滅ばなかった世界の続き

 それからというもの、リムと下校することが習慣となっていた。


 下校の輪にカナタが加わり、半ば強引にアキラも絡んでくるようになっていた。


 リムの拒否がないので、いつの間にか四人での輪が出来上がっている。


 ほとんどアキラやカナタが喋り、ハルカがうなずく。リムは無表情だが、話す相手にきちんと顔を向けているので、決して無視をしているわけではなさそうだ。


 何か特別なことをしているわけではない。他愛もない帰り道。


 それでも、ハルカにとっては楽しい出来事だった。


 学生時代の父と母。本来なら得られなかった思い出。ずっと凍り付いていた心が温められていくように感じていた。


「ついに、明日はクリスマス会だな!」


 今にも叫び出しそうな勢いで、アキラは言った。


 喜色に満ちた笑みで、清々しいというよりはわずかに下心が見える。


 この日の展開に乗じて、リムへのアプローチをしようという目論見を感じる。


「だねー。今回は私たちは何もしないし、参加者として楽しもうかなー」


「私は、ハルカと行く」


 リムはハルカに一歩近づいた。

 思わず肩が触れそうな距離。芳香すらも可憐さが漂う。


 ハルカはわずかに身じろいだ。


「仲良くなったのはいいことだね……でも、私ももちろん一緒だよね?」


 まるで対抗するように、ハルカの左にカナタが寄り添う。

 明るい笑顔を表わす瞳。その奥には、強い意志を秘めた光がうごめいている。


 ハルカはなんだか、追い詰められた獲物のような心境だった。


「なんか俺……行きたくなくなってきたんだけど……」


「アキラも一緒に行こう。お前がいないと始まらないからさ」


 サンドイッチ状態を逃れようと、ハルカは一歩踏み出して、アキラを慰めた。


「……ハルカ。お前ってやっぱいい奴だな!」


 感動のあまり抱き着こうとするアキラを、ハルカは見事に避けた。


 アキラは電柱に頭をぶつけていた。


「あはははは」


「……ふっ」


 声を上げて笑うカナタと、息を漏らすように表情がわずかに動くリム。


「あっ……リムが笑ってる」


「ほんとだ。リムちゃんはやっぱり笑っているともっと素敵だよね」


「……そう?」


 リムにしては珍しく、眉は上がり表情が動く。少し驚いているようなニュアンスを、ハルカたちは感じていた。


 宇宙人と称されるリムが、少しずつ感情を見せるようになっている。


 なんだかとっても、いいことのように思えた。


「にしても、正直今年のクリスマスを迎えられるなんて、思わなかったんだよな」


 額をさすりながらアキラが言った。


「それはなんでだ?」


「バカらしいって言われるかもだけど、ノストラダムスの大予言ってあっただろ?」


「ノストラダムスの大予言?」


 ハルカは首を傾げた。まだ自分が生まれる前に、そういった話はあったような気がする。けれど、詳細までは知らない。


「ノストラダムスって言う人が記した、世界滅亡に関する予言のことだよ。一九九九年七月に、恐怖の大王が降り立つって言われてたんだ」


 カナタは助け船を出すように、ハルカに耳打ちした。


「なるほど。確かに聞いたことはあるな。さすがカナタ。よく知ってるな」


「へっへーん。見直したか」


「ああ。惚れ直したよ」


 カナタはご満悦な笑顔を見せていた。


 カナタの笑顔を微笑ましく感じつつ、ハルカは口を開いた。


「じゃあ、アキラはそれを信じていたわけか」


「まあ半々ってとこかな。でもどこかで、期待とか恐怖はあったな」


「でも、実際は何もなかったんだろ。それなら良かったじゃないか」


「そうとは、限らない」


 刃を入れるように口を挟んだのは、意外にもリムだった。


 ハルカたちは一斉にリムの顔を見る。


 普段と変わらない、神秘的な無表情。


「世界は滅亡していない。けれど、恐怖の大王と呼ばれる者が、降り立つことと、矛盾はしていない」


「確かにそうかもしれないけど、リムちゃんは何か知ってるの?」


 カナタに問われても、リムは顔色一つ変えなかった。


 リムは滑るような動作で、ハルカの右腕に抱き着く。


「でも、私が一番興味があるのは、ハルカのこと」


「ちょっ!? 人前でそれは恥ずかしいって!」


「いや、なの?」


 リムに見つめられる。明滅する星々のような瞳に、ハルカは何も言えなくなった。


「……ハルカのマザコン」


 カナタはハルカにだけ聞こえるように言った。刺々しい声色に、ハルカは嫌な寒気を感じていた。


「……やっぱり、クリスマスなんて来なきゃ良かったんじゃねーかな」


 繰り広げられるラブコメ劇に、アキラはぶー垂れていた。


 本格的な冬を告げる北風は、彼だけに吹きすさんでいるようだった。

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