追放された無能悪役貴族ですが、実は【万物創造】スキルで最強の道具を作れます~国外で工房を開いたら、かつて俺を追放した帝国が泣きついてきた~

☆ほしい

第1話

俺が悪役貴族のアッシュに転生したと、気づいたのは物心がついた頃だった。

目の前には、きらきらと輝くシャンデリアが下がる高い天井が広がっている。

見るからに高そうな家具や飾りが、部屋中に置かれていた。

メイドたちは俺のことを「若様」と呼び、かいがいしく世話をする。

そして、鏡に映った自分の姿は銀色の髪に空色の瞳を持つ、人形のように整った顔立ちの少年だった。


この状況には、どこかで見覚えがあったのだ。

そうだ、これは前世で俺が夢中になっていたゲームの世界だ。

国家を運営するシミュレーションRPG、その名も『帝国の黎明』だった。

そのゲームに出てくる、典型的な引き立て役のキャラクターがいる。

それが、アッシュ・フォン・ガリレイという貴族の少年だった。


彼は由緒正しいガリレイ公爵家の、跡継ぎとしてこの世に生を受けた。

しかし、何の才能にも恵まれなかったのだ。

ゲームの主人公は、平民から成り上がった英雄だった。

アッシュはその英雄に嫉妬して、くだらない嫌がらせを何度も繰り返してしまう。

その愚かな行いが原因で、彼は家門から追い出される運命だった。

物語の最後では、みじめに死んでしまう結末を迎える。


そんな未来が決まっているキャラクターに、俺はなってしまったらしい。

「冗談じゃない!」

俺は、思わず声を上げてしまった。

過労で倒れるまで働いた前世もひどかったが、今世も悲惨な結末が確定しているなんて。

絶対に、そんな運命は受け入れたくない。

ゲームの筋書き通りに、動いてたまるものか。

俺は、固く決心した。


悪役貴族らしく振る舞うのは、もうやめよう。

目立たず騒ぎも起こさず、地道に生きて破滅の未来を避けるんだ。

そう決めてから、俺はひたすらおとなしく毎日を過ごした。

公爵家の跡継ぎとして、最低限の教養やマナーは体に叩き込まれた。

それは、仕方なく受け入れるしかなかった。

だが、剣術や魔法の訓練には、全く身が入らなかった。

どうせ才能がないことは、ゲームの知識で分かっているからだ。

下手に期待を持たせるだけ、時間の無駄だと思った。


「アッシュ、また訓練を怠けていたそうだな」

冷たい声が、俺の背後から響いた。

振り返ると、そこには厳しい顔つきの父が立っていた。

彼の名前は、オルティウス・フォン・ガリレイだ。

この人はガリレイ公爵家の当主で、帝国でも指折りの魔法騎士だった。

「申し訳ありません、父上。少し体調が優れなくて」

「言い訳は聞きたくない。我がガリレイ家に、弱い者は必要ない」

父の言葉は、いつも氷のように冷たかった。


俺に向けられるその瞳には、失望の色がはっきりと浮かんでいた。

それも、仕方のないことだろう。

ガリレイ公爵家は、代々優秀な魔法騎士を輩出してきた武門の家系なのだ。

その跡継ぎである俺に、剣や魔法の才能が全く見られないのだから。

「兄さん、無理しちゃだめだよ」

俺の隣に、心配そうな顔をした少年が駆け寄ってくる。

彼もまた銀髪に空色の瞳をしているが、その輝きは俺とは比べ物にならないほど強い。

彼の名前は、ノア・フォン・ガリレイ。俺の弟だ。


彼はゲームの重要人物の一人で、誰もが認める天才だった。

幼いながらに高度な魔法を操り、父からも大きな期待を寄せられているのだ。

「ノアか。大丈夫だ、ありがとう」

「でも、顔色が悪いよ。父上、兄さんは本当に具合が悪いんだと思います」

ノアは俺をかばうように、父の前に立った。

健気な弟の姿に、俺の胸は少しだけ温かくなる。

