#040 希望を阻む試練の門
美王先生による、機術の世界の真理に触れる特別授業。そのあまりに壮大で、緻密な内容に、僕たちの脳は嬉しい悲鳴を上げていた。講義が終わる頃には、空はとっくに茜色に染まり、やがて、深い藍色へと姿を変えていた。
「さーて、今日の授業はここまで! 夜ご飯は、先生特製のバーベキューよ♡ 頑張った君たちへの、ささやかなご褒美ね」
その言葉通り、ホテルのテラスには、信じられないほど豪華な食材が並べられていた。昼間の真剣な科学者の顔から一転、美王先生は、まるで母親か姉のように、僕たちのために肉を焼き、野菜を切り分けてくれる。
満点の星空の下、僕たち五人は、穏やかな波の音をBGMに、遅い夕食を楽しんでいた。アーク・リベリオンとの死闘が、まるで遠い昔のことのように感じられる、穏やかで、かけがえのない時間。
「……にしても、すげぇよな、機術って」
玉ねぎ串を頬張りながら、怜士くんが、感嘆の声を漏らした。
「俺たちが使ってる力が、あんな理屈で動いてたとはなぁ。俺5年あってもあの理屈理解できそうにねぇかも」
「ええ。改めて、この学園で学ぶことの意義を、再認識させられましたわ」
杏那さんも、静かに同意する。
「……僕は、少し、怖くなった」
それまで黙々と食事をしていた真角くんが、ぽつりと呟いた。
「僕たちの脳が、それほどまでに強大な力を持っているのなら、その使い方を一つ間違えれば、世界を容易に破壊できてしまう。……僕たちは、常にその危険性と、隣り合わせなのだと。特に美王先生の近くでその話を聞いている僕は、その危険性を分かっているはず、と思っていたのですが」
彼の言葉に、僕たちの心も、わずかに引き締まる。そうだ。だからこそ、僕たちは学ばばなければならない。強くなるために。そして、その力を、決して間違えないために。
食事を終え、部屋に戻った僕たちは、それぞれ、美王先生から渡された、あの分厚い『発展機術総覧』を、改めて開いていた。明日から始まる、本格的な特訓。その前に、自分たちが目指すべき未来の姿を、決めなければならない。
僕の指は、図鑑のあるページを開いたまま、動かなくなっていた。
【発展機術:光】
――光子を制御し、レーザーや幻影を生み出す、純粋エネルギーの顕現。
その文字を見た瞬間から、僕の心は、完全に奪われていた。
光で戦うなんて、ヒーローみたいで、すごく、カッコいい。
ページをめくると、そこには、光属性の応用技の一つが、図解付きで解説されていた。
【光刃生成】
――特殊なデバイスから放出されるエネルギーを、光子の刃として形成・維持する技術。刀身の長さや形状は、術者の演算能力とエネルギー供給量に依存する。
短いナイフしか扱えなかった僕が、まるで、剣のように、光り輝く刃を伸ばして戦う。
その姿を想像しただけで、胸が高鳴った。
アーク・リベリオンとの戦いで、僕は痛感していた。自分の『双極』は、トリッキーな奇襲には向いているけれど、正面からのぶつかり合いでは、どうしても力負けしてしまう。
肆谷副会長のように、とは言わない。でも、僕も、もっと、仲間たちを守るために、堂々と、前線で戦える力が欲しい。
この光の剣なら、あるいは――。
僕は、静かに、決意を固めた。
翌朝。
昨日と同じ講義室に、僕たち四人は、少しだけ緊張した面持ちで集まっていた。
「はい、おはよー、みんな♡ 昨日はよく眠れたかしら?」
美王先生が、いつも通りの軽い口調で、僕たちに問いかける。
「それじゃあ、早速だけど、昨日の宿題、発表してもらいましょうか。トップバッターは、怜士くんから、どうぞ」
「……よっしゃ」
指名された怜士くんは、少し照れくさそうに、しかし、真っ直ぐな瞳で答えた。
「俺は、今の『時間知覚加速』を、極めたいです。いつか……本当に、時間を止めてしまえるくらい、誰よりも速くなりたい。それが、俺の目標です」
