第4話「名前のない部位に終末を覚える」

 第六天魔ハイツ202号室にて、今日も何かが起こる気配はナシ。

 ラザニエルとソルソルは、フライパンでひたすら『溶いた小麦粉にお砂糖とシナモンと完熟バナナを混ぜたおやつ』を焼いていた。


「ねーソルソル、ピザって10回言って」

「は、ダル」

「いいから」

「はいはい。ピザピザピザピザピザ、ピザピザピザピザピザ」

「じゃあここは?」


 そう言って、ラザニエルが指差したのは『ひざの裏側』だった。


「ひざ!……じゃない、ひざの裏って名前なに!?」

 

 ひざの裏。

 よくよく考えれば、今までの人生でただの一度も正式名称を聞かないままスルーしてきた部位だ。


「ひざの裏は、ひざの裏だよ」 

「じゃあ、ひじの裏は?」

「ひじの裏でしょ」

「正式名称が『~の裏』ってある!?」


 ソルソルは気になってしまえば、答えが見つかるまで探し続ける。

 スマホのタイマーを閉じ、AIに問いかける彼の目は少し血走っていた。


「教えて、ひざの裏とひじの裏の正式名称ってなに!?」

《ひざの裏は、医学用語で『しっか』と呼びます。ひじの裏も、同じく医学用語で『ちゅうか』と呼ばれています》

「医学用語とかそういうんじゃなくて!もっと日常会話で使われてる感じで!」

《日常会話では、ひざの裏は『ひざの裏』と呼ばれ、ひじの裏は『ひじの裏』と呼ばれていますね》

「つまり、地球上には『個としての名前を与えられていない部位』が存在する……!?」


 疑問符ののち、隣からカシャン、とキッチンにスプーンが落ちる音。

 ソルソルが右を見れば、そこには理不尽に耐えられないという顔をしたラザニエルが目を大きく見開いていた。


「個としての名前を与えられてない……?そんなかわいそうな事がまかり通る星なんて、なくなったほうがいいよね……」


 異空間から、ズズズ……と終末のラッパが現れる。ラザニエルがこれを吹けば、神様の手により地球は処分されることになる。

 地球大好き悪魔のソルソル、大ピンチ。

 

「待て待て待て待て!もっと詳しい人に聞こう!ひざの裏とひじの裏を作った人なら知ってるだろ!」

「作った人かあ。じゃあさ、おじいちゃんに聞きに行こっか」


 こうして天使と悪魔は、202号室を出て天へと羽ばたいた。

 目指すは天界のさらに向こうの神界。神様こと、ラザニエルのおじいちゃんの住む特別なリゾートだ。

 このリゾートには、神様以外だれも入ってはいけないことになっている。

 けれど、甘やかされているラザニエルは顔パスで入れるし、その友だちも出入りすることができる。

 2人が神界に飛び込んだとき、神様は『新種の虫』を創るのに忙しそうだったが、ラザニエルが来たとあれば作業くらい中断する。 

 

「なんじゃ、地球のアップデートが気に入らなんだか?レトルトカレーの種類と美味さに力を入れたんじゃが」 

「カレーは美味しいよ?でも、地球には『名前のない部位』があるの!これって設計ミスだよね!?」

「フム、名前のない部位か」


 神様が考え事を始めると、彼の頭上に牛肉の部位がずらりと並んだ。

 思考を共有しようとしてくれているようだが、ラザニエルの期待からはちょっとズレている。

 

「ひざの裏と、ひじの裏!もし名前があるなら、教えてよ!」

「ああ、それならわしも知らん」

「えっ」

「えっ」

「でもわしはそこを『うらびさし』と呼んどる。適当に考えた」

「うらびさし!?」

「そんな建築関係みたいな名前!?」

「おぬしらも好きに名前をつけるとええ。医学用語ならもうついとるんじゃ。わしの作品、地球は『自由』が売りじゃからの。自由に呼べばよいさ」


 ラザニエルは思い出した。

 昔、おじいちゃんがこの地球という星をくれたとき、なんでも自由にしていいのだと言っていたことを。

 ならば、ひざの裏もひじの裏も、自由に呼べばよいではないか。

 スッキリしたラザニエルとソルソルは、神界を後にして202号室へと戻った。

 謎のおやつは、すっかり粗熱が取れていた。


「そういえば、この『溶いた小麦粉にお砂糖とシナモンと完熟バナナを混ぜたお菓子』も正式名称ないよな?」

「たしかに。盲点だったかも」

「名前、つけてやる?」

「そだね。ちゃんとした名前を考えてあげなきゃ」

「なら今日は、終末なし?」

「なし!終末は明日でいいや」


 こうして今日も、ほんの些細なことで世界は終末を免れた。

 おまけに、新種の虫がジャングルの奥地で誕生した。 

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