INFECTED HAVEN : survivalist server ~「セーフゾーン」が作れる俺のお気楽アポカリプスライフ~

ふゅーたー饅頭

第1話① 快適・アポカリプスライフ!

『INFECTED HAVEN』——新作VRサバイバルゲーム!


 俺、紗藤暮瑠(しゃとう・くれる)はその非VR版を500時間以上やり込んでいた。VR版がリリースされると聞いて「やらずにはいられないでしょ!」と即座に購入、ログインした。

 ハンドルネームは自分の名前を文字って『シャトークレール』。意味はフランス語で「明るい城」。我ながらシャレオツなネーミングだと思う。


 そうでもないって? まぁいいじゃんか。


 視界が明滅し、五感が現実から切り離される。


 次の瞬間——


『おかえりなさい、HAVEN市民』


 HUD画面が網膜に投影された。


「おかえりなさい?」


 非VR版では『移住をご希望の方。ようこそ、HAVEN市に』が最初の台詞だったんだけど。演出を変えたのかな?


 ま、いいや。気にしない気にしない。


――――――――――


[ステータス表示]

NAME: シャトークレール

クリアランスLv: 1

SKILL: [抽選中……]

感染進行度: ??%

正気度: ??/??


――――――――――


「お、スキル抽選か!」


 自分で選べるタイプじゃないんだな。


『ブレードマスター』『スナイパー』『デモリッシャー』――派手な戦闘系スキルが次々と流れていく。


 やっぱり戦闘系は強いんだよな。勿論、ピンチを切り抜けられるなら『ランナー』『タフガイ』なんかもいい。


 ま、何が来てもプロHAVEN市民である俺には問題はない!


 ルーレットが減速していき――


 カチッ、パンパカパーン。


『セーフゾーン』


「……おや?」


 プロHAVEN市民である俺にも聞き馴染みのないスキル。

 およそ想像はつくけど、実際はどんな効果だろうか。


――――――――――

[スキル取得]

【セーフゾーン】

効果:バリケードで囲んだエリアと内部にいる生存者の反応を感染体から認識不可にする。内部に感染体がいると発動せず、バリケードが剥がれると無効化する。

――――――――――


「しょっぱ……」


 無敵エリア!?


 と思ってちょっと期待してたけど、見えなくなるだけかぁ。


「悪くないけど、そもそもゾンビと戦いながらサバイバルするゲームだから……安全な拠点って楽しみを奪うのでは?」


 非VR版では拠点を作ると【ホード】という形でゾンビの襲撃が起きた。それが起きなくなるということだ。


 ……いや、逆に考えよう。


 ゾンビアポカリプスの中で、敢えて拠点作りに専念するのはどうだろう?


「いいじゃん! バリケードだらけでも中は快適に過ごせる、こだわりのマイホーム!」


 思い返せば非VR版で作った拠点は迎撃に特化し過ぎてQOLについてまるで考えてなかった。ゲームなんだから別に寝袋でも問題なかったかもしれないが、現実だったら気が滅入る。


 いいベッドで寝る。美味いご飯を食う。お気に入りの音楽を流して読書。――快適に過ごせる場所作りを目指す。


 折角の没入型ゲームだ。生活改善を主軸に遊んでいこう!


「よぉし、俺のお気楽ゾンビアポカリプスライフ、始めるぞ!」


* * *


「――ぎゃあああ!助けてぇ!」


 遠くで叫び声が聞こえる。


[現在地:HAVEN市-ネオンアンダー地区-スメラギ・アパート201号室]


 徐々に意識が鮮明になってくる。

 手を動かしてみる。肌の感じ、空気の感じ、何もかもが現実味がある。

 寧ろ、ゲームの中の方が現実っぽい気さえしてくる。


「おお……すげえ、完全に没入してる!」


 俺は周囲を見回す。

 アパートの一室らしい。部屋は随分荒れていた。床には空になった缶詰が転がり、壁際には何かを引きずった痕。隅には使い古された毛布が丸められている。


「誰かの隠れ家とか? 演出が凝ってるな」


 こんな所までリアルだなんて、感動しっぱなしだ。


 窓の外を見る。ここは二階建てアパートらしく、裏手の道を丁度見通せた。


「うわぁぁぁ!  助けて!」

「こっちに来るな! 来るなぁぁぁ!」


 ゾンビの群れが人を追いかけている。

 プレイヤー? それともNPC?


 血飛沫。断末魔。阿鼻叫喚。


「うわ、グロ……そういう所までリアルかぁ」


 すこしげんなりする。

 俺は気を落ち着かせながら窓から離れた。


 改めて部屋の中を見回す。


「さて、と。まずは掃除だな」


* * *


「――アクセス【ファブリケーター】」


 言葉にした瞬間、空中に青白い光が浮かび、銃型の端末が出現した。


「おお、こういう演出なんだ!」


 全プレイヤー標準装備の、銃型3Dクラフト端末――【ファブリケーター】。

 空き缶や瓦礫にスキャンをかけると、素材データとして分解・回収されるというご都合主義的なゲームアイテム。

 これで床がすっきりした。


「よし。次はバリケードだな……」


 HUD画面で【セーフゾーン】の発動条件を確認する。


『感染体の侵入経路がないエリアが必要』


 玄関ドアを見ると、数枚の板ですでに塞がれている。窓からベランダに出ると、202号室にベランダが隣接している。

 手すりの上に渡し板があった。これを渡れば、202号室を経由して部屋から出られるようだ。

 

「それと同時にゾンビの侵入口でもある」


 渡し板を外す。

 思ったより重く、よろめいてしまった。

 室外機の上においてあったガラス瓶を地面に落としてしまう。


「しまっ――」


 ガシャン、派手な音を響かせ、ガラス瓶が割れる。


 隣室の中で何かが蠢く気配がする。


「――うあぁ……」


 肺から押し出された意志のない呻き声。

 ぬるり、とベランダに出て来るゾンビ。

 くぼんだ目が俺を見据えると、両腕を振り翳して突進してくる。


 だが手すりに阻まれ、その指先は俺に届かない。


 俺は間近で見るゾンビのリアルさに言葉も出ない中、慌てて【セーフゾーン】を起動する。


『【セーフゾーン】:起動可能』


 HUD画面に通知が出た。


『【セーフゾーン】:起動しますか?』


 YES! YES!


『――【セーフゾーン】:起動』


 瞬間、201号室とベランダの床がほんのり光る。淡い青白い光。


「起動してるのか、これ?」


 ゾンビは相変わらず俺に向かって腕を伸ばしている。だが、徐々に動きに必死さがなくなっていく。

 暫くすると、目の前に俺がいるにも関わらず、何事もなかったかのように202号室の中へと消えていった。


「おおお……これがセーフゾーンか!」


 HUD画面に効果範囲が表示される。


――――――――――

[セーフゾーン:有効]

効果範囲:バリケードで囲まれたエリア全域

――――――――――


 渡し板を外したことで、ゾンビの侵入経路が完全に塞がれた判定らしい。


「よし、これで【セーフゾーン】ができた」


 それじゃあ次は——


「拠点の快適化だ!」


 俺はファブリケーターを構えた。

 クラフトには【エネルギーチップ】と【素材】が必要。

 初期装備でチップは3個もらえている。これで最低限のものは作れるはずだ。


* * *


「最初はベッドだ!」


 素材を選択し、エネルギーチップを1つ消費してクラフト開始。

 レーザーポインタに指示された先に青白い光が浮かぶ。ものの数秒でシングルベッドがそこに現れた。

 枕は硬め、柔らかめ、中間の3種類並んでいる。

 シーツも追加。肌触りがとことん良いやつ。


「生活の質は睡眠から! 寝具はどれだけこだわってもいい!」


 一日でみれば睡眠時間は4分の1を占める。

 昼寝も含めれば……なんと一日の半分を占めうるのだ。

 そこをおそろかにするなんてとんでもない!


 あと2個のエネルギーチップを使って、アロマディフューザーとBGMスピーカーをクラフト。


「ラベンダーは安眠効果抜群なんだよな」


 柔らかな香りが部屋に広がる。


「……ふぅ」


 思わず深呼吸してしまう。思い返せばこの部屋の空気は淀み切っていた。すえた匂いをアロマで追い出す。


 スピーカーからはヒーリングミュージックが流れ始め、外から響く血腥いBGMをかき消してくれる。


 間接照明も——あ、これは素材だけで作れるやつだ。

 暖色系の優しい光が部屋を包む。


完璧パーフェクション……!」


 俺はベッドに寝転がった。


 ふかふかのマットレス。ラベンダーの甘い香り。ヒーリングミュージック。


「最&高だ……」


 窓の外ではまだ微かに悲鳴が聞こえる。

 だが、この一室の中だけは完全に別世界。


「ま、こういう遊び方もしていいよね」


 俺は満足げに目を閉じる。


* * *


 しばらく満喫した後、俺はHUD画面を開いた。


――――――――――

[所持品]

ファブリケーター x1

エネルギーチップ x0

木材 x2

金属片 x1

――――――――――


「エネルギーチップは使い切っちゃったか」


 快適な拠点を作るには、もっとクラフトが必要だ。

 ソファとか、冷蔵庫とか、調理器具とか——色々欲しい。

 そのためにはエネルギーチップと素材を集めないと。


「よし、探索に出るか」


 俺は立ち上がり、キッチンからナイフを一本取り出す。

 渡し板をベランダに敷く。202号室の様子を伺う。先程までいたゾンビの姿は見当たらない。

 202号室を経由して廊下に出る。静かだ。ゾンビの気配はない。


「いざ、初探索へしゅっぱーつ!」


 俺の小さなお城をもっと快適にするために、頑張るぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る