サクラダチ

境 界

第1話 舞い降る願いは悉く

 桜が全て散った季節ごろ。

大きな山のふもとにある小さな小さな村。

朝日が地面から離れた頃の時。


よわい十六の少年が勢いよく家を出る。

その少年は荷物をひとつしか持っていない。自身の半身ほどの長細い袋だ。


「こぉら!!忘れ物!!」


遅れて家の玄関から、ほんのり腰を曲げた女が小袋を小さく手で振って、急いでいた少年を呼び止めた。


「あっといけねっ!」


両踵りょうかかとで地を削って止まり、急いで小袋を貰いに戻る。


確かに受け取った少年は、今一度急いで持ち物を確認する。


「いよっしっ!今度こそ大丈夫だ」


女は少年に言う。


かあは心配やよお。ノボル?しゃんと物は確認しなあよ?」


少年は足踏みしながら返す。


「ごめんって母ちゃん。んじゃ改めて!

行ってくる!!」



 少年の名前は、花形はながた ノボル。

若くして大人も退く刀使い。心で強く想う願いのため、努力を惜しまぬ真っ直ぐな子。


 この子が住む村が小さければ、これが属する国も小さい。

そんなこの国には、ある夢物語、いや、


夢噂ゆめうわさ”がある。


国の北のそのまた北。緑に囲まれた大きな山の山頂に、とても見事な桜の木があり、そこに宿る、桜姫之命(サクラヒメノミコト)に願えば、どんな願いも叶えてくれるという。


山を訪ねる者は数知れず、だがこの夢噂が広まった頃からというもの、雲で隠れた山頂には、誰ひとりとして、辿り着く者はいなかった。


そして、帰ってくる者もいなかった……。


 ノボルの住む村はその山の、謂わば玄関口。

いつの間にか村は、その山に登る権利を見定める、ある種の検問場となっていた。

貧しい村にとって、唯一の稼ぎ処となり、国に認められた村は、いつの間にか、強者を産む事が使命となった。

その強者が、山を登る条件を満たしているとも知らずに……。



「いけねいけね!!もう遅刻はまずい!!」


ノボルが向かうのは修練場兼検問場。彼はその場所の第二審査官だ。


「サクラが何て言うか!!考えたくもねえ!!」


縁渡えんわた サクラ。

彼女はその場所の長、及び第一審査官で、ノボルが唯一、刀で勝てない人間である。

歳は成人したて。見た目、立ち振舞い、一挙手一投足、その全てが気品に満ち、村の宝と称されるほどの美貌を持つ、ある意味恐ろしい人だ。



 ノボルはやっと目的地の門前に着いた。


「……ほんじゃま、またコッソリと……」


ノボルがニヤニヤとし、門扉もんぴにゆっくりと手を伸ばしたその時。


「また随分と……遅かったな?」


首筋にヒヤリとする玉鋼の、もとい刃の温度を感じ、動きを完全に止めたノボル。

その背後には、あの女が立っていて、怖じ気づくのが当たり前なほどの殺気を放ち、国の宝刀、“舞花まばな”の物打ものうちを、ノボルの首の皮にとどめていた。


「聞こうノボル。なぜ遅れた?」


刃が当たらぬよう、そしてサクラを刺激しないよう、更にゆっくりと振り向く。

ノボルには、サクラの頭に角が生えているように見えた。


「……ね……寝坊しました……」


嘘をつく勇気すら湧かない。


「ほう……で、なぜお前は汗水が一滴も垂れてない?」


その詰問に、ノボルは少し焦った。

急いでるし、自分ならこれくらいの体力消費で着けると慢心した。とこれをこのままは言えんだろう。


「いや……その……えっとぉ……」


「聞き方を変えよう。なぜ、疲れた様子が、お前に見えない?」


ノボルは、今この瞬間まで出なかった汗を、こんこんと沸き出る地の湯水の如く吹き出した。そして限界まで青ざめ、ゆっくりと言葉無く土下座した。


「……物事の規則は、きっちり守ってこそ成り立つもの。全てを守れと厳しくするつもりはないが、お前は何度破ったかな?」


ノボルの遅刻記録は現時点で計18回である。


「お前の家が少々遠い事に免じて、多少は許していたが…ふむ…今回はどうしたものかな?」


少し顔をあげて、ひきつった笑みでサクラを拝み、口を開くノボル。


「こ……ここは、今回もサクラ“様”の寛大なお心の元、御許しを頂くというのは……」


拝めた顔は更に鬼気とした。

ノボルは即座に顔を下げ、早口で謝罪する。


「無理ですよねすいませんまじでホントにお願いですから殺さないで――」


サクラは、ビクビク震えて小さくなっていくノボルを見て、深く息を吐いた。そして舞花を鞘に戻した。


刀が戻ったのを見送ったノボルはホッとため息をした。だが次の瞬間。

サクラが勢い良く片足を振りかぶり、そして惨めに下座していたノボルの顎を蹴り上げ、吹き飛ばした。


「ならば最初から遅刻しない努力をしないかバカモノがあ!!!!」


ゴッ!!!!と鈍い音の後、ノボルは


「ごめんなさいいいいぃ――!!!!」


と叫びながら、門を飛び越えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おいおい!何だこの子供は!?身なりも顔もボロボロで!こいつが審査官だ!?」


