Last Evolution~僕と機械の関係について

千里

第1話  

 この世界は灰色だ。

 人々が着ている服から建物から、何もかも全てが灰色。

 でも、きっと誰も気にしていない。

 いつからか、この世界には色彩の概念すら無くなっていた。

 個性も何もかも無くなってしまった。

 同じ形の建物が並び、皆が同じ服装をして、そして、無表情。

 【何か】について考えることは非効率で、思考は禁忌とされていた。

 毎日決まった時間に起床して、決められた固形物を摂取して、決められた事柄を行い、決められた時間に就寝する。

 誰かが言っていた。

 この世界は争いもなく、人々は平等で、それはユートピアだって。

 大昔、この世界の外、地上に人々は暮らしていた。

 争いや天災で地上に住む人々は疲弊していた。そんな中、世界中の原子力発電所という巨大な施設が崩壊し、地上は大量の放射線で汚染されてしまった。即ち、それは人間が住める状態ではなくなってしまった。

 だから、地下にこの世界、【帝国】を作った。

 完全で完璧な人工知能、通称【機械皇帝】を中心に作り上げた理想の世界。

 それがこの世界だ。

 この世界は完璧なんだ。

 でも、何かが違う気がする。

 何か変な気がする。でも、僕には関係ない。どうせ何かが違うと思っても、僕なんかが世界を変えることは出来ない。

 緻密に作られた機械皇帝のシステムコードを眺めながら、帝国のエンジニア、イオ・ハーネットはぼんやりと、そう【思って】いた。


 イオは帝国の中心、パレスと呼ばれる建物に勤務していた。

 そこは機械皇帝がいる場所。

 今日もいつもと変わらない、いつもの場所でいつもの作業を行う。

 何も変わらないいつもの光景。

 イオも自分に宛てがわれたブースで何も思わずに淡々と作業をしていた。

 目の前のモニターに機械皇帝のシステムコードが並んでいる。

 整然と並ぶその文字列は完璧で修正する必要は全くない。

 それ程機械皇帝のシステムが完璧だったのだ。

 イオ達エンジニアの仕事はこの文字列に異常がないか確認することが主な業務だった。

 でも異常など起こることはなかった。何故なら機械皇帝には修正プログラムがあり、仮に何か異常が起きたとしても、機械皇帝で修復してしまう。

 帝国のエンジニア達はただそこで見張っていればいいのだ。

 イオは毎回見惚れてしまうのだ。

 無駄も隙もない完璧な文字列、緻密に作り上げられたシステムコード。

 自分もこんなプログラムを作ってみたいと憧れていた。

 でもそれは叶わないことだ。この帝国内では思考は禁忌。

 そんなこと、出来るわけがない。

 流れてくる文字列を眺めながら、イオは淡々を作業するしかなかった。

 そんな時だった。

 ドシンと大きな音がした。

 イオは思わず仕切られているパテーションの隙間から横を見た。

 イオの隣のブースにいた同僚が倒れていた。

 全身から血が吹き出し、泡を吹いていた。

 他の同僚達は気が付かないようだった。もしも気がついたとしても、気に掛ける様子はにない。だって他人に構っていたら、非効率だから。

 イオの頭の中に埋め込まれているナノシステムが、機械皇帝にアクセスし、これが【MAD】であると教えてくれた。

 ナノシステムが埋め込まれたことで、帝国に住む人々は体調を機械に管理されていた。あらゆる病気怪我を瞬時に治し、脳が老衰で機能停止するまでの100年以上生きることが出来るようになった。

 でも唯一直せない病気が、MAD。突然発症し、即、死に至る原因不明の病。

 この帝国で年に数十人が発症し、亡くなっている。

 今まさにイオは同僚が死んでいく様を見ていた。

 同僚は何も言葉を発することもなく、息絶えた。

 そこにあったのは【死】

 イオはゾクっとした。

 いつかはそうなる。

 でも、こんな簡単に死んでしまうなんて。

 しかし、数分も経たない内に作業員が現れ、遺体となった同僚を運び出した。飛び散った血と体液を拭き取り、あっという間に全てを片付けていった。

 何事もなかったかのように元通りになっていた。

 そこに同僚がいないだけ。

 イオはふと思った。

 あの同僚の名前は?どんな人間だった?

 イオは死んだ同僚のことを何も知らなかった。

 でも知ったところで何かがあるわけじゃない。

 非効率なだけだ。

 イオはいつものように定刻になったら仕事を終え、真っ直ぐに家に帰るだけ。

 何も変わらない日常。

 MADに罹らなければ100年以上この日常を繰り返す。

 繰り返す?ずっと同じことを?

 それでいいの?

 いつもそう思うが、イオに何かが出来るわけじゃない。

 イオはいつも通りに家に帰ろうとしていた。

 そして、モニターを見た。

 そこにはあってはいけないバグがあった。

 いつもなら機械皇帝の修正プログラムで直ぐに元に戻るのに。

 イオは椅子に座ると、整然としているプログラムの中に、小さな異常を削除する為に決められたコードを入力する。

 それでもそれは元に戻らない。

 イオは焦った。

 何度もコードを入力してもそれは弾かれる。

 何をすればいいのか、わからない。

 上司の指示を仰ごうとするも、定時でほぼ全員が帰宅していた。

 心臓がバクバクしていた。

 今までこういったことはなかったからだ。

 ふと思った。

 ここだけプログラムを書き直す。

 小さな小さな異常。

 元に戻るように指示を出せばいい。

 決められたコードではなくて、イオがプログラムを書く。

 自分が何かを生み出すなんて、それは禁忌。

 でもここを見逃せば、きっと大変なことになる。

 イオは大きく息を吐いた。

 やるしかない。

 プログラムの書き方は習ってきたからわかっていた。

 それに憧れていたことだ、彼の脳内ではもう書くべきプログラムは出来ていた。

 それを指定コードではなくて、イオの書いたプログラムを書き足した。

 そして、イオはモニターを眺めた。

 異常な文字化けはイオのプログラムに依って書き換えられ、そして、元の文字列に戻っていった。

 イオは机に突っ伏した。

 心臓がバクバクしていた。

 とんでもないことをしてしまった。

 数行のプログラムだったから、すぐに対処出来た。でも今イオは行った行為は明らかに禁忌を破ることで、後で何を言われるか。絶対に怒られる。

 でも、緊急事態だったし、きっと大丈夫。

 色々思考してはダメだ。早く帰らなくちゃ。

 イオは急いで帰り支度をすると、飛び出すように、部屋を出た。

 

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