リムの成長と嘘つきの猫バッジ

 星八リムを育てる。


 手順も目的もわからないミッションを課され、ハルカナは悩みつつも登校をした。


 ソンナキガシテキタ二号機も発動済み。机や椅子、教科書なども準備は完了した。


 一度行ったことがあるため、スムーズに準備を進めることができていた。


「ハルカ、カナタ。おはよう」


「おはようリム」


「おはよーリムちゃん」


 リムが教室にやってきて、ハルカとカナタに向けて微笑みを送った。


 そのまま、小走りでリムはハルカの下に駆ける。パタパタとお転婆な足音が妙に楽しげだった。


「ハルカ」


「な、なに?」


「おはよう」


 リムはまた繰り返した。


 少しだけ感情の乗った微笑み。まだどこかぎこちないが、リムの宿す気持ちが伝わってくるようだった。

 ハルカは息を飲みつつも、なんとか言葉を発する。


「お、おはよう」


 ハルカの言葉を受けて、リムは踵を返す。気が付いたら、リムは自分の席へとついていた。


「ハルカっ」


 勢いよく飛んでくるカナタの言葉に、ハルカは身をすくめた。


 またリムにデレデレしてるだの、責められるのはごめんだと考えていた。


「な、なんだよ」


 恐る恐るカナタの方を向くと、想定外の表情をしていた。


 まるで宇宙人でも見たような、驚愕の表情。


「リムちゃんが、笑ってた」


「そりゃわかりにくいけどリムだって笑うよ」


「違うんだよ」


 カナタは事の重大性を示すように、大げさに首を振っていた。


「初めて教室で会った時のリムちゃんのことを、思い出して」


 そう言われて、ハルカは前回の記憶を呼び覚ましていた。


 近づいてくる、無機質な瞳。まるでキスを迫るような距離まで、リムは顔を寄せてきた。


 けれどその表情は、笑顔と言うにはあまりにも機械的だった。


「もっと、表情が硬かったような」


「うん。私もそう思う」


「何を話しているの? ハルカ、カナタ」


 急にリムが振り向いたので、ハルカナはそろって首をブンブンと振っていた。


「なんでもないから大丈夫」


「そうそうハルカの言う通り」


「そう」


 リムが再び前を向いたのを確認し、ハルカとカナタはお互いを見合わせた。


 星八リムが、登校の初日から笑顔を見せた。


 明らかに、以前よりも人間的に成長していた。





 ハルカとカナタは、休み時間のたびにリムと話をしに行った。


 前回一緒に回った、クリスマス会についての話題を出してみた。


 覚えているのであれば、リムもハルカとカナタと同じように、記憶を保持している存在だと認める。


 しかし、リムは首を傾げるばかりだった。


 学校が終わった後の放課後。


 ハルカナコンビは拠点に戻り、顔を突き合わせて悩んでいた。


「うーん。リムは前回のことを、覚えていると思うか?」


「正直、私にもわかんない。誤魔化されているかなんて、確認しようが……あっ」


 カナタは急に思い出したように、スクールバッグを漁りだした。


「嘘つきの猫バッジ!」


 カナタは自慢げに、アニメ調の猫を模したバッジをかざしていた。


 詳細までは知らないが、大体どんな効果があるのかは、ハルカにも察しがついていた。


「多分だけどその道具、持っている時に嘘をつくと鳴くんだろ?」


「すごーい。ハルカはどうしてわかったの?」


「そりゃ、カナタのやりそうなことだからさ」


 ハルカが言った何気ない一言に、カナタは無垢な笑顔を見せた。


「えへへ。そっか」


「で、具体的にはどう使うんだ?」


「えっとね。相手にバッジを付けるのは難しいけど、接触をしていれば、相手が嘘をついても鳴くんだよ」


「なるほどな」


 ハルカがうなずいていると、カナタはわざとらしく体を寄せた。肩口から腕にかけて、ぴったりとくっつく。


 そして、わざとらしくバッジをかざした。


「ハルカはさ、自分のことをマザコンだと思う?」


「ち、ち、違うわ!」


 にゃ~。


 猫バッジは鳴いた。ハルカの嘘を見抜く一撃。


 ハルカはそのまま、膝から崩れ落ちた。


「……ねっ?」


「もっと違う確かめ方があっただろ!」


 ハルカのツッコミにも、カナタは満足そうに繰り返しうなずいた。道具の出来に納得がいっているようだ。


 しかし、次の瞬間には困ったように眉を曲げていた。


「でも、ちょっと問題があってさ」


「それは、なんだよ?」


 カナタは、頬を掻きながら言った。


「にゃははは……密着レベルでくっつかないと、使えないんだよね」





 早朝の教室にひとり、日陰に咲く花のようにリムは自席に座っていた。


 ハルカとカナタは話し合い、二〇を超える作戦を考えた。


 映えある第一の作戦。それはとても、シンプルなものだった。


「り、リム」


 絵画から飛び出るように、リムはゆっくりと振り向いた。


「ハルカ。なに?」


「いや、特に意味はないんだけど……」


 ハルカはためらいつつ、少しずつ言葉をはきだす。


 別に他意はなく、恥ずかしいことでもない。


 ほんのわずかな親子の触れ合い。


 頭ではそう理解していても、のぼせるような感情は誤魔化しきれない。


 果たして成功するのかと心配を抱えつつ、ハルカはなんとか声を絞り出した。


「ハグしよう」


「うん」


 リムは秒速で食いついた。


 気が付けばリムはぴとっと、ハルカにくっついていた。


「なんだか、とてもぽかぽかする」


「……」


 あまりにもあっさり作戦が成功したことで、ハルカは真っ白になっていた。


 どうしていいかわからず、縋るような目つきで振り向く。


 カナタの顔が見えた。


『早くきけ』


 刃物のごとく尖ったカナタの瞳は、そう告げていた。


「り、リム」


「なに? 今いいとこ」


「俺やカナタ。あと、アキラと一緒に、クリスマス会に行ったことを覚えてるか?」


 リムは沈黙し、ハルカの胸に顔をうずめていた。


「一緒にクレープを食べたり、ダンスパーティで踊ったり。ファミレスでアキラ特製のドリンクを、リムは平然と飲んでたんだぜ」


 リムの口から言葉は紡がれない。


 内心にあるのは葛藤か、それとも虚無なのか。


 感情を推し量れないまま、ハルカは続けた。


「その時のことを、覚えているか?」


 ハルカの問いを受け、リムは顔を上げた。


 わずかばかり人間味を帯びた、柔らかくほぐれたまなじり


「私には、そういった記憶はない」


 リムはそう言うと、再びハルカの胸に顔をうずめた。


 ヒントを失ってしまったようで、ハルカナコンビは沈黙を続けていた。


 ハルカの付けた猫バッジが沈黙を保つ。リムの言葉には、嘘がないことを告げていた。

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