ノボルはあの後、キッチリお仕置きを受けた。

面白いのは、何より目立つ傷が、一撃目のサクラの蹴りを受けた顎であること。

“傷”と言うより“腫れ”だろうか。


「どうも……ここの第二審査官、花形です。

できれば身なりは気にしないで頂いて……」


 今から山に登るに値する者かどうかの審査が始まる。

方法は単純。戦って、審査官一人に勝てるかどうかである。


「舐められちゃ困るなあ。俺が子供に負けると思われてんのか?」


登山の挑戦希望者が、ノボルを見て嘲笑した。


希望者の体は筋骨隆々、まさに見た目は強者だと言いたくなるほどのモノだ。手元には大きな鎖鎌くさりがまを持っている。


「本当に武装でやっていいのか?俺は加減が難しいんだが?」


「そういう決まりですし、問題ないです。

こちらは竹刀でお相手します。時間も無駄になるので、早速始めましょうか」


「それ以上大怪我しても知らねえからな?」


お互いが距離をとり、それぞれ構えた。


「初撃はお譲りします。

ご自身の好きにどうぞ」


聞くや否や挑戦者は鎌を投擲した。


「忠告したからな?!!」


ゴオオッ!!!


鎌の先がノボルに向かって鋭く飛んでくる。



 勝負は瞬きほどの一瞬で決着した。


飛んできた鎌は、ノボルの竹刀の剣先で器用に受け止められ、挑戦者が鎌を手元に引き戻すより早く、ノボルが間合いを詰め、下から上に切り上げた。そしてこの一撃は、挑戦者の動きを完全に止めた。


ノボルは、トドメを脳天に打つ構えをとった。


「動けそうですか?」


聞くが、挑戦者は息を細かく吐き、冷や汗をかき、涎を垂らすだけで、返事すらできない。


「聞こえているか分かりませんが、先に確認していただいた通り、この審査はどちらかが死ぬか、または気絶するまで終わりません。戦闘意思に関わらず、動けるほうがトドメを指しますが、いいですね?」


返事らしい返事は無い。

ノボルは一時待ってから、竹刀を縦に振り切って、男の頭の頂点を強く叩いた。


完全に挑戦者が地に横になって伏した。


「すみませんね……色々あって憂さ晴らしだけさせていただきました。また強くなってから挑戦してください」



 山は謎しかなく、帰る者がひとりもいないために、死ぬことを前提とした厳しい審査を経て、初めて入山を許可される。

と言っても、死を許可するわけではないが。


だからどんな強者でも、初手で反応できない時点で、詰みなのだ。


これは、見知らぬ山の厳しさに比べれば、屁でもない。



 挑戦者を運び出す審査管理員達。

彼らは、戦いや評価を管理する者達であり、審査官の手伝いも行う、この検問場の何でも屋だ。


そのひとりが、ノボルに新しい竹刀を運んできて、労いの言葉をかけた。


「お疲れ様ノボル。てっきり、いい加減首を切られると思ったんだけど、許して貰えたんだ」


竹刀を受け取って、代わりにボロボロになった竹刀を手渡すノボル。


「3人しかいない審査官を削るのは、まあ無理だろうね。もう遅刻もする気なんてないよ」


ノボルはいつもの確認をした。


「ねえ。またサクラは竹刀使わなかったの?」


「お察し。あの人凄いよ」


 サクラは審査の際、竹刀どころか、武器を使わない。その身ひとつで挑戦者を威圧するだけで、降参させてしまうからだ。そして挑戦者は自ら首を差し出し、サクラはそれを手刀で叩いて終わらせる。


もしくは、とにかく圧だけをかけて、恐怖を促進させ、気絶させる。


ノボルの審査も今までそうではあるのだが、サクラの審査を受けた人間は、山に入れない。


厳しすぎるように見えるが、どんな願いも叶うという褒美を受け取るには、それを越えなければいけない。これは必然の対価だ。


「この後の予定。

まだ、あの人に勝てると思って?」


管理員はノボルに問う。


「今すぐとは言えないけど、勝つよ。絶対」


ノボルは、サクラに勝つことが、自身の願いを叶える第一歩だと自負している。

だから、彼の模擬戦に賭ける想いは、並大抵のものではない。


管理員は必要作業を終わらせると、ノボルに


「がんばれ」


とだけ言い、次の持ち場に移った。



 審査官模擬戦。

3人の審査官の序列が変わるかどうかを定期的に観察する、審査官の“審査”だ。


ここ数年、審査官が3人に固定されてから、序列は決して変わらない。強いて言うなら、第三審査官が新しい人に入れ替わるくらいだ。


あと数時間後、この村の最強と、二番手が





       散り舞い合う。

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