#044 それぞれの凱歌
合宿最終日。僕たち四人は、島の中心部にある、巨大な円形の闘技場のような訓練場に立っていた。僕たちの、この十日間の成果を見せる、最終試験の舞台だ。
観客席には、美王先生と、僕たちをしごき抜いてくれた生徒会の先輩たちが、評価シートのようなものを片手に座っている。そして、司令室にいる襟間会計が、この試験の全てをコントロールする。
『――これより、総合戦闘能力測定試験を開始します。第一試験者、残間怜士。準備はよろしいですか?』
襟間先輩の、冷静なアナウンスが響く。
「はい、よろしくお願いしますわ」
フィールドの中央に立った怜士くんは、レイピアを構え、静かに頷いた。
『ターゲット、出現』
その声と共に、彼の眼前に、一体の戦闘用ロボットが出現した。以前、僕たちが戦った、アーク・リベリオンの戦闘員が使っていたものと同じタイプの、高性能な機体だ。
ロボットが、ガトリングガンを怜士くんに向ける。だが、彼が引き金を引くよりも早く、怜士くんの姿が、その場から掻き消えた。
「――こっちだ」
声は、ロボットの背後から聞こえた。
いつの間にか、そこに回り込んでいた怜士くんが、レイピアの切っ先を、ロボットの首筋にある動力パイプに、寸分の狂いもなく突き立てていた。
『時間知覚加速』。だが、その動きは、以前とは比較にならないほど、滑らかで、無駄がない。思考と肉体が、完全にシンクロし始めている証拠だ。
ロボットは、さらに三体の増援を呼び出す。四方から、レーザーの弾幕が怜士くんを襲う。
「――『空蝉』!」
しかし、彼の身体は、まるで陽炎のように揺らめき、複数の残像を生み出した。レーザーは、虚しく残像を撃ち抜き、その間に、本体である怜士くんは、神速の動きで三体のロボットの懐へと潜り込む。
「 『オーバークロック・バースト』!」
閃光。
そうとしか、表現できない動きだった。
一瞬の煌めきと共に、三体のロボットの全身に、無数の斬撃のラインが走る。
そして、一拍の後。四体のロボットは、同時に、派手な爆発音と共に、スクラップの山と化した。
「……ふぅ」
レイピアを納めた怜士くんは、少し息を切らしていたが、その表情には、確かな自信が満ち溢れていた。
『……ターゲット、全て鎮圧。タイム、27秒。見事です、残間さん』
襟間先輩の賞賛の声が、静かな闘技場に響き渡った。
「どうです?まるで物語の主人公のようでしょう?」
と、自慢げに言い放つ怜士くんだったが、
「最終日に全力で手合わせした時は、あっさり私が捻じ伏せたけどね。ま、これなら十分じゃないの」
肆谷副会長がそう言った。
「……なんでそういうこと言っちゃうんですか」
「調子に乗らせないためよ」
『第二試験者、漆館杏那』
次にフィールドに立ったのは、杏那さんだった。彼女の相手として現れたのは、無数の小型飛行ドローン部隊。空中からの、立体的な飽和攻撃。今の彼女は、もう、地上から敵を見上げるだけの少女ではなかった。
「――参りますわ」
彼女が優雅に一礼した、その瞬間。
彼女の身体が、ふわり、と、まるで重力という概念から解き放たれたかのように、宙へと舞い上がった。
『無重力歩行』。
彼女は空をまるで自分の庭であるかのように、自由に、そして、美しく舞う。
ドローン部隊が、一斉に彼女へと襲いかかる。だが、彼女は、まるでワルツでも踊るかのように、その弾幕を、最小限の動きで、ひらり、ひらりとかわしていく。『
「……いつまでも、逃げてばかりでは、いられませんわよね」
彼女は、空中でぴたりと静止すると、その手に、恐ろしいほどの重力のエネルギーを収束させ始めた。
「わたくしの『領域』へようこそ。『
彼女を中心に、半径数十メートルの空間が、目に見えない圧力で、軋む。その領域内にいた全てのドローンが、まるで巨大な蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のように、その動きを鈍らせた。
