サーバーの規約を読んだら、リアクションお願いします(読まなくてもリアクションしていいよ)

 腹の空いたおっさんは冷蔵庫で見つけた、水でほぐすだけで食べられる、白く太いパスタをつつきながら、メールに目を通すことにする。


 とりあえず一番精神的にダメージの少なそうなものから開封することに。



件名:【ヤバすぎワロタw】伝説の『シェイクスピア(本物)』様へ:コラボ凸希望!



 おっさんは、広告ではないと判明しているものの、訳の分からない文面に困惑した。


 一体これはなんなのか……


「!!?」



――――

シェイクスピア(本物)様 (`・ω・´)ゞ


初めまして&突然メール失礼します。

ウチら、某界隈でVTuberをやっとります「ベアトリス@から騒ぎ」&「十二夜のヴァイオラ」って申します (´∀`)人(・∀・)


チャンネルは別々なんですが、普段からダラダラ一緒にFPSとかカードゲー厶を配信してる女の子2人組ですwww


昨日、御大の配信アーカイブを見まして、


(`・ω・´)「おい声カッケーな」→(゚Д゚)「マジでイケボやん!」→(゚∀゚)「これはコラボ案件やろ!」


と、秒で意見一致しました。マジでキタ━(゚∀゚)━!!!!


あの配信の熱量と〈ピーッ〉と〈ピーッ〉連発、しかも顔出し&本名っていう攻めっぷり、

正直久々に腹筋崩壊しましたし、「これやりたいわ」ってスイッチ入りましたわ。


企画案としては――


1. 「御大×ウチら2人でガチ語るフェチと芸術」配信

2. 「本音で語るなんでもあり創作論キタ━(゚∀゚)━!」

3. コメ欄修羅場覚悟でやるフリー討論会(BAN上等(`・ω・´))


開催方法は御大宅からでもウチらのChiscordでも可、音声ミキサーも持ってるんで機材割とガチ。

日程は御大のご都合最優先で組みますので、週末夜とかでも全くOK牧場です。☆-ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ♪


もちろん、配信タイトルは御大のお好きな名前で(むしろ煽り気味歓迎ww)

サムネ作りもこちらで全力やります(。・ω・。)ノ♡


長文すみませんでした m(_ _)m


このメール読んでちょっとでも「おもろそう」と思って頂けたら、返信頂けると嬉しいです~! あ、chiscordの配信とか連絡用に、ウチらの使うサーバーのアドレス載せときますね。

ここでボイチャもできるので、あっPC推奨でつw


ではでは、よろしくお願い致します (゚Д゚)ノシ

から騒ぎ@ベアトリス拝(´∀`*)ε` )チュッ

――――



「な、なにが言いたいんですか……この人たちは」


 だいたい、ベアトリスとヴァイオラって……どこかで聞いたことあるどころか、俺の芝居の登場人物ではないか。



 めまいを感じながら、二件目のメールをおっさんは開封した。



件名:【重要】配信アカウントに関する通報および警告について


――――

こんにちはIkeTeru動画運営でございます。

ご利用ありがとうごさいます。


お客様のライブ配信におきまして、当社の利用規約に違反する不適切な表現(わいせつ・攻撃的表現)に関する複数の通報が確認されました。

つきましては、速やかに該当箇所の改善、または動画の削除を行ってください。


この警告に従わず、不適切な表現が改善されない場合、お客様のアカウントは永久凍結の対象となります。


事務的な判断となりますこと、ご了承ください。

――――



「うぎゃーッ!!!」


 おっさんの絶叫が六畳間に響き、食べていた白いパスタが口からはみ出た。むしろ叫んだ拍子に鼻の近くに麺が触れたのか、涙と鼻水が止まらない。畳にへたり込むと息切れがする。


「はあっ、はあっ……や、ヤバいです。このままでは俺のアカウントが使用不能に……」


 おっさんはぐちゃぐちゃになった顔をペラペラのタオルで拭いながら、やっとのことで座り直した。


「落ち着くんです、ウィリアム。ガマガエルが頭の中にレアな宝石を宿してるんですよ……そう、逆境でこそ俺の文才は輝く!」



 三通目のメールをおっさんは開けた、もうヤケクソである。


 まあ、これ以上悪いことも、もう起こるまいて。


 しかしながら、これはこの世界の言語ではない。

 おっさんがかつていた、あのイングランドの言葉ではないか。


 まさか、あの方からではあるまい……

 まさか……



件名:"Hark thee, Master Shakespeare. It is my sovereign will that this be so."

