第1章 2話 極秘任務
翌朝、研究所の空気はいつもより重かった。
廊下では小声で職員たちが囁き合っている。
「うちのPCから政府機関に不正アクセスしたやつがいるらしいよ」
その言葉に、エリーの心が跳ねた。
(まさか、昨夜の……?まさか……ね……。)
席に近づくと、あるはずの私のパソコンがなかった。
代わりにあったのは黄色いテープが机に張られていた。
《この区画使用禁止》
「え・・・なんで?・・・」
テープを見つめたまま、途方に暮れていた。
まさか昨日のあれと関係あるのか?
そのとき、後ろから声が聞こえた。
「白間研究員、私と一緒に地下会議室までお願いします。」
振り返るとスーツ姿の男が立っていた。顔に覚えはない。
男についていきエレベーターに乗った。
「B3 」で止まる。
地下にこんな階があったのか――
初めて目にする白い廊下には、監視カメラが並んでいた。
冷たい照明が、まるで病院の手術室のように無機質に光っている。
男に案内され、重い扉を抜ける。
その先の会議室で、上司のサラ・フランクリンと見知らぬスーツの男が座っていた。
男は立ち上がり、短く自己紹介をした。
「内閣情報調査室、セキュリティ統括官の鮫島です。」
淡々とした声。表情はない。
ただ、彼の黒い瞳がエリーを試すように見つめている。
「白間エリーさん。あなたの普段使っているPCから政府DBへの不正アクセスの痕跡が見つかりました。」
「……私のPCから?」
隣のサラは黙ったまま、視線を外さない。
「本来であれば君を即刻取調室に送りたいところだが・・・」
「君は、白間拓也博士の娘だな」
「……はい」
「では単刀直入に言おう」
鮫島は鞄から黒い封筒を取り出し、机に置いた。
黒い表紙に刻印された“Top Secret”の文字。
エリーの名が印字されたラベルが貼られている。
「君に、極秘任務を依頼したい。」
エリーは言葉を失った。
サラが静かに付け加える。
「政府公認の調査プロジェクトよ。それにあなたのお父さんに関係あるようだし。」
封筒を開くと、白い任務書が一枚。
記載された宛先を読んだ瞬間、エリーの目が見開かれた。
国際特別監視センター
特殊生体観測区画 被収容対象コードネーム:「RABBIT・ZERO」
担当研究員:白間エリー
「……ラビットゼロ?」
かすれた声でつぶやいた。
鮫島の唇がわずかに動く。
「三年前、君の父が最後に接触した存在だ。」
部屋の空気が凍りついた。
父の死と同時期に消えた謎の研究対象。
まるで封印された言葉を掘り起こされたような感覚。
鮫島は無表情のまま頷く。
「出発は四十八時間後。詳細は現地で説明される。」
エリーは、ただ黙って任務書を見つめていた。
行間に埋め込まれた機密指定、識別番号、そして最後に印字された文。
『任務に関する一切を外部に口外してはならない』
その文面の冷たさが、現実味を帯びて心に沈む。
サラが立ち上がり、ゆっくりと肩に手を置いた。
「エリー。これは危険な任務かもしれない。
けれど……あなたにしかできない。」
エリーは息を吸い、ゆっくりと頷いた。
「……わかりました。行きます。」
鮫島は時計を見て、一言だけ残す。
「では準備を。サラ所長、後は頼みました。」
「わかりました。」
彼が去ったあと、部屋にはサラとエリーだけが残された。
長い沈黙。
そしてサラが小さく呟く。
「エリー、気負う必要はないわ。あなたのお父さんの手掛かりがきっと見つかるはず。」
その言葉が、エリーの胸に焼き付いた。
白い廊下に出ると、人工照明が肌を刺した。
握りしめた封筒の端が指に食い込む。
(お父さん……“ラビット・ゼロ”って、いったい――)
エレベーターの扉が閉まる。
暗闇の中で、彼女の心だけが静かに光っていた。
政府から極秘任務を与えられた彼女は、
国際特別監視センターに収容された存在「ラビット・ゼロ」の調査を命じられた。
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