第43話
「うぅ、すまないナナ。パパはなんて早とちりを・・・」
顔色が悪いままベッドに横になっているベルフェゴール卿が、ナナに向かって謝罪する。
医者の話によると、最近の疲れも溜まっていたのが今回の件で爆発したようだ。
「ジハードくんもすまないね、迷惑をかけた」
「我には謝罪はなしか!?」
「あぁ・・・申し訳ない」
「ふん、分かればいいのよ」
何故か態度の大きいサクラの頬を軽く引っ張り、ベッドに横たわるベルフェゴール卿に視線を向ける。
よく見ると老齢と言うより、不摂生や病人由来のシワやクマが出来ていた。頬もやつれているように思える。
「しばらく眠って過ごすであります、その間にナナ達は出発するであります」
「ダメだ! もうお前をどこにも行かせないぞ!」
「横たわったままじゃ何も出来ないであります。それに独り立ちするって話は最初の時に話したでありましょう」
「あれは・・・あまりにも唐突で一方的過ぎて、引き止めることも叶わなかった。もう一度考え直してくれないか?」
懇願する様な様子のベルフェゴール卿を見て、少し可哀想な気もしてきた。
「なぁナナ、少し親子で話してみたらどうだ? 余計なお世話かもしれないけど、俺には会話が足りないように思えるぞ?」
「旦那様は簡単に言うでありますが、親子のゴタゴタはそう簡単には解決しないであります。と言うか分かってくれる側だと思っていたであります」
「いや・・・」
俺は思わず口を閉ざした。
俺も親と上手くいっていない方だ。ベクトルは違うが、どうやっても話し合いで解決出来ない親子関係だ。でも俺には、ナナとベルフェゴール卿はまだ解決しようのある関係だと思えた。
「それにここで眠ってられない理由がある」
「ちょ、眠ってろって医者にも言われたでありましょう!」
「明後日にはお客様が来るんだ、その来客を迎えなくてはいけない」
「お客様? だからこんなに城中飾り付けてるんですか?」
「あぁそうだ、大事なお客様だ。ベルフェゴール家の人間が出迎えなければ失礼にあたる」
ベルフェゴール卿はそう言いながらベッドから抜け出そうとするが、ナナに肩を押されベッドにまた横になる。
「はぁ・・・まぁナナが対応しておくでありますから、要件とやるべき事だけ教えてくれであります」
「ナナ! パパは立派な娘に育ってくれて嬉しいぞー!」
ベルフェゴール卿はベッドから上半身だけを起こし、ナナを抱き締める。ナナはベルフェゴール卿を引き剥がしながら、心底嫌そうな顔を浮かべる。
「だー! いいから教えるであります! 誰が来るんでありますか!」
「あぁ、エルと言う名前のエルフだ」
「エルフが? なんの用であります?」
「人間と魔族の争いを止めるための秘策、魔王化について教えてくれるとの話だ」
「え?」
「ん?」
「魔王化?」
「・・・は?」
ナナは口をぽかんと開き、真ん丸な目でベルフェゴール卿を見つめる。
「まだそれに固執しているんでありますか? ナナが何になったか忘れたでありますか?」
「大丈夫だ! ナナに迷惑を掛けたりはしないさ! それにお前のお友達も・・・な? 秘密はつきものだろう?」
「クソ親父!」
ナナは突然ブチ切れ、背中に背負っていた大剣を引き抜いてベルフェゴール卿に突き付けた。
俺とリーリャンはナナを羽交い締めにし、必死に距離を取らせる。
「母様の犠牲だけじゃ足りないって言うか! あぁ!?」
「落ち着けナナ!」
「うぉっ! いつもより力が強いぞ!」
ナナの額が光り始め、小さな角が二本生えてくる。俺達を引きずったまま、ナナはベルフェゴール卿に近づいて行く。
「お前お前お前!」
「落ち着けナナ、今度は犠牲は出さない。もう失敗はしない」
「どの口がっ!」
「はい、そこまで」
ナナの後ろからサクラが首を突き、ナナを気絶させる。
ぐったりしたナナをサクラが肩に担ぎ上げ、部屋の扉に手をかける。
「なんだか知らんが、お前様の言う通り話し合いが足りんように感じる。一度どちらも頭を冷やせ!」
「ベルフェゴール卿、一度ナナを休ませれそうな部屋を借ります」
「あぁ・・・それならナナの部屋を使うといい。場所は使用人に聞いてくれ」
「ありがとうございます。何があったか俺には分かりませんが、普段温厚なナナがここまで感情を剥き出しにして怒るなんて今まで無かったことです。一度、その事をしっかりと受け止めてください」
俺達は落ち込むベルフェゴール卿を後に、部屋を出た。
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「んむ、ここは?」
「ナナ、起きたか」
ナナがベッドで目を覚ます。ナナの部屋にはあまり物は無く、必要最低限の家具だけが置かれていた。
「ここは・・・ナナの部屋でありますか」
「そうだよ、一度落ち着いてもらうためにサクラが」
「そうだ、我が殴った」
「・・・感謝するであります、主様」
「よせ。それよりも何があったか聞かせろ」
「そうだ、僕も聞きたい。魔王化に関して」
「あんまり話したい内容じゃないんでありますが・・・ここまで来たら話すしかないでありますな」
ナナはベッドから立ち上がり、机の上に飾ってあった小さな肖像画を持ち上げる。
そこには幼いナナと、ナナと同じ目をした女性が写っていた。
「ナナの母親であります、ナナが小さい頃に死んだであります」
「そうなのか、どうしてだ?」
「サクラ!」
「いや、いいんであります旦那様。どうせお話するでありますからね」
「そうか・・・ゆっくりで大丈夫だからな?」
ナナは一度大きく深呼吸をすると、思い出すように目を瞑った。
「ナナの母様はとても優しい人でありました。人と魔族の共存に関して進言し、色んな人から支持があったであります」
「立派な人だったんだな」
「ですが事件が起こるであります。人間と魔族間の争いが激化するに連れて、父様は過激な方向に舵を切ろうとしたのであります」
「僕も聞いた事がある。魔族の存続のために人間との交流を断絶しようとしていたとか」
「それを諌めていたのは母様であります。そんなある日、どこかから魔王化の噂が流れてきたのであります」
その言葉に、一同の視線が集まる。
「ナナ、その魔王化の噂って言うのは・・・」
「結論から言えば嘘でありました。父様やベルフェゴール家を妬む者達が流した、作為的な。それを知らずに儀式を行った父様は、痛い目を見ました」
「痛い目って・・・?」
「一時的な自我の崩壊。暴走した父様は手当たり次第に破壊を行いました。その際に母様、そしてまだ幼かった三人の子供を」
「待て待て、ナナは無事だったのか?」
「ナナもその場にいました、赤ん坊だった頃でありますがね。母様に庇われ命を救われました。ですがそのせいで、父様とナナは先祖返りの様な悪魔化の力を手に入れたのであります」
話を聞き終えた俺達は、深い息を吐いた。
あまりにも重い過去に、俺とリーリャンは疲弊の色が顔に出ていた。
しかしサクラは違った。
「それで奴はもう一度それをしようと?」
「・・・分からないであります。ナナはその事件のせいで父様とは口を聞けず、成人と共に家を飛び出したのであります」
「ナナ、お前はどうしたい?」
「主様・・・これは家だけの問題じゃないであります、魔族全体の問題でもあります。家を捨てたナナが口を挟むべきじゃないのであります、頭が冷えて少し冷静になったであります」
そう呟くナナの頬を、サクラが両手で挟みあげる。
「違うな。ナナ、お前はやめて欲しいと伝えるべきだ。そう考えているな」
「ふぇ、ふぇも」
「黙れ!口答えは許さん、お前のわがままを貫け!」
「ぷぁっ! 分かったであります、父様に話してみるであります・・・」
ナナは赤くなった頬を撫でながら、静かに頷いた。
「とりあえず今日はみんな休むであります。使用人達も部屋を用意している頃でありますから、部屋の場所を聞いて案内してもらって欲しいであります」
「ナナ、一人で大丈夫か?」
「へへ、大丈夫でありますよ。旦那様!」
ナナは精一杯笑顔を作り出す。しかしその顔にはベルフェゴール卿と同じ疲弊の色が見えた。
俺はそこから更に一歩踏み込めず、みんなと一緒にナナの部屋を後にした。
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