第14話 一件落着

 翌朝、桃香は気持ちよく目覚めた。

 隣にはシルバーウルフになった桐葉が寝ていたが、起きた桃香の気配を感じたのか、すぐに目を覚ました。


 「起きたのか?モモカ。」

 「あい。 すっきりさわやかでしゅよ~。」

 「何だ?それは。 疲れが取れたってことか?」

 「それでしゅ。 おなかもペコペコでしゅよ。」


 桃香のお腹からクゥ~っと音が聞こえてきた。

 紅葉が、お菊さん作のカバーオール(白い子狐)を手にやって来た。

 着替えて食事だ。

 桐葉もベッドから降りると人の姿に変わった。


 その後、皆で朝食を済ませると、リリーはテッドと移動陣を使って王都へ行ってしまった。

 昼頃には戻ってくるようだ。

 吾らは、それまでに女神に会いに行ってこようと思っている。


 リリーたちを見送った後、柊と桃香も出掛けることにした。

 柊は蓮に、桃香と紅葉は桐葉に乗ってセンターアルミスト山の頂上を目指した。

 勿論、見られないために結界も張っている。

 頂上に着くと、前回のように洞穴があった。

 蓮と桐葉も人の姿になり、全員で歩いて入っていく。 すると、奥で女神アルミストとインフィニトが待っていた。

 女神は、7~8歳くらいの可愛らしい姿になっていた。


 「管理人の一族の者たちよ、来てくれてありがとう。

 それに、私との約束も果たしてくれて、本当に感謝しています。

 今日は2人増えているけれど、会えたのね。

 よかったわ。」


 「お招きいただき、ありがとうございます。

 こちらがモモカの兄シュウ、隣がシュウの導き手のレンです。」


 桐葉が柊と蓮を紹介すると、2人は軽く会釈えしゃくした。

 女神は、それに微笑ほほえみで応えた。


 「今回来てもらったのは、お礼をしたかったのと紹介したい人がいたからなの。」


 女神から希望を聞かれたが、吾らには特になかったので、次にこの世界に来たとき(次があるかはわからないが、ないともいえないし・・・)に、希望を叶えてもらうことにした。

 その話が終わると、女神に壁面にある扉(先程までなかったはずだが・・・?)を開けて中に入るよううながされた。

 「入ったらわかるわ。」と、行くのは吾らだけか?