(聞くが良い、シェイクスピアよ。これがちんの主権者の意志である。)


――――

Shakespeare, I did behold thy first and wretched broadcast.

(シェイクスピアよ、朕は貴様のあの下劣極まる初配信を観覧した。)


Fie upon thee, fool! Yet, I grant thy voice is fair and pleasing; 'tis a noble asset.

(恥を知れ、愚か者が。しかし朕は貴様のイケボだけは評価する。良い声である。)


Why dost thou not employ the mighty Engine (G.S.t.Q., God Save the Queen) which I commanded to be built for thy very use?

(朕が貴様のために用意させた高性能動画生成AI、「G.S.t.Q」(女王陛下万歳)を、なぜ使わぬのだ?)


Thou shalt download this Engine forthwith, and in the manner I have decreed, recreate thy ‘Truth’. Proclaim unto all nations the glory of My Majesty and the power of this British Empire.

(そなたは、この装置を直ちに取り寄せ、朕が定めし儀に則り『真実』を再び刻み出すのだ。全世界の民に、朕の威光と大英帝国の威信を知らしめよ。)


↓ Download hence! ↓

(ここからダウンロード)


HTTPS://Elizabeth_I_official-GodSavetheQueen/

――――



「陛下ーーーーッ!!!!!」



 今度こそ食べていたパスタが鼻からとび出た。



 先程のタオルでおっさんはズルズルと鼻をかみ、ゲホゲホとむせた。


 床の上に飛び散った麺を片付けようとするが、鼻水でぬめって取れない上に、畳の目のすきまに白い麺が、ねっとりとペースト状にめり込む。


「……はあっ、ひいっ……ふぅっ」



 おっさんは大の字に寝転がると、息を整える。



 瞼の裏には自分のアカウントがBANされ、永久に発言できなくなる恐怖と、女王陛下の姿がチラつく。


 この状況でただ一つ、前向きな『光』に見えるメールが、あのよく分からない顔文字だらけのVTuberからのものだった。



「俺にはもう選択肢がない……」


 おっさんは例の黒くて平たい板、パソコンを立ち上げた。



 てか、スマホとパソコン全然違う、難っ

 アカウントを作れ?

 えっ、アプリってなに……

 ダウンロードできないんですけど

 マイクがミュートになっている?



※※※


4時間後。

すでに深夜。



chiscordサーバー『から騒ぎ(゚∀゚)夜更かし部』



―超☆通話部屋―

 規約みて! (見ないとタヒぬ)


▷お話しませう(雑談)

 お話しませう(マジメ)

 お話しませう(ゲーム)


ぽちっ

 おっさんはチャットに入室した。



「え、あ、繋がった! えっ、すご、イケボじゃん! おっさん顔ヤバいけど、ネット声優? マジ神!」


「だ、誰です!? あっ、こんばんは……」


 相手のあまりのテンションの高さと早口におっさんはビビる。


「あー、かしこまんないどいてよ、ウチはベアトリスってえの。よろぴく。あとも少ししたらヴァイオラも来るわ、ちょい待ち」



 おっさんはこのベアトリスの声に、なにか引っかかるものを感じた。

 そう、あのフランシス£ベーコンと同じ違和感。

 が、話を進める。



「……あっ、この前の配信見てくれたんでしたっけ? 実は――」


「言わんでも判るって、あれまじでやばい。おっさんダメだわ。BANされるよ」


「は、はあ……ご存知でしたか、実は」



「ちぃ〜ッス、ばんわ〜。つかこの人が例のイケボ?」


 もう一人の、確かヴァイオラとかいう人物が現れた。やや低めの気だるい声で、ベアトリスとは対照的に少し冷めた印象だ。おっさんは彼女の声にもベアトリスと同様の違和感を感じ取る。


――何故だろうか?



