真章:第29話【創世期③】

「ふん! 何が想像力だ。君達は、そのご大層な想像力を持って何を語ろうというのだね!」

すでに事務次官も苛つきを隠さない。

そこへ、

「発言、宜しいでしょうか?」と、奏。

「どうぞ、奏さん。」黒崎医師が発言を促す。

「先程、黒崎先生が発表した新たなデータである『甦生現象の若年化』。そしてと、甦生者を死者として扱う法律…いえ、『甦生者を再び葬る新法案』。この二つを掛け合わせた未来がどのようなものか。想像をできますか?」

「未来の姿、だと?」

「はい。今、この対談をご覧になっている方々も、一緒に想像してみて下さい。」

その言葉の後、奏は一息、深呼吸する。

惨劇