第8話 王女と憤怒

「……監禁、……もしくは、『処理』……。」



 お父様の口から放たれた言葉が、冷たい刃のように私の心を突き刺す。

 全身の血の気が引き、目の前が白んでいく感覚。

 腕の中で、か細く震える少女の体温だけが、かろうじて私をこの場に繋ぎ止めていた。


 記憶処理。脳を焼き切る。監禁。処理。

 それは、今助けたばかりの、名前すら持たないこのか弱い少女に向けられた言葉。

 王族として?国のため?

 そんなものは、今の私には何の価値もない。


「……ふざけ、ないで……。」


 かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。

 姫様モードなど、とうに消え失せている。


「テラス?今、何と…」


「ふざけないでって言ってるの!!!」


 激情と共に、私は叫んだ。

 腕の中の少女を強く抱きしめながら、驚き目を見開く父を、そしてその隣で静観する母を睨みつける。


「この娘が何をしたっていうの!?ただそこに居て、弱いからって虐げられていただけじゃない!それを助けて、何が悪いの!?記憶処理!?処理!?そんな事、私が絶対にさせない!!!!」



 私の剣幕に、お父様は僅かに怯んだように見えた。

 だが、すぐに王としての厳格な表情を取り戻す。


「テラス。気持ちは分かる。だがこれは決定事項だ。この娘は、我が国の機密に触れすぎた。王族の素顔も見た。ましてや、お前のその『力』の一端すら目撃してしまったのだぞ。生かしておけば、いずれ必ず禍根となる。」


「だったら私が責任を持ってこの娘を監督する!絶対に、口外させない!だから……!」




「駄目だ。」




 お父様の拒絶は、絶対だった。その瞳には、親としての情ではなく、ただ冷徹な王としての判断だけが宿っている。


「ならば、テラス。お前がこの娘の監視役となり、共に地下牢へ入るか?それが出来ない立場である事ぐらいわかっているだろう?」


「それは……っ!」



 もはや敬語など消え失せ、泣き叫ぶように訴えた。

 必死に、この子を守ろうとした。

 でも、お父様の正論に反論できなかった。

 王族としての責任に、勝てなかった。



 弱い自分にどうしようもなく怒りが湧いてくる。



 俯いてお父様の説得を聴く。

 でも、何を言っているのか分からなかった。



 目の前の不条理な略奪に対しての怒りが込み上げる。



 この娘は、ただの少女じゃない。私の…私の……!




「この娘は……私のものだ!!!」




 その言葉が口をついて出た瞬間、私の中で何かが弾けた。  心の奥底、ずっと蓋をしていた何かが、堰を切ったように溢れ出す。


 それは、純粋なまでの独占欲。

 それは、全てを焼き尽くすほどの、憤怒。


 私の身体から、黒いオーラのようなものが立ち昇り始める。

 それは見る間に濃度を増し、執務室の空気を重く、冷たく変えていく。

 燭台の炎が揺らめき、影が蠢く。


「なっ…!?テラス、その力は一体……!?」

「テラス!?あなた……!」


 お父様が驚愕の声を上げる。

 お母様も、初めて見る私のその異様な変化に目を見開いていた。

 しかしお母様の表情には、驚きと共に、どこか既視感を覚えるような、そんな複雑な色が浮かんでいた。

 黒いオーラは、私の背後で巨大な影を形作り始める。

 明確な形はない。ただ、圧倒的なまでの『拒絶』と『破壊』の意思だけがそこにあった。



「私の……彼女に指一本でも触れてみなさい……。」


 私の声は、もはや私自身のものとは思えないほど低く、おぞましい響きを帯びていた。


「たとえ、お父様であろうと……」




「…殺すから…!」




 殺意。

 生まれて初めて抱いた明確な殺意が、黒いオーラとなって部屋中に満ちる。

 家具が軋み、壁に微かなヒビが入る。


 お父様は咄嗟に立ち上がり、片腕を龍の腕に変える。

 王としての本能が、目の前の『娘ではない何か』を脅威と認識したのだろう。


「やめなさい、テラス!!!」


 お母様の鋭い声が響く。

 だが、今の私には届かない。お父様が動こうとした、その瞬間。



「っ……ぅあ……!」



 激しい頭痛。

 まるで頭蓋の内側から、無数の針で突き刺されるような激痛が私を襲う。

 視界が明滅し、黒いオーラが霧散していく。


 湧き上がったばかりの強大な力は、制御不能なまま私の身体を蝕み、そして拒絶した。



「かはっ…!」



 私は膝から崩れ落ち、腕の中の少女を抱きしめたまま床に倒れ込む。




 意識が遠のいていく。



 今倒れては駄目……!



 駄目……なのに……!!!!






 最後に見たのは、駆け寄ろうとする両親の焦燥に満ちた顔と、私の腕の中で怯えながらも、必死に私を見つめ返す少女の蒼い瞳だった。

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