「つかさ? おじの配信、あんまにも痛すぎるし、本名顔出しの禁止用語連発、まじ草なんだけど。アーカイブ閲覧さして貰ったけどまんまだと、規約違反でおじのイケボとネタがBAN、それって全世界全人類的な損失じゃん。ボクとしてはダメなやつ」


「えぇ……じゃあどうすれば」



「とりま、垢凍結は避けなきゃなんないじゃん? 論理的に考えたら、おじがやることは『罵倒』から『クリエイティブな表現』にシフトする。イケボとシェイクスピア劇の知識はガチなんだし」


「いや、俺がシェイクスピア本人なんだけど……」


 おっさんは困惑した。


「でしょ!? ヴァイオラ、ウチが言ってた通りじゃん? このシェイクスピアのなりきりイケボのおっさん、死ぬほど面白くね?」


 さらにベアトリスはまくし立てる。


「そうそう! てかさ、御大! BL書きたいんだよね? ウチ知ってるよ! 『判事様の秘密の房事ふさごと』とか、フェチが渋滞しててマジ尊い!」



「ちょ、なぜそれを……!? 君たちは、まさか俺のプライバシーを……」


 おっさんは真っ青になるが、ヴァイオラはため息をついた。



「おじはスマホのメモっぽい機能で書いてたつもりらしいけど、あれは"neet"ってブログアプリね? 全然気がついてなかったみたいだけど。しかも公開設定になってたからあれのこと、全世界が知ってるよ? でもまあ、あの手の小説の投稿は"小説投稿サービス"一択でしょ」


「し、しかし、俺の求めるドエロいフェティシズムなど、この時代に受け入れられるのか!?」


「あ〜、それ心配しなくていいよ。今、シェイクスピア原作の二次創作BL界隈、フランシス£ベーコンって同人漫画家が全部持ってってるんだけど」


「ええっ……!!? やはりあれは、あのベーコン卿本人だったのか!」


 ベアトリスが呆れたように言う。


「え、てかそのベーコン誰? フランシス£ベーコンていうとメガネ美少女のV皮で、お絵描き配信もやってるから、相当儲かってるわ。今SNSで連載してる『【帝国ローマの覇王と背徳のつるぎ】〜ナイルよりも深い愛』ってやつさ、腐女子の間でシェイクスピア二次の鉄板じゃん? あんまにも絵が綺麗すぎてウチの好みじゃないけど。でもたぶん御大の泥臭いフェチとか、もう見向きもされねーわ。草」


「おじのはおじでちゃんと魅力あるから大丈夫。まあ売り方だよね、それが悪けりゃいい物も売れないし、売り方次第でカスい物でも売れるから」



 おっさんは、以前にスマホで見た『美しすぎる絵巻物』と『お絵描き配信』が、まさかベーコン卿自らの手によるものだったという事実を知ると、血の気がさーっと引いた。



――しかしあの時も思ったが、絵巻物と配信を見て感じた通り、本物のベーコン卿があんなことをするのであろうか? 彼のような青い血の流れる者が、いかなる理由があろうとも、職人のまねごとなどを。



「で、どうすんのおっさん?」


 おっさんは、そう言われて気がつくとそれまでの思考を止めた。

 まあ今それを感じたところで、何も変わるわけではない。


「でも現状、フランシス£ベーコンに勝つのは、ほぼ無理なんじゃない? あいつ人気すごすぎ」



――そなたは、この装置を直ちに取り寄せ、朕が定めし儀に則り『真実』を再び刻み出すのだ。全世界の民に、朕の威光と大英帝国の威信を知らしめよ。

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