぐそばで生着替えとなって、気にしないわけにもいかない。

高級な部屋だけあって、防音性が高いのだろう。衣擦れの音だけが室内に響いて、俺は勝手にどきどきとさせられる。


その少し後、ちゃぽっと水が跳ねる音がしたから、どうやら入浴を始めたようだ。


この世界にはさすがにシャワーはなく、湯あみをする形だ。

そのせいで、今なにをしているかがだいたい分かってしまうのだから、困りものであった。


俺はどうにか気にしないようにするため、素振りの練習なんかをしてみて、精神統一を図る。


そうしていたところ、外の扉がこんこんと叩かれた。

まだなにか食事を頼んだわけでもないのに、と思いつつも、気がまぎれるならなんでもよかった。


俺はすぐにそれに応えて扉を開ける。

するとそこには係員の姿をした女性がいて、


「こちら、お客様方からいただいた差し入れでございます」


手提げの土産袋をこちらへ差し出してくる。


俺が反射的にとりあえずそれを受け取ると、恭しく頭を下げたのち、早々と去っていく。


それで俺は戸惑うのだけれど、受け取ってしまったものはもうしょうがなかった。


それに、もしかするとこれは前に俺のポケットに手紙を突っ込んできた女性からのものかもしれない。

そうなれば、さすがに気になって俺は中をのぞき込む。


そこに入っていたのは綺麗に包装のなされた箱だ。

俺は廊下にしゃがみこんで、それを開けてみる。


するとそこには、一枚の手紙が入っていて……


「♡ ファンです!! めちゃくちゃ応援しています!! ララ ♡」


その内容はといえば、ただのファンレターだった。


それで俺はいったんは拍子抜けするのだけれど、そこで背中にぞわりと駆け上がるものがあった。


俺はそれでつい後ろを振り向く。


「なによ、それ」


そこには薄い布を一枚身体に巻き付けただけのノルネがのぞき込むようにして、立っていた。


「なっ……!?」


隠さなければならないところだけを最低限守った程度の、超軽装備だった。


形の綺麗な胸はその谷間まではっきり見えるし、前かがみの姿勢のせいで、ともすれば、こぼれてしまいそうに映る。


上だけじゃない、下もだ。

腰元で巻かれた布は明かに面積が不足していて、ほとんど下着と守備範囲は変わらない。

なんならたぶん後ろまでは隠しきれていないから、よりそのカバーしている面積は狭いかもしれない。


しかもその結び目は、見るからに緩く、今にほどけてしまいそうでさえあって、とんでもない肌色の多さだった。



が、しかし。

そんなことよりも、だ。


「答えなさい。それは、なに」


ちょっと圧が強すぎませんかね、ノルネさん……。

なんか目の光なくなってません?


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