「――そして、これが、わたくしの新しい力。『
彼女は、一体のドローンに向かって、一直線に突進する。そして、その華奢な拳に、超高密度の重力場を纏わせ、叩き込んだ。
ゴッ、とおよそ、少女の拳から発せられたとは思えない、鈍く重い破壊音。
ドローンは、一撃で、鉄屑の塊へと圧縮された。
そこからは、もはや一方的な蹂躙だった。
空の女王と化した彼女の前に、ドローン部隊は、為す術もなく、次々と撃墜されていく。
その光景は、あまりにも美しく、そして恐ろしかった。
僕の方を振り向いて笑う彼女に、今まで感じたことのないような感情を覚えた。
『第三試験者、鍔井真角』
真角くんの相手は、物理攻撃も、エネルギー攻撃も、ほとんど通用しない、特殊な液体金属で構成された、不定形のスライム型のロボットだった。
だが、彼は、一切動じることはなかった。
「……なるほど。面白いサンプルですね」
彼は、まず、自分の周囲の地面に手を触れた。
「解析、完了。この地面の主成分は、炭酸カルシウム。――ならば」
彼はおもむろに炎の機術を発動させた。だが、その炎はロボットを攻撃するためではない。彼は、自らの足元の地面を、超高温で熱し始めたのだ。
熱力学の応用。熱分解によって、炭酸カルシウム(CaCO₃)を、生石灰(CaO)と、二酸化炭素(CO₂)に分離させる。
次に彼は風の機術で、発生した二酸化炭素を、ロボットの周囲に集める。
そして、最後に、極低温の氷の機術を、その一点に集中させた。
「――昇華しろ」
瞬間的に冷却された二酸化炭素は、気体から一気に固体へと姿を変える。すなわち、ドライアイスだ。
超低温のドライアイスに触れた液体金属ロボットは、その柔軟性を失い、動きが鈍る。
「……終わりだ」
彼は、おもむろに、一体の光り輝く槍を、その手に作り出した。
僕が学んでいる、光機術の応用。光子を、極限まで収束させた、レーザー・ランス。
「……原子構造の、その先へ。『
彼が呟くと、レーザーの穂先が、太陽のように、眩い輝きを放った。
彼は、その槍を、動きの鈍ったロボットの中心核へと、寸分の狂いもなく、突き立てる。
一瞬の閃光。
液体金属ロボットは、その存在を維持できなくなり、内部から、原子レベルで崩壊していった。
物理学の全てを、自らの武器とする。
彼の戦い方は、もはや、戦闘というより、壮大な科学実験のようだった。
「凄すぎる……あれだけの種類の機術を使いこなせるだけでも、ってぐらいなのに、あんな凄い技まで」
「でも真角くん、本当に頭いいし機術の腕もトップクラスなのは間違い無いんだけど、運動神経がね……」
「それに性格も難がありすぎるわね。まだまだ彼にも問題は多いわよ」
「……ここまでの腕前があるんだから、ちょっとの欠点は見逃して欲しいんですがね」
「ちょっとじゃないから言ってんのよ」
そして、ついに、僕の番が来た。
『最終試験者、七座晴人。――始め!』
僕の目の前に現れたのは、この合宿で、僕たちを最も苦しめた相手。
肆谷龍弥副会長の戦闘データを、完全にインプットされた、超高性能な人型ロボットだった。
ロボットは、本物と寸分違わぬ構えで、大剣を僕に向ける。
その圧倒的な威圧感に、僕は、ごくりと喉を鳴らした。
でも、もう、怖くはない。
僕は、腰に提げた、二振りの新しいナイフの柄を、強く、握りしめた。
一本は、夜明けの光をその名に宿す、『黎明』。
もう一本は、全てを焼き尽くす輝き、『灼光』。
「行きます……!」
僕は、二本のナイフを、胸の前で交差させた。
「『黎明』、『灼光』! エネルギー・リミッター解除!」
ナイフの内部で、常温超電導バッテリーが起動し、「キィィン」という、甲高い作動音が響く。
僕は、二本のナイフの柄頭を連結させ、一本のツインブレードの柄へと変形させた。
そして、それを、天に掲げ、高らかに叫んだ。
