第8話 推しと初対面!





願ってもいない展開であった。


どれだけ願っても画面の奥にしかいなかった推しに、どんな形であれ、ついに対面できる。


ひどい緊張が身体に走っていた。


感情が揺さぶられすぎて、体をうまく動かすことができなくなった俺はぎこちない動きで、籠の中へと入る。


が、そこにノルネの姿はない。

代わりに、ベールの垂れた空間があり、そこから気配を感じた。


見えていなくとも、籠の中の張り詰めた空気で分かる。

この奥に彼女はいるのだろう。


拍子抜けしたような、ほっとしたような気分で俺が席に着くと、扉が閉められる。


「え」


執事も入ってくるものだと思っていたから、驚きだった。


「わ、私だけで構わないのでしょうか」


俺がこう尋ねるのに、「仕方がない」との返答がある。


「御者も逃げたのでな。私が馬を引く」


人手不足、極まれりだ。

そこまでに至っているとは、思っていなかった。


「本家の命令でなければこんなこと……」


と、執事がため息をつきながら、本音をこぼすのが、うっすら聞こえてくる。


どうやら執事さえも、彼女専属ではないらしい。


しかも、そのぼやきはたぶんノルネにも聞こえているのだから、その扱いはかなり酷い。



こうした話は、ゲームの中でも説明されてはいた。


が、文字で描かれるのを読むのと、実際に見るのとでは、まったく異なる。



……ノルネ自身がなにかをしたわけでもないのに。



俺は歯がゆい想いになりながらも、ベールの奥の方を向いて、姿勢を正した。


そのうえで大きく深呼吸をする。



それはなにも推しの吸ってる空気を全身で受け止めるため……なんて、邪な理由ではない。



「お、お初にお目にかかります」


話しかける時に、緊張で声が裏返らないようにと心がけたのだ。


さすがに挨拶くらいは必要だろう、うん。

その先で仲良くなってあわよくば顔を――とかは、まったく考えていない。


はずだったのだが。



「サインください!! ずっと推してました!!」



またとないチャンスだ。せっかくならば、推しのグッズを獲得したい。

そんな思いがうっかり本音が行動に出てしまった。


俺はすぐに口を噤むが、もう遅い。



返事はなかなか返ってこなかった。



下等な人間とは会話をしない、とそういうことなのだろうか。

それとも、おかしな変態がきたと思われたか?


いや、それはそれで、彼女らしくて尊い……なんて自分でも気持ち悪いと思うような妄想を膨らませていたら、


「……なにを言っているのか知らないけど。逃げ出してもいいのよ」


まるで氷の礫を投げつけるかのような一言が、のれんの奥から返ってきた。


その声音は、ゲームから聞こえてきたそれと同じだ。いや、生である分、それよりも研ぎ澄まされている。


というか、だ。


ついに言葉を交わしてしまったらしい。




______________



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