第32話 いよいよバトルドームです
その数日後、俺たちはついにバトルドームに入った。
ゲームにおいては中盤にやってくるこのステージ。
その仕組みは、基本的には実力主義だ。
参加者にはギルドの時同様に、ランキングがつけられており、それが高ければ高いほど、いい部屋が与えられ、支給されるファイトマネーの額も高くなる。
一応、いつでも離脱することはできて、ゲームの場合は戻ってくるのも自由だったのだが……
「もしバトルドームから出られる場合は、再入場の際には再びギルドで好成績を残すところからやり直しをしていただきます」
とのこと。
さすがにそのあたりは、現実使用になっているらしい。
係員の案内を受けて、俺たちは部屋へと通される。
係員が去り扉が閉まってすぐ、ノルネはぼそりと呟いた。
「狭いわね」
たしかに、かなり狭かった。
バトルタワーの外で借りていた宿のほうが幾分か広かった気がする。
なにせベッド二台以外には、机が一つくらいしかスペースがない。
あまりにも安いビジネスホテルみたいな仕様だ。半分、監獄じみている。
少なくとも、長く滞在するのにはさすがに向いていない。
「とりあえず勝てばいいんだよ。そうすれば、すぐにもっと広い部屋に移れる」
「……私はここでも問題はないけれど」
遠慮をしているのか、ノルネはこう言ってくれる。
だが、さすがにこの空間に彼女を置き続けるのは俺としても避けたい。
やっぱりノルネには、立派な部屋でソファで紅茶をたしなむ――みたいな。
優雅な暮らしを送ってもらいたいのだ。
バトルドームの試合は、一日に三回までであり、時間も決められている。
ちょうど一戦目の時間が迫っていたこともあり、俺たちはそれぞれ更衣室へと向かって準備を始める。
その際、一人になったところで俺は自分のポケットを確認する。
そこに入っていたのは、小さな手紙だ。
俺はもう何度か読んだそれを取り出して、改めて確認をする。
『トーラス様 探しましたよ、お尋ね人になっているようですね。黒の魔法研究のほうは順調に進んでおりますか? こちらもいいものを手に入れましたので、よければご共有させてください。一週間後の日付が変わる頃に、バトルドーム裏手の雑木林でお待ちしております リリ・フェルナ』
たぶん差出人は、群衆の中で声をかけてきたあの女性で間違いない。
いつのまにかポケットに入れられており、その日の夜にそれに気づいた。
あの日から数えれば、今日がちょうどその一週間後だ。
彼女は間違いなく、俺がトーラスであることを知っている。
そして、たぶん俺よりも以前のトーラスのことも知っている。
この強すぎるモブキャラ、トーラスがいったい何者で、「黒の魔法研究」というのはいったいなにを指しているのか。
このやばすぎるスキル『能喰い』ともなにか関係があるのだろうか。
そりゃあ当然気にはなるが、俺は一つ息をついて、その手紙を細かく破り、ゴミ箱へと捨てる。
少しは迷ったものの、行かないことに決めたからだ。
文面を読むにとりあえず俺への敵意はなさそうだし、王国側になにか漏らして捕縛――ということもなかろう。
とすれば気づかなかったことにして、今はこのバトルドームを勝ち上がり、ノルネをより快適な部屋へと連れていく。
それだけを考えていたかった。
……というか、もし密会なんてしていることがノルネにばれたらと思うと、絶対に嫌だね、うん。
推しからの信頼を失うほど怖いことなどないのだ。
俺は気持ちを切り替えて、更衣室から出る。
そこにはすでにノルネが待ち受けていて、魔法杖の先で、銀色の短い前髪をくるくると巻いている。
ノルネはその状態のまま、ちらりとこちらに視線をくれて……
「遅い」
こんな一言をくれる。
……可愛いが限界を突破しているんだが? あまりにも尊すぎて気絶しそう。
頭がくらりと揺れかけるが、そんなことをしている場合じゃない。
「悪い。さぁ行こうか、一戦目」
「えぇ。頼りにしているわ」
「俺もだよ」
そうして俺たちは一戦目へと臨む。
その結果はといえば、圧勝だった。
初戦の相手は、四人組で数的にはまぁ不利だ。
しかし、俺は相手がどういうパーティかをゲームですでに把握していた。
相手のパーティの鍵は、『麻痺』スキルを使ってくる魔法杖使い。
そいつをノルネと二人がかりで、一瞬で倒したら、もう機能停止だ。
あとはなにごともなく勝利を収める。
このぶんならば、早々にランキングを駆け上がるのも夢ではなさそうだ。
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