第8話 推しと初対面!
♢
願ってもいない展開であった。
どれだけ願っても画面の奥にしかいなかった推しに、どんな形であれ、ついに対面できる。
ひどい緊張が身体に走っていた。
感情が揺さぶられすぎて、体をうまく動かすことができなくなった俺はぎこちない動きで、籠の中へと入る。
が、そこにノルネの姿はない。
代わりに、ベールの垂れた空間があり、そこから気配を感じた。
見えていなくとも、籠の中の張り詰めた空気で分かる。
この奥に彼女はいるのだろう。
拍子抜けしたような、ほっとしたような気分で俺が席に着くと、扉が閉められる。
「え」
執事も入ってくるものだと思っていたから、驚きだった。
「わ、私だけで構わないのでしょうか」
俺がこう尋ねるのに、「仕方がない」との返答がある。
「御者も逃げたのでな。私が馬を引く」
人手不足、極まれりだ。
そこまでに至っているとは、思っていなかった。
「本家の命令でなければこんなこと……」
と、執事がため息をつきながら、本音をこぼすのが、うっすら聞こえてくる。
どうやら執事さえも、彼女専属ではないらしい。
しかも、そのぼやきはたぶんノルネにも聞こえているのだから、その扱いはかなり酷い。
こうした話は、ゲームの中でも説明されてはいた。
が、文字で描かれるのを読むのと、実際に見るのとでは、まったく異なる。
……ノルネ自身がなにかをしたわけでもないのに。
俺は歯がゆい想いになりながらも、ベールの奥の方を向いて、姿勢を正した。
そのうえで大きく深呼吸をする。
それはなにも推しの吸ってる空気を全身で受け止めるため……なんて、邪な理由ではない。
「お、お初にお目にかかります」
話しかける時に、緊張で声が裏返らないようにと心がけたのだ。
さすがに挨拶くらいは必要だろう、うん。
その先で仲良くなってあわよくば顔を――とかは、まったく考えていない。
はずだったのだが。
「サインください!! ずっと推してました!!」
またとないチャンスだ。せっかくならば、推しのグッズを獲得したい。
そんな思いがうっかり本音が行動に出てしまった。
俺はすぐに口を噤むが、もう遅い。
返事はなかなか返ってこなかった。
下等な人間とは会話をしない、とそういうことなのだろうか。
それとも、おかしな変態がきたと思われたか?
いや、それはそれで、彼女らしくて尊い……なんて自分でも気持ち悪いと思うような妄想を膨らませていたら、
「……なにを言っているのか知らないけど。逃げ出してもいいのよ」
まるで氷の礫を投げつけるかのような一言が、のれんの奥から返ってきた。
その声音は、ゲームから聞こえてきたそれと同じだ。いや、生である分、それよりも研ぎ澄まされている。
というか、だ。
ついに言葉を交わしてしまったらしい。
______________
さくさくいきます!
引き続きの応援をよろしくお願いします!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます