第17話
光苔を見つけた滝のほとりは、私のお気に入りの場所になりました。
さらさら流れる水の音は、私の心をとても落ち着かせてくれます。
「この光苔の力が、もっと多くの人のために使えないでしょうか」
岩に生える神秘的な苔を眺めて、私はぽつりとつぶやきました。
足元に座っていたルーンが、私の顔を心配そうに見上げてくれます。
「わふん?」
「ありがとうルーン、大丈夫ですよ。ただこの素敵な力を、私だけのものにするのはもったいないのです」
私はルーンのふわふわした頭を、優しく撫でてあげます。
私の【清浄】のスキルがあれば、私自身が病や怪我で困ることはありません。
でもこの森の外には、私の力を必要とする人がまだたくさんいるはずです。
聖水だけでは、救うことができない命もあるかもしれません。
光苔を薬にすることができれば、きっと多くの人を助けられるでしょう。
家に帰った私は、バーンズ子爵が届けてくれた本を広げました。
それは薬草や調合に関する、専門的な知識が書かれた本でした。
私は夢中になって、その本を何時間も読みふけります。
薬を作るためには、たくさんの知識と経験が必要なようです。
それに色々な種類の薬草や、特別な道具も揃えなければいけません。
「これは、思ったよりもずっと大変そうですね」
私が一人で唸っていると、いつの間にか部屋に小さな人影がありました。
土の精霊ノームの、一人の若者だったのです。
彼は薬草の栽培が得意だと、以前に自己紹介してくれました。
「主殿、何かお困りごとですかな」
「まあ、いつの間にいたのですか。実は、薬を作ってみたいと考えていました」
私がそう伝えると、ノームの若者は目をきらきらと輝かせました。
「薬作りですと、それは素晴らしいことですね。わしも、ぜひお手伝いをさせてください」
彼は、とても乗り気な様子で話してくれます。
「わしらノームの一族には、古くから伝わる薬草の知識がございます」
「きっと、主殿のお力になれるやもしれません」
「本当ですか、それはとても心強いお話です」
それから私たちは、夜が更けるのも忘れて薬草の話に花を咲かせました。
ノームの知識は、本に書かれているものよりずっと実践的で興味深いです。
彼は、様々な薬草の育て方や効果的な組み合わせを知っていました。
「光苔と他の薬草を合わせれば、きっとすごい薬ができますぞ」
「そのためには、まず薬草を育てるための特別な畑が必要になります」
「普通の畑では、繊細な薬草はうまく育ちませんから」
「分かりました、早速明日から準備を始めましょう」
私の中に、新しい目標がはっきりと見えました。
それはこの森の中に、世界一の薬草園を作ることです。
そして、そこで作った薬でたくさんの人を救うことでした。
翌日から、私たちの薬草園作りが始まりました。
場所は、家の裏手にある日当たりの良い丘の中腹に決めたのです。
ノームたちが、慣れた手つきで土地をどんどん耕し始めます。
普通の畑とは違って、薬草の種類ごとに土や水はけを細かく調整してくれました。
その専門的な仕事ぶりは、まさに職人技と呼ぶべきものです。
森の動物たちも、その手伝いをしてくれています。
森のあちこちから、薬草栽培に適した栄養のある土を運んでくれるのです。
私も【清浄】の力を使って、土地そのものを浄化していきました。
穢れのない清らかな土壌が、薬草作りには何よりも大切だとノームは教えてくれました。
数日後には、見事な段々畑の薬草園が完成しました。
「すごいわ、まるで天空の庭園みたいです」
その美しい光景に、私は思わず感嘆の声を上げました。
あとは、ここに植える薬草の種を手に入れるだけです。
普通の野菜の種と違い、薬草の種はとても貴重で簡単には手に入りません。
私は次の取引の時に、バーンズ子爵にお願いしてみようと考えました。
彼ならきっと、私のために王都中を探し回ってくれることでしょう。
そんなある日の、夕方のことでした。
私が新しい家の暖炉の前で、読書を楽しんでいました。
突然、窓をこんこんと、誰かが優しく叩く音が聞こえます。
「あら、誰でしょう」
私が不思議に思って窓を開けると、そこには一羽の大きなフクロウが枝にいました。
そのフクロウは、片眼鏡をかけた博士のようなとても賢そうな顔をしています。
そして驚いたことに、そのフクロウが流暢な人間の言葉を話したのです。
