第28話 勝利の味と、夏の足音

王城高校からの帰り道のバスの中は、行きとは打って変わって、騒がしくも心地よい疲労感と高揚感に満ちていた。




「アッハッハ!見たか、キャプテンの最後の一撃!岩崎の奴、顔面蒼白やったで!」




梅木 赤星が、身振り手振りを交えて、大声で試合をリプレイしている。 そして、彼は隣に座る彗悟の肩を、バンと力強く叩いた。




「けどなあ、やっぱ、流れを変えたんは彗悟、お前の一撃やで!あれで王城の奴ら、完全に計算狂ったからな!」




「い、いや、俺は、負けたし…」




「アホか!あの場面で、あの化け物みたいな王城から2点もぎ取ったんやぞ!胸張らんかい、胸を!」




梅木の、太陽のような明るさに、彗悟は、照れながらも、初めて感じる「チームの一員」としての喜びに、自然と笑みがこぼれた。




その日の夜、鈴木先生の計らいで、部員たちは行きつけの定食屋でささやかな祝勝会を開いた。山と積まれた唐揚げや、大盛りのご飯が、あっという間に若き空手家たちの胃袋へと消えていく。




その輪の中心で、彗悟は、少しだけ、この場所にいることが許されたような気がしていた。




週明けの練習日。 竹村主将が、改めて部員全員を集め、練習試合の総括を行った。




「まず、全員、よくやった。特に、田上。お前の粘りが、俺にバトンを繋いでくれた。感謝する」




副主将の田上 北斗が、はにかみながら頭を下げた。 しかし、その浮かれた空気を、顧問の鈴木先生が、ピシャリと引き締めた。




「勝ちは勝ちだ。だが、内容は、綱渡りもいいところだ。佐藤は終盤の詰めが甘い。菊田は、神谷相手に二度もポイントを許した。竹村も、最後の一撃がなければ負けていた。それが現実だ」




厳しい言葉が、部員たちの表情を引き締める。 そして、鈴木先生は、最後に、彗悟に向き直り、こう宣言した。




「青野。お前の『奇襲』というカードは、もう王城には通用しない。お前はもう、秘密兵器じゃない。ただの、一番下手な一年部員だ。インターハイ予選のメンバーになりたければ、この夏、死ぬ気で基礎を叩き込め」




彗悟の「特例扱い」の終わり。本当の意味での「空手部員」としてのスタートが、ここで切られた。




その日の練習後。




一人道場に残り、ぎこちない正拳突きを反復練習する彗悟。 そこに、着替えを終えた菊田が通りかかった。彗悟は、思わず身構える。 菊田は、彗悟の突きを、数秒、無言で見つめた後、ただ一言、吐き捨てるように言った。




「…腰が、全く回っていない。それでは、ただの手打ちだ」




それは、侮蔑ではなかった。ただ、事実を指摘する、あまりにも的確な「アドバイス」。 菊田は、彗悟からの返事を待たずに、そのまま去っていく。 彗悟は、その背中を、呆然と見送った。菊田が、初めて自分を「指導すべき後輩」として認めた瞬間だった。




練習の最後。竹村が、改めて全部員の前で叫んだ。




「王城との決着は、夏につける!そのために、来週から、恒例の地獄の夏合宿を行う!覚悟しとけよ!」




部員たちの目に、決意の光が宿る。




「目標は、ただ一つ!インターハイ!県大会を勝ち抜き、全国の舞台に立つことだ!」




「「「押忍!!!」」」




部員たちの、魂の叫びが、道場に響き渡る。 その輪の中に、彗悟もいた。初めて、ためらうことなく、腹の底から声を張り上げていた。 彼の、本当の夏が、今、始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る