第25話 過保護すぎたらしい
ノルネに魔法を教えるというまさかの展開になって。
俺とノルネはとりあえず、魔物たちのいない開けた空間に出ていく。
そこでさっそく魔法の使用を試してみるのだけれど……
「えっと、心を落ち着けた上で腹の底から魔力の気が湧き起こってくるのをイメージしてみるんだ」
「やっているわ」
「うーん、なんと言ったらいいかな。体に力が入りすぎてるかも?」
まぁ簡単にはうまくいかない。
ゲームだったらボタン一つ押すだけでいい話なんだけど。
「たとえばどこに力が入ってるの」
「手首とか、いや足もだな」
「……自分では分からないものね。触って確かめてもらえる?」
「え」
よもやのリクエストだった。
俺は反射的に首を横に振る。
「いやいや、いくらなんでもそれはコンプライアンス的にまずいんじゃないかと」
「……コンプライアンス?」
「そう、コンプラ!」
「……………なにを勘違いしているのか知らないけれど、変なところを触るのはなしよ。それならいいでしょう」
いや、もうそれ肩ぽんと叩く程度なら許されると思ってる人の思考だからね?
「やって」
ただ、こう言われてしまったらしょうがない。
俺はノルネの後ろに回り、ほっそりした手首に少し手を触れる。
あまりにも頼りなく、そして、ひやっとしたその触り心地に、心臓がバクバクと跳ねる。
しかも、なんとなく漂う甘い香りは、俺の脳をくらくらとさせる。
そして、そんな状態じゃあうまくいくわけもなくて。
ノルネはぶんっと杖を空振りする。
「無理だ……」
「そのようね。私よりも、あなたが落ち着いていないもの」
うん、返す言葉もない。
俺が落ち込むのに、ノルネは満足したようにくすりと笑い、再び杖を振り始める。
その後もなかなかなにも起きなかったが、ノルネはそれを振り続けた。
肩を落としており、息も切れて、明らかに疲れ切った様子だった。
が、それでも「休む?」と聞けば、頑として首を縦には振らない。
よっぽど本気のようだった。
こうなったら、とことん付き合うまでだ。
なにせ推しがそれを望んでいる。
その後も一時間ほど、試行錯誤を繰り返す。
「……さすがにもうだめかも」
と、弱気な言葉が出てきたそのときだ。
魔法杖の先からいきなりに、それは噴き出てきた。
火、でもその色味は紫色。
龍の火だ。彼女の中に封じ込められた龍のそれが、力を与えたらしい。
「で、できたわ!!」
と、ノルネは喜びの声をあげるが、それは束の間だ。
杖の先で炎は一気に大きくなって、大きな塊になり始める。そして見る間に肥大化して、火柱になろうとする。
ぞわっとするほど、濃い魔力が漏れ出していた。
すぐにでも暴発してもおかしくない。
ただこんな時の対処も、なかったわけじゃない。
俺はすぐにその杖に向かって剣を抜き、とあるスキルを使用する。
それをかんと、軽く杖に当てると、その紫色の火は収束していった。
使ったのは、『魔力制御』ーー。
そんなスキルを持ってたかって? そりゃあ、この間の王城脱出劇の際に、警備員の一人から奪い取っていたのだ。
いつかノルネの魔力が暴走した時に、少しでもそれに抑えをきかせられるように。
まぁ、こんなに早く使う機会が来るとは思っていなかったが。
「…………ありがとう」
ノルネは自身の使った魔法に驚いたのだろう。
目を大きく見開き、放心したようにぼそりと呟く。
「タラス、今のって?」
「きっと秘めた力が発揮されたんですよ」
嘘ではない、ちゃんと本当のことだ。
「……そう。じゃあ、もう一回やるわ」
「あぁ、どこまでも付き合うよ」
俺にとっても、『魔力制御』のスキルを使う特訓になるから、全く悪い話じゃなかった。
その後、ノルネは魔法をどうにか発動させる努力をして、俺はそれを適度に制御するのを繰り返す。
そうしてしばし、ノルネはある程度安定して、龍火の玉を撃ち出す魔法を使えるようになっていた。
少なくとも、カソくらいの魔物ならば安定して倒せるはずだ。
「倒してみたい」
と、ノルネが言うので、俺はひとまずカソの群れを探しだす。
そのうえで、一匹を残して残りすべてを『魔力圧縮』を使った剣で斬り飛ばして、すべてをドロップアイテムに変える。
そしてその残り一匹にも、剣を一撃入れたあと、俺はノルネを振り返った。
「さぁ、ノル。今こそ練習の成果を見せるんだ」
「練習の成果ってあなたねぇ」
「え、どうかしたか?」
「もうそのカソ、瀕死じゃない。そんなの倒しても意味ないわよ」
……どうやら、過保護にしすぎたみたいだね、うん。
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