「磁界展開! プラズマ・イグニッション!」
僕の磁力操作によって、生成されたプラズマが、強力な磁場の器に拘束されながら、柄の両端から噴出する。
「顕現せよ! ――『磁界拘束光刃』!!」
「ブォン!」
という重低音と共に、僕の手の中に、青白い光の刃を持つ、一本の両刃剣が、その姿を現した。
ロボットが、本物の『疾風迅雷』と見紛うほどの速度で、僕に襲いかかる。
僕は、それを、高速回転させた光の刃で、正面から受け止めた。
火花が散り、金属とプラズマが、激しくぶつかり合う。
僕は、大立ち回りを演じた。
回転による防御、片刃だけを伸ばした精密な斬撃、槍のように伸ばしての牽制。
この十日間で、僕が学んだ、全ての知識と技術を、この瞬間にぶつける。
戦いは、互角だった。いや、僕が、少しずつ、押され始めていた。
「くっ……! やっぱり、副会長は、強い……!」
ならば、これしかない。
僕は、一度、大きく後方へ跳躍し、距離を取った。そして、最後の、最強の技を放つための、構えを取る。
ツインブレードを、頭上で、プロペラのように高速回転させる。
「エネルギーチャージ! 全開ッ!!」
光の刃は、一つの巨大な光の円盤となり、闘技場全体を、眩い光で包み込んだ。
そして、僕は、技名を叫んだ。
「必殺! ――『ブレイジング・スラッシュ』!!」
電磁カタパルトのように射出された僕の身体は、ドリルと化し、ロボットに向かって、一直線に突撃する。
ロボットは、それを、大剣で防ごうとする。
だが、僕の光の刃は、その鋼鉄の剣を、バターのように、たやすく融解させながら、すり抜けていった。
僕は、ロボットの背後で着地し、静かに、構えを解いた。
一瞬の静寂。
その後、ロボットのボディに、「X字」の灼熱の切り口が浮かび上がり、そのまま、ゆっくりと、崩れ落ちた。
『……ターゲット、機能停止。……勝者、七座晴人』
襟間先輩の、どこか、感嘆したような声が、響き渡った。
僕たちの、十日間の特訓は、今、確かに、実を結んだのだ。
「やった……勝った……!」
「……って思うのなら、今度は私本人とやってみる?言っとくけど、あれでも私の60%くらいしか再現できてないってところね。私は常に毎日進化し続けている。そしてロボットには無い……心がある。あんな代替品じゃ味わえない本当の力を思い知らせてやるわ」
「いやー……今は遠慮しておきます」
「いつかはやれよな。俺だけいいようにやられてるのなんかやだし」
「――みんな、よく頑張ったわねぇ~♡」
試験が終わり、観客席に集まった僕たちに、美王先生が、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「いやー、先生、感動しちゃった! みんな、見違えるように、たくましくなっちゃって!」
彼女は、そう言うと、僕たちの肩を、一人ひとり、ポン、と叩いた。
「それじゃあ、そんな頑張った君たちに、先生からの、ご褒美の……」
彼女は、そこで、にやり、と笑うと、おもむろに、自分が着ていたTシャツの裾を、掴んだ。
「――水着大会の、時間よぉ~っ!!」
バッ! という効果音と共に、彼女は、その服を、一瞬で脱ぎ去った。
その下から現れたのは、彼女のダイナマイトボディの曲線を、これでもかと強調する、艶めかしい、黒のワンピース水着だった。
「ぶはぁっ!♡」
観客席の隅で見ていた三鳥先輩が、盛大に鼻血を噴き出して、その場に崩れ落ちる。
「い……や、すっげぇ……」
「す、すごい、ね……」
僕と怜士くんも、そのあまりに破壊力のある光景に、ただ、見入ってしまうことしか、できなかった。
僕たちの、地獄のようで、最高にエキサイティングだった夏合宿は、こうして、その幕を、閉じたのだった。
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