終末放送局
瑞柿けろ
第1話 声の残響
――ザザ……ザ……。
《おはよう、誰か。聞こえてるか?》
砂嵐混じりの声が、人気のない廃墟に流れる。
《今日も世界は、まだ終わってないみたいだ》
古びた送信機の前に、青年は座っていた。
廃墟の朽ちたコンクリートに絶妙なバランスで置かれた小型発電機、それに繋いだ傷だらけのトランシーバー。
側から見たら、落ちそうで心配になるそれだが、今この場にそれを指摘する者はいない。
青年がそれを一人で操作している。
《誰が聞いているかわからない。けれどこれは俺が生きた証明でもあるんだ。それに》
喋らないと素直に寂しいしな、と青年は続ける。
《外は風が強い。変わらず灰は降っている。昨日はまた建物が崩れた。この廃墟区域に入って数日経つが、建物が崩れても変わり映えしない場所だ》
それを伝え、少しトランシーバーに意識を向けていたが、すぐに機材を片付け、放送を辞めて、荒れ果てた街を歩く。
「今日も応答は無し……と」
青年は古びたノートに今日の放送内容、そしてその結果を記す。
慣れた様子でスラスラ書いていくその姿を見て分かることは、これが青年のルーティンなのだということだけ。
「さて」
ノートに書き終えた青年は、荷物を再びしっかりと背負い直し呟いた。
「食料が減ってきたし、まずは調達しないとだな」
彼の名は【ナギ】
人の気配の無い静かな世界で青年は歩き出す。
未来なんてものが限りなく無いに等しい世界。この滅んだ世界で彼は生きる。
◆
「一先ずはここに入るか。風が強くて埃も凄いしな」
食料調達に青年が訪れたのは、無数にある廃墟の中でも大きめな建物。
おそらく、昔は貯蔵庫として使われていた場所だと思うが、他の人類がいるか分からない世界で貯蔵もクソもない。
過去に訪れた者達がいたのだろうか、保管された物が多少なりとも散らばっているが、開封されてなければ大丈夫だ。
「これは……魚か、それにこれは……フルーツのシロップ漬け」
やはり珍しい物が多い。異様に広く、静まり返った空間に、心細さがこみ上げた。
だが、それを除けばここで生きるなら数年は困らないだろう。
寂しさに耐えられるのであるならば、
「それが無理だから旅をしているんだよな……」
もう五年以上前、育ててくれた祖父を亡くした俺は人を探す旅へ出た。
祖父から生き方を教わり、譲り受けたトランシーバーと発電機を使い、あれから毎日色々な所に行っては放送を始める。
同族を探すために始めた放送は、今では俺の生きた証を電波に乗せて世界に残す行為になっていた。そんな良く分からない自傷行為に近い行動を繰り返して過ごす日々。
「……誰かと話したい」
結局、どんなことよりも、生きるのにキツいのは一人でいること。話し相手がいないというのは、コミュニケーション能力を持った生き物として厳しいものがある。
とりあえず、と食料をバックパックに詰めていると、
――ザザ……ザ……。
「ん?」
腰に付けたトランシーバーからのノイズが、広く薄暗いフロアに響く。
ノイズが鳴ることは別に不自然ではない。古くからある、何処かの電波に混線することはある。
だからそんな驚くことではない──
《……コエ……えますか》
「……声?」ナギは耳を澄ます。
《……誰か……聞こえ……ますか》
____っ!?
突然トランシーバーから聞こえてきた声に、俺は反射的に荷物を素早く背負い、建物の外へ駆け出した。
そして音の発生源の上へ目を向けた。
「なんだあれ……」
大きな空を裂くようにナニかが飛んでいた。
否、違う。それは落ちていると言った方が正しいだろう。
勢いよく落ちてゆく謎の塊。
遙か上空にあるせいで、あれがハッキリとなんなのか判別はできないが、とりあえず大きな物体が確かに落ちている。
墜落先を予測して見に行こうか、そう思った時だ。
「なにか……離れた!?」
突然、得体の知れない空を飛ぶ物体から何かが離れた。
それは、その物体よりもかなり小さい物で、一瞬それの欠片が剥がれたのかと思ったが、落下物の軌道とは全く違う方向へと吐き出されたかのように勢いよく放出されたのだ。そして直感的に思った。
あれには何かある。
そう判断した瞬間、気づいたときには、
「行かなきゃ!」
大地を蹴り上げ、荷物を背負い、俺は小さな物体の落下場所へと走り出した。
●
走り始めてから数十分、先ほど物資を補給したのもあり。荷物は非常に重く、この世界で生きていて、かなりの体力がついていると思ってはいたが、さすがに長い時間走っていれば、多少なりとも呼吸が苦しくなる。
どこに落ちたんだ、いくら落ちていく場所が見えた。とは言え、ここまで走っていれば、いつの間にやら落下物を見失っていた。
「これはもう見つからないか……」
そう思った時だった。
「あった」
先程の廃棄地帯よりもはるかに崩れた建物がいっぱいある中、それを見つけた。
無数の瓦礫が転がり、砂埃が立ち込める場所、遥か上空から降ってきた物体は途轍もない運動エネルギーを得て地面へと落下した。
「事前に防塵マスクをしてて良かった。下手したら肺がやられていたな」
もとより、廃墟地域の中でもこの一帯のように風が強い場所ではマスクを着けているが、改めて癖になっていて良かったと、再認識できたわけだが、そんなことは今どうでも良い。
「何が落ちたんだ」
重要なのは強い衝撃が原因で崩れた地面の中、落ちたのが隕石でも、なんらかの物資でも、どちらでも良い。単に気になるから来ただけなのだから。
「なにか良いものであれば嬉しいな」
とりあえず覗いてみるか、そう思い確認してみた。
「……はぁ?」
思わず情けない声が喉から溢れる。
豪華な物資を見つけたからか? 否、それなら飛びついている。
コンテナいっぱいの食料か? 否、そんなの泣きながらバックパックに詰めている。
では逆に落ちた衝撃で爆散して何もないのか? 否、それなら想定の範囲だ、動じることはない。
では何故か? それは……
「人間……? いやそれにしては……」
「あの、この状況で考えてないで、早くここから出してください」
突然聞こえた声、瓦礫に埋まり、身動きができなそうにしている子は俺を見上げていた。
そう〝子〟である。何故か落下地点にいる言語を喋ることのできる存在がいた。
そして、その得体の知れない子はさらに言葉を続ける。
「早く助けてください。ヘルプミー」
風の音が戻った気がした。
――この世界に、ようやく他人の声が混ざった。
なんだコイツ。
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