第5話 旅館に潜む秘密
午前中、霧に包まれた町の空気はひんやりとして、歩く人々の足取りは自然と慎重になっていた。遥は、佳奈に導かれるまま、旅館「さえき荘」の奥へと進んでいた。父・佐伯庄三の死の影が残る館内には、普段は見慣れない緊張が漂っていた。
「ここです……」
佳奈は倉庫の前で足を止め、紙袋から小箱を取り出す。中には古い写真、手紙、そして薄い紙がいくつか重なっていた。佳奈は息を整え、慎重に一枚ずつ手に取る。
「これは……父が残したものです。読めば、町の秘密に少しだけ近づけるかもしれません……でも、町の人には絶対に見せてはいけません」
遥は小さく頷き、慎重に距離を取りながら中身を覗き込む。手紙には、父の生前の心情や旅館の経営、町の裏側の人間関係が書かれていた。文字の端々には、父が抱えていた不安や恐怖も垣間見える。
「……父は何を恐れていたのでしょう」
遥のつぶやきに、佳奈は静かに答える。
「ええ。何か、触れてはいけないものがあったのでしょうね……父の秘密は、この町全体に関わっているのかもしれません」
二人が手紙の内容を整理していると、倉庫の隅からかすかな音がした。振り返っても、霧に揺れる影があるだけ。町の人々には見えない、誰かの視線がそこにある気配だった。
「……誰か、見ている」
佳奈の小さな声に、遥は背筋を伸ばす。封筒の警告と、田代刑事の忠告が頭をよぎる――町の秘密に触れようとすれば、誰かが監視している。危険は確かに存在していた。
二人は再び手紙と写真を前に向き直す。父の過去の行動、旅館経営の裏側、町の知られざる人間関係――少しずつ輪郭が見え始めた。だが、霧の向こうに潜む影の存在は、常に二人の行動を制限しているかのようだった。
「この町には、まだ私たちの知らないことがある」
遥は小さく呟く。佳奈も静かに頷いた。
外では霧がゆっくりと流れ、町の静寂は変わらない。しかし、その奥で、見えない誰かが二人をじっと観察していた――町の秘密を守ろうと、あるいは利用しようとする影が。
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