「うんうん、いいわねぇ。ロマンがあるわ。怜士くんらしい」
「次は、僕です」と、真角くんが続く。
「僕は、特定の属性を極めるというより、まずは全ての基礎を、完璧に理解したい。まず、高校物理で習う、力学、熱力学、波動、電磁気学。まずはその基礎となる、炎、電気の機術を完全にマスターします。その上で、方向、重力、磁力、音、振動といった発展機術へと応用させ、僕の頭脳を最大限に活かした、誰にも予測できない戦い方を、確立したい」
「ふむふむ。さすが、理論派の真角くんね。堅実で、素晴らしい目標よ」
「では、次は私ですわ」
杏那さんは、優雅に、しかし、その声に強い意志を込めて言った。
「私は、今の重力機術を、さらに極めます。そしてまずは、どんな状況でも、自在に空を飛べるようになること。それができれば、戦術の幅は、今とは比較にならないほど、大きく広がるはずですわ」
「いいじゃない! 空飛ぶお嬢様、素敵よ!」
先生は、三人の答えに、満足げに頷いた。そして最後に、その視線が僕に向けられる。
「――トリは、ハルくんね。さあ、聞かせてくれるかしら? あなたの、なりたい未来の姿を」
僕は、ごくりと唾を飲み込むと、意を決して、立ち上がった。
「僕は……! 光の粒子で刀身を剣のように伸ばした、光のナイフで、戦ってみたいです!」
その言葉に、先生は、一瞬だけ、きょとんとした顔をした。
しかし、次の瞬間、彼女の顔が、くしゃりと、楽しそうに綻んだ。
「あ〜、やっぱり、ハルくんはそれにしたかぁ」
彼女は、まるで、全てお見通しだったかのように、クスクスと笑い始めた。
「多分、それにするかな〜って、なんとな〜く、思ってたのよねぇ。かっこいいもんねぇ、光の剣。男の子だわぁ〜。……こーんなに、可愛いのに♡」
「せ、先生! からかわないでください!」
僕が顔を真っ赤にして抗議すると、先生は「ごめんごめん♡」と手を合わせた。
そして、彼女は、僕たち四人の答えを、ホワイトボードに書き出すと、うん、と一つ、大きく頷いた。
「分かったわ。四人とも、素晴らしい目標よ。先生、君たちのその願い、全力で叶えてあげる」
彼女は、パン、と手を叩いた。
「それじゃあ、これから、私が君たち一人ひとりのための、特別な特訓メニューを考えるわ。……だから、その間、君たちには、全ての基礎となる、基礎鍛錬をやってもらう。――さあ、行きなさい。トレーニング施設で、地獄の教官が、君たちのことを、首を長ーくして、待ってるわよ♡」
先生の妖艶な笑みに、僕たちの背筋が、ぞくりと震えた。
地獄の、教官……?
僕たち四人は、一抹の不安を胸に、ホテルに併設された、巨大なトレーニング施設へと向かう。
その扉を開けた先に、僕たちを待っていたのは――。
「久しぶりね。あんた達」
仁王立ちで、僕たちを睨みつける、肆谷龍弥副会長。その隣には、穏やかながらも、どこか有無を言わせぬオーラを放つ、玖代静葉会長。そして、楽しそうにストレッチをする、三鳥美羽書記と、冷静に僕たちの身体データをタブレットに打ち込む、襟間慧理会計の姿があった。
「うげ……我らが機術学園が誇る、生徒会の皆さんじゃないですか。こんなところまでご足労いただきありがとうございます」
「あっちょっと!うげって!今うげって言った!酷いよ怜士くん!」
怜士くんの反応に、三鳥書記が激しく反応した。
「あぁいやいや!三鳥書記に向かって言ってませんから!大丈夫、大丈夫ですよ!」
と弁明していると、肆谷副会長がズンズンと近づいてきて怜士くんに迫る。
「へぇ~。じゃあ、一体誰に向かって言ったのかしら?」
「え~、いやそれはまぁその~なんです、なんというか、はい」
こうして僕らの夏合宿は、本格的に始まることとなる。
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