『やあごめんください、こちらが森の主殿のお住まいで間違いないですかな』
その声は、落ち着いた老紳士のような深みのある声でした。
「ええ、そうですけれど。あなたは、どちら様でしょうか」
私は、驚きを隠せないままそう尋ねます。
『わしは、ホーウェルと申します。見ての通り、ただの年老いたフクロウです』
ホーウェルと名乗ったフクロウは、優雅に片翼を上げてお辞儀をしてみせました。
『この森が、素晴らしい聖域になったという噂を聞きましてな。ぜひ、この目で見てみたいと思い遠方より飛んでまいりました』
彼は、とても丁寧な言葉遣いをします。
その瞳には、深い知性の光が宿っていました。
ただのフクロウでないことは、すぐに分かります。
「まあ、ようこそおいでくださいました。どうぞ、中でお茶でもいかがでしょう」
私は、この賢そうな訪問者を、心から歓迎しました。
『おお、それはありがたいです。では、お言葉に甘えさせていただこうかの』
ホーウェルさんは、器用に枝から飛び降りて、開いた窓から家の中に入ってきます。
そしてテーブルの上の止まり木に、ちょこんと止まりました。
私は、ハーブティーを淹れて彼に差し出します。
彼は、小さなカップを、器用に翼で持ってそれを飲み始めました。
その仕草は、まるで人間の貴族のように洗練されています。
「ホーウェルさんは、ずっと旅をしていらっしゃるのですか」
『うむ、わしは、知識を求める旅をしております。世界のあらゆる不思議や、秘密を知ることがわしの生きがいなのですよ』
彼は、今まで旅してきた様々な国の話を聞かせてくれました。
砂漠の国で見た、巨大なピラミッドの話です。
海の底に沈んだ、古代都市の話も聞きました。
その話は、どれも私の知らないことばかりで、とても興味深かったです。
私は、すっかり彼の話に引き込まれてしまいました。
ホーウェルさんも、この森の成り立ちや精霊たちのことを話すと、とても興味深そうに耳を傾けてくれます。
『ふむ、なるほどのう。主殿の【清浄】の力が、この奇跡の源であったということですな』
彼は、何かを深く納得したように、何度も頷いていました。
「ホーウェルさんは、本当に物知りなのですね」
『なに、長いこと生きておりますからな。知識だけが、わしの取り柄です』
私は、彼にあることをお願いしてみることにしました。
「実は今、薬草園を作っています。ホーウェルさんなら、珍しい薬草の種のありかをご存知ではないでしょうか」
私の言葉に、ホーウェルさんは片眼鏡の奥の目を、きらりと光らせます。
『薬草、ですと。ほう、それはまた、興味深いことを始められましたな』
『よろしい、わしの知っている限りの知識で、主殿のお力になりましょう』
彼は、快く私の願いを聞き入れてくれました。
そして彼の口から語られたのは、私の想像をはるかに超える驚くべき情報でした。
『例えば、月の光を浴びて輝くという月光草の種は、南の霊峰の山頂にしか咲かぬと言われております』
『あらゆる毒を中和する太陽の雫という薬草は、火山の火口近くに自生しているとか』
彼は、まるで物語を語るように、伝説級の薬草のありかを次々と教えてくれます。
その場所は、どれも人間が簡単には近づけない、険しい場所ばかりでした。
「まあ、そんなにすごい薬草が、本当に存在するのですね」
『存在しますとも。そして、主殿には、それらを手に入れる仲間がいるではありませんか』
ホーウェルさんは、そう言って窓の外にいるグリフォンたちを、ちらりと見ました。
確かに、グレンとフィリアの飛行能力があれば、どんな険しい場所へも行けるでしょう。
『わしが、詳しい場所を記した地図を描いてしんぜましょう』
ホーウェルさんは、そう言うと懐から羽ペンとインクを取り出しました。
そしてテーブルの上の羊皮紙に、すらすらと正確な地図を描き始めたのです。
その知識と記憶力は、まさに賢者と呼ぶにふさわしいものでした。
私は、心強い味方がまた一人増えたことを、とても嬉しく思います。
ホーウェルさんは、しばらくこの森に滞在してくれることになりました。
彼の知識は、これからの私の活動に、計り知れないほどの助けとなるに違いありません。
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