 入ってみると、1人の人物がいた。

 白く長い髪と赤い瞳を持ち、青い着物のような服には黄色の月と白いうさぎ刺繍ししゅうされている。

 その人物は吾らを見ると、にっこり微笑んだ。


 「にーに、あのきれーなちとおにーしゃんでしゅか?おねーしゃんでしゅか?」

 「うーーん?どっちかなー?」


 桃香と柊が小声こごえで話している。

 聞こえるぞ。


 「あらー、やっだー、綺麗きれいだなんて。

 嬉しいわぁ~~。 うふふっ。僕は月兎つきと。お兄さんよ~。

 橋渡し係でもあるわ~。」


 桃香と柊が月兎を凝視しつつ1歩退いたな。

 気持ちはわかるが・・・。

 蓮は目を見張って無言だな。


 「初めまして。 吾らは神・・・」


 「いいわ、わかってるから。 柊、桃香、桐葉、蓮、紅葉、よね。

 ここに呼んだのは、僕からもお礼とおびを言っとかなきゃ、って思ったからよ。

 本来だったら僕が神代家に依頼して、こっちに来てもらわなきゃいけないのに、急に呼び寄せてしまう形になってしまって悪かったわ~。

 こっちと向こうの世界が重なったときに、ちょうどいい場所に来てくれて助かったわ~。

 僕たちと時間の感覚が違うってすーっかり忘れてたの。本っ当にごめんなさいね~。

 ウチのとってもかわいいうさちゃんたちの出産が終わってからって思ってたのよ~。

 前の担当者からもハッキリいつからって言われなかったからうっかりしてたわ~。」


 月兎は元は月の神である月読つきよみ様の眷族らしい。

 月の神のところには神使となる兎がたくさんいて、月兎の傍にも多数いるらしい。

 もともと綺麗なものや可愛いものが大好きな月兎は、自分の兎をとても大切にしていて、その兎の出産は彼にとっては重大事だったと・・・(傍迷惑はためいわく)な)。


 「お詫びと言ってはなんだけど、今回は向こうに戻る道をこっちで準備するわ。

 あぁ、あなたたちが向こうに帰ったときに、こっちに来た時間とほぼ差が無いように もしておくわ~。

 ああ、あの聖女として呼ばれたもよ。

 それと、あの娘のこちらでの記憶も消しておく?」


 「いや、記憶についてはこちらでやるつもりだ。」


 「あら、そ~お? それにしても、やっぱり兎がにあうわねー。」


 月兎は桃香を見た。


 「へっ? ましゃかっ。」


 桃香がカバーオールの耳をさわり、尻尾しっぽを見ると兎に変わっていた。


 「またでしゅかーー。 はんにんはアンタだったんでしゅか~~。」

 桃香はプンプン怒っている。


 「え~、なんで怒るの~~?かわいいのにーー。

 ピンクの髪には絶対、う・さ・ぎ・よっ。

 せめてこっちの世界の間はいいでしょーー。

 向こうに着いたら戻してあげるから~~。」

 月兎が「ねっ。」と可愛らしくお願いしている。


 桃香が「しょうがないでしゅね。」とブツブツ言っている横で、柊が「桃香は何を着ていても、どんな姿になってもカワイイっ!!たとえミーアキャットになってもカ・ワ・イ・イ!」と満面の笑顔で言っているが、わけがわからない。