ゲームの中のアッシュは、この優秀な弟に嫉妬して、とても辛く当たっていた。


だが、今の俺にそんな感情は全くない。

むしろ、こんな出来の悪い兄を持ってしまったことに、同情するくらいだった。

「ノア、お前は下がっていろ。アッシュ、お前には失望した。次の訓練までに、せめて剣の素振りくらいはまともにできるようになっておけ」

父はそれだけ言い残すと、冷たく背を向けてその場を去っていった。

残されたのは、重苦しい空気だけだった。

「兄さん、ごめん。僕のせいで…」

「お前のせいじゃないよ、ノア。だから気にするな」


俺は、ノアの頭をそっと撫でた。

弟は何も悪くない。悪いのは、この世界の不公平な仕組みだ。

才能が全てを決め、才能を持たない者は見下される。

そんな日々を過ごし、俺は十五歳になった。

この世界では、十五歳になると教会で特別な儀式が行われる。

それは、神からスキルという特別な力を授かるための儀式だ。

スキルは人生を大きく左右する重要なもので、多くの者がこの日を夢見て待っている。


もちろん、俺も例外ではなかった。

もしかしたら、ここで強力なスキルを授かることができれば、俺の未来も変わるかもしれない。

そんな、かすかな期待を抱いていたのだ。

儀式の日、俺はノアと一緒に豪華な大教会を訪れた。

たくさんの貴族たちが集まる中、俺たちガリレイ家の席は最前列に用意されていた。

周りからの視線が、痛いほどに体に突き刺さった。


「あれがガリレイ公爵家のご兄弟か」

「弟君は神童として有名だが、兄の方は平凡だと聞くぞ」

「スキル授与で、その差がもっとはっきりするかもしれんな」

ひそひそと交わされる会話が、嫌でも耳に入ってくる。

もう慣れたものだ。俺は気にしないふりをして、まっすぐ前だけを見つめた。

やがて、厳かな雰囲気の中で儀式が始まった。


名前を呼ばれた者が一人ずつ祭壇の前へ進み、そこにある水晶に手をかざす。

水晶が光を放ち、その者のスキルが明らかになるという仕組みだ。

【火魔法レベル3】や、【剣術強化レベル2】、【鑑定】など。

様々なスキルが、次々と人々に授けられていく。

その中でも、ひときわ大きな歓声が上がったのはノアの番だった。

「ノア・フォン・ガリレイ!」


名前を呼ばれ、ノアが堂々とした足取りで祭壇へ向かう。

彼が水晶に手を触れた瞬間、まばゆい金色の光が教会全体を包み込んだ。

「おお、なんという強い光だ!」

「まさか、あのスキルは…!」

ざわめきが大きくなる中、神官が驚きに満ちた声で叫んだ。

「スキル【聖剣技】!ランクはS!なんと素晴らしいことでしょう!」

Sランクスキル。それは伝説ともいえる力で、百年に一人現れるかどうかの奇跡だ。


教会の中は、割れんばかりの拍手と賞賛の声に包まれた。

父も、満足そうに頷いている。

さすがは、ゲームの重要キャラクターだ。

俺は自分のことのように嬉しく思いながら、弟に大きな拍手を送った。

「兄さん、見てて。きっと兄さんにも、すごいスキルが授かるよ」

席に戻ってきたノアが、興奮した様子で俺に言った。

その純粋な瞳が、少しだけまぶしく感じられた。

「ああ、そうだといいな」


そして、ついに俺の番がやって来た。

「アッシュ・フォン・ガリレイ!」

俺は静かに立ち上がり、祭壇へと歩を進める。

緊張で、心臓が大きく鳴っていた。

どうか、まともなスキルでありますように。

俺は祈るような気持ちで、水晶にそっと手をかざした。

その瞬間、水晶はとても奇妙な色に光った。

それは何色とも言えない、虹色のようにも黒のようにも見える不思議な光だった。


神官は眉をひそめ、水晶に刻まれた文字を読み上げる。

