第2話 ギルド登録と嘲笑


 異世界に降り立った翌日。

 一ノ瀬カナメは、街の石畳を歩いていた。


 道の両側には露店が並び、焼き立てのパンや香辛料の匂いが漂ってくる。剣を腰に下げた冒険者風の人間もいれば、獣耳や角を持つ種族も行き交っている。ファンタジー作品でしか見たことのなかった光景が、今ここに現実として広がっていた。


「……すげぇな、ほんとに異世界って感じだ」


 感動する余裕はあったが、問題はこれからだ。

 カナメは生きていくために、この世界で職を得なければならない。そこで思いついたのが、昨日、街の門番が口にしていた言葉だ。


 ――『冒険者ギルド』。


 モンスター討伐、依頼の斡旋、報酬の受け取り。冒険者として登録すれば、とりあえず生活費は稼げるらしい。


 そして何より、ギルドではスキルの登録と認定が行われると聞いた。

 つまり、俺の【スキルメーカー】を正式に扱ってもらえるかどうかが決まる。



 冒険者ギルドの建物は、木と石を組み合わせた大きな施設だった。

 扉を押し開けると、中は酒場を思わせるざわめきと、依頼書が貼られた掲示板の活気に包まれている。


「あら、見慣れない顔ね」

 カウンターにいた受付嬢が、にこやかに声をかけてきた。


「はい、新しく冒険者登録をしたくて」

「承知しました。ではスキルをこちらの水晶に触れて、鑑定をお願いします」


 差し出されたのは、手のひら大の青い水晶球。

 カナメは深呼吸して手をかざした。


 光が水晶に吸い込まれ、やがて文字が浮かび上がる。


【スキルメーカー】

既存スキルを模倣し、新たなスキルを創造する。

ただし、生成されるのは劣化版。


 受付嬢は一瞬、言葉を失った。

 次の瞬間――。


「ぷっ……! な、なにこれ!」

「劣化版しか作れないって……おいおい、そりゃ無能だろ!」


 ギルド内にいた冒険者たちが、笑い声を上げ始める。

 「スキルメーカー」という響きの格好よさに最初はざわついたが、「劣化版専用」と知った途端、場の空気は完全に嘲笑へと変わった。


「お前、それで戦うつもりか? 死にに行くようなもんだぞ!」

「ははっ、せめて掃除スキルとかのほうがまだマシじゃねぇか?」

「ギルドに笑いを提供してくれてありがとな、新人!」


 笑い声と冷たい視線が突き刺さる。

 カナメは奥歯を噛みしめた。


(……予想はしてた。けど、やっぱキツいな)


 心が折れそうになるが、ここで退けば本当に何も残らない。


「スキルの有効性を試したいんですが……ここで試してもいいですか?」

 カナメは意地でも声を張った。


 受付嬢は少し戸惑いながらも頷く。

「え、ええ……ではこちらに」



 訓練用の広間に案内され、カナメは深呼吸をした。

 頭の中でスキルを意識し、想像する。


(本当は【ファイアボール】とか作りたい。でも俺が作れるのは“劣化版”だ……だったら、まずは小さな火種を)


 手をかざす。

 光が弾け、小さな火花が散った。


 ――パチッ。


 それだけだった。


 周囲は一瞬静まり返り、次の瞬間、大爆笑が巻き起こる。


「な、なんだ今の!? ライターの火より小せぇじゃねぇか!」

「スキル名つけるなら【チロチロ火】で十分だろ!」

「お前、それでモンスター倒せると思ってんのか!?」


 笑い声が渦を巻き、背中を押し潰してくる。

 しかしカナメは、その小さな火花を見つめていた。


 確かに弱い。攻撃力なんてゼロに等しい。

 けれど――。


(……悪くない。これが“最初の一歩”だ)


 彼は小さく呟いた。


「――スキル名は【スパーク】」


 笑われてもいい。

 だが、ここから始めてみせる。

 そう誓うように、一ノ瀬カナメは自らの初スキルを名付けた。

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