 蓮は「はぁ~っ?」と呆れているし、紅葉は無言で・・・、あれは怒ってるな・・・。


 そこで吾から、菊様の伝言ということで月兎に伝える。


 「『そのうち顔を見に行くから、覚えておれよ。』だそうだ。

 確かに、伝えたからな。」


 「えぇ~~っ。 ヤバイっ。僕、また、やらかしたかな~?」


 月兎が騒いでいるが知ったことではない。

 菊様によると、昔、神仙界にいたときに何度が月兎に会ったことがあり、うっかり色々とやらかすから、その都度、特別に優しく丁寧に指導してあげたそうだ。

 月兎のあの反応だと、かなり厳しくやられたな。

 りないヤツだ。


 その後、吾らが元の世界に帰る手順を確認した。

 月兎によると、今いるここは扉(いつの間にか消えていた)で繋いではいるが、女神の所とは異空間にあるらしい。

 まあ、女神がいる所もアルミスト大陸に実際にあるわけではなく、異空間にあるってことになるが・・・。

 吾らが帰るとき、センターアルミスト山の頂上に近付いたら吾らの目の前にわかりやすい穴を開けるから、その中に飛び込めば元の世界に戻れるようになっているということだ。

 ただし、二手に分かれる場合は少し時間を空けること。

 聖女として呼ばれた娘を送るルートは、彼女を送り届けた後で神代家の出口が明示されるようになる。

 もう一つは直通コースだ。


 確認が終わると、再び現れた扉を通って女神のところに戻った。


 「じゃあ、まったね~~。」

 と手を振って月兎は見送ってくれた。


 女神たちにも別れの挨拶をして、吾らは辺境伯邸に戻った。


 まだテッドたちは戻って来ていなかった。


 「それでは先に戻って、お待ちしております。」

 と言うと、紅葉は形代になってしまった。


 桐葉は形代をリュックに収納した。


 「もみじはさきにかえってしまいまちた・・・。」

 「こっちでやることはもうないからな。向こうに帰ったら会えるだろ。」

 「あい。」


 しばらくして、マーカスたちが戻ってきたようだ。

 テッド、リリー以外にもう1人、マーカスと同年輩どうねんぱいの男性が一緒にいる。

 マーカスに吾らだけテッドの執務室に呼ばれた。

 テッドとリリーは先に食堂に行くようだ。


 執務室には、マーカスと彼と同年輩の男性、そして吾らだけだ。

 皆がソファーに座ると、ハンスが入ってきたが、お茶の準備をするとすぐに出て行った。

 マーカスがその男性を、この国の王オヴニルだと紹介した。どうしても直接お礼を言いたいと同行したのだと。


 「オヴニルだ。

 こたびは我が国を救っていただき感謝に堪えない。

 初代王がハヤトに助けられ建国し、今回は一族の者に国の危急存亡ききゅうそんぼうときを救われるとは・・・。 心から感謝申し上げる。」

 と、王は吾らに頭を下げた。


 マーカスから、王家からシルヴェスト公爵家に降嫁こうかするだけでなく、シルヴェスト公爵家から王家に嫁いで王妃になった者がいたことや、元シルヴェスト公爵令嬢を祖母に持つ現王もハヤトの子孫なのだと説明された。

 また、神代家のことは、王家とシルヴェスト公爵家の一部の者にのみ知らされるようになっている。

 だからおおやけの場で謝意を表することができないのが心苦しいが、今後この国で助けが必要なことがあれば(確かにないとは思えないが・・・)遠慮無く言ってほしいと、オヴニル王とマーカス両者から伝えられた。

 その後、リリーにも王都で謝意を伝えたが、その場には聖女召喚を知る者のみが集められ、緘口令かんこうれいも敷かれているそうだ(騎士団関係はどうするんだろう?ま、うまく話してくれればいい)。

 リリーもお世話になった人にお礼を言ったり伝えたりしてもらっていたそうだ。

 桃香の癒しの光が避けた者たちを調査しているが、国内の混乱に乗じて横領をしたり、魔獣討伐にかこつけて物品を強奪ごうだつしたり暴力を振るったりしていたらしい。

 まだ、調査途中ではあるが、きっちり調べて対処するのこと(桃香が「わるいちとは、ゆるちゃないでしゅ。」と言うと、柊が「そうだよね。」と桃香の頭をなでている)。

 桃香の癒しによって、身体の欠損部分まで元通りになったことは驚きとともに感謝されていそうだ(桃香が「がんばりまちたよ。」とフンスっと胸を張ると、柊はすかさず自分の膝に乗せて頬ずりする。あ~、桃香がスンっとした顔になったな)。

 などの話を終えると、別れの挨拶をしてオヴニル王はすぐに王都に戻っていった。


 吾らは、待たせていたリリーたちと昼食を済ませると、いよいよ元の世界に向けて出発することにした。

 トラスト辺境伯の敷地内にある森の一郭いっかくに結界を張り(一応テッドに人払いも頼んだ)、吾らが飛び立つのを他の人に見られないようにしている。


 マーカスとテッドと別れの挨拶を交わし(それ以外のシルヴェスト公爵家の人とはシルヴェスト公爵領を出るときに挨拶は済ませてきていた)、リリーを連れていく柊と蓮が先に出発する。


 「じゃあ、桃香。先に行くよ。そっちが先に家に着くかもしれないけど、後でね。」

 「あーいっ。」


 巨大な犬の姿になった蓮は、背中に柊とリリーを乗せると飛び立った。

 センターアルミスト山の頂上に近付くと、兎の形の空間(リリーは「えっ?」と驚いていた)ができたので、そのまま中に飛び込んだ。

 遠くに光が見えるので、それを目指す。

 光が近付いてくると、今度も兎の形をしている。

 そこから出ると、リリーが異世界に呼ばれた日と同じように朝日が輝いているストーンヘンジだった(いや、多分同じ日のはずだ)。

 時間が止まっているようで、周囲の全てが止まっている。音もない。

 リリーが蓮から降りて、従兄弟の傍に行くと「さよなら。ありがとう。」と言って、僕たちに手を振った。

 僕たちが再び兎の形の空間に入ると、すぐにその空間は閉じてしまった。閉じる瞬間に、時間はまた動き出したようだ。

 リリーには、昼食後、元の世界に戻ったら僕たちのことも含めて異世界での記憶はなくなることを伝えた(説明したのは蓮)。最初は嫌がっていたが、僕たちのことを知られているのは困ること(秘密にできないなら忘れた方がいい)、時間が行く前に戻っているのに記憶があるのもおかしいこと、もし縁があってまた出会うことがあったら思い出すこともあることを説明したら納得してくれた。寂しそうではあったが、何かの時にポロッと話さない自信もなかったんだろう。

 記憶は元の世界に戻った瞬間になくなっているはずだ。痛みはない(これも蓮に任せた)。

 僕たちの目の前には2つ目の光が近付いてきた。

 あそこから出たら、僕たちも帰れる。



 少し時間は戻って、出発前の桃香たち。


 「にーにたちは、いきまちたよ。 じいじ、でてきていいでしゅよ。」

 「はあ・・・やっぱりわかっとったか。 桃香、何でわかった?」


 辰雄が木の陰から姿を現した。


 「んー? くろちゃんでしゅね。

 くろちゃん、はなうたうたってとんでまちた。

 らくちょう(楽勝)、らくちょうって。」

 「ぐぬぬ。黒か。」


 辰雄は予定通り柊と桃香を陰から見守っていた。

 柊がリリーを守っていたとき、何度かこっそり助太刀すけだちしていたのだ。

 魔獣の中には、厄介やっかいなことに転移できるヤツがいて、どこに現れるかわからない。今回そいつが現れた場所があったんだ。実戦がとぼしい柊では太刀打ちできない。他にも背後から狙っているヤツもいたからな。矢を射たり、強力なヤツには漆黒を投げたりもしたな。

 しかし、漆黒が見えるとは桃香の目は凄いぞ。


 「ああ、マーカス。 これ、助かった。何本か使ったぞ。

 それと、孫たちも世話になった。」

 「いや、タツ。 役に立ったなら、よかったよ。

 それに助けてもらったのは、こちらの方だ。」


 辰雄がマーカスに弓矢を返している。

 柊の前に姿を現せないので、飛び道具をマーカスから借りていたのだ。ここの道具であれば、後に残っていても不自然ではないからだ。


 「えっ? ちりあいでしゅか?」

 「ああ、こっちに訓練に来たときにな。」


 辰雄がマーカスとテッドに挨拶を終わらせると言った。


 「じゃあ、帰るか。」

 「あーいっ。」


 桐葉がシルバーウルフに変わると、桃香と辰雄が背中に乗り、マーカスたちに手を振って出発した。


 桐葉がセンターアルミスト山の頂上に近付くと、兎の形に空間が開いた(「またうさちゃんでしゅか」と桃香が呟いている)ので、すぐにその中に飛び込んだ。

 月兎はブレないのだ。

 桃香が背後を見ると空間はすぐに閉じ、前方に光が見えている。

 桐葉は光を目指して進む。

 しばらくすると、光が大きくなり出口が近付いてきた。 出口は桃香の予想通り、また兎の形であった。

 桐葉が出ると、そこは神楽山のロープが張られた洞穴の前だった。兎の形の空間は、いつの間にか消えていた。

 辺りは、洞穴に入ったときのように夕日に照らされていた。


 「戻ってきたようだな。 さあ、家に帰るぞ、桃香。」

 「あいっ。 じいじ、いっけんらくちゃく、でしゅよ。」

 「ああ、そうだな。」


 2人とシベリアンハスキーに戻った桐葉が玄関に着くと、柊とポメラニアンに戻った蓮が待っていた。

 柊と桃香の髪と目は元通りになっていた。


 「はぁー、何とかお父様たちが帰ってくるのに間に合ったみたいだよ。

 あれっ、桃香。おじい様と一緒だったの?」

 「ああ、そこで一緒になったんだ。 さあ、中に入るぞ。

 そろそろ、春樹たちも帰ってくる頃だ。」

 「はい。」

 「あい。」


 家の中に入る前に、柊が桃香に小声で言った。


 「異世界は不思議なところだったね。」


 それに、桃香も小声で答えた。


 「にーに、このしぇかいもふちぎがいっぱいでしゅよ。」

 「うーん?・・・確かに!」


 柊は少し考えながら、蓮と桐葉を見て答えた。

 それから2人は手を繋いで家の中に入った。


 「「ただいま~」」


 顔を見合わせて笑ったように見えた蓮と桐葉は、2人の後に続いて家の中に入っていったのであった。 

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