「スキル…【万物創造】。ランク…測定不能」

教会の中が、水を打ったように静まり返った。

【万物創造】、そんなスキル名は聞いたことがない。

それに、ランクが測定不能とは一体どういうことだ。

「測定不能…つまり、ランクがないということか?」

「おそらくは、何の役にも立たない『外れスキル』なのだろうな」

「ガリレイ家の跡継ぎが、まさかそんなものを授かることになるとは」


再び、周りのひそひそ声が聞こえてくる。

その声には、先ほどまでの賞賛とは全く違う、あざけりと軽蔑の色がこもっていた。

俺は、呆然と立ち尽くす。

これが、俺に与えられたスキル。これが、俺の運命だというのか。

父の席を見ると、彼は顔を真っ赤にして、怒りに震えていた。

その瞳は、もはや失望を通り越して、憎しみすら感じさせるほどだった。


家に帰ると、待っていたのは地獄のような時間だった。

「恥を知れ、アッシュ!」

父の怒鳴り声が、広い応接室に響き渡る。

俺は彼の前に立たされ、ただ黙ってうつむいていた。

「ガリレイ家の名に泥を塗りおって!測定不能のスキルなど、聞いたこともない!お前は我が一族の恥さらしだ!」

「父上、お待ちください!兄さんは…」

ノアが俺をかばおうとしてくれるが、父の怒りは全く収まらない。


「ノア、お前は黙っていろ!いいか、アッシュ。もう我慢の限界だ。お前をガリレイ家の者として、認めるわけにはいかない」

父は冷酷な声で、俺に最後の言葉を突きつけた。

「お前を勘当する。今すぐこの家から出ていけ。そして、二度とガリレイ家の敷居をまたぐことは許さん」

勘当。それは、家から追い出されることを意味していた。

貴族としての地位も名前も、全てを失うということだ。

ゲームの筋書き通り、俺は家を追放される運命にあるらしい。


だが、俺の心は不思議と落ち着いていた。

この息苦しい家から出られるのなら、それも悪くないかもしれない。

才能がないと見下され、常に弟と比べられる日々はもううんざりだったのだ。

「…分かりました、父上。今まで、お世話になりました」

俺は、淡々と頭を下げた。

その態度が、余計に父の怒りを買ったらしい。

「その態度はなんだ!少しは悔しがったらどうだ!」

「悔しいも何も、俺には才能がないのですから。仕方ないことでしょう」

「貴様…!」


父が、今にも殴りかかってきそうな勢いで立ち上がる。

それを、ノアが必死になって止めた。

「父上、おやめください!兄さん、行かないで!」

泣きそうな顔で、俺にすがりつくノア。

俺は、この優しい弟と別れるのが少しだけつらかった。

「ノア、元気でな。お前なら、立派な騎士になれるさ」

「嫌だ!兄さんと一緒じゃなきゃ嫌だ!」

「ごめんな。でも、もう決まったことなんだ」

俺はノアの手をそっと離し、彼に背を向けた。

これ以上ここにいたら、心が揺らいでしまいそうだった。


必要最低限の荷物と、わずかな金貨だけを渡された。

俺は夜の闇の中へ、一人で追い出された。

巨大な屋敷の門が、目の前で無情にも固く閉ざされる。

こうして、俺アッシュ・フォン・ガリレイは、十五歳にして家を追われた。

これから、一体どうすればいいのだろうか。

とりあえず、このガルニア帝国から出る必要がありそうだ。


追放された身で、国内に長くいることはできない。

幸い、隣の国であるエルム王国は、帝国からの亡命者を広く受け入れていると聞いたことがある。

まずは、そこを目指して歩くことにしよう。

俺は、エルム王国へと続く街道を一人で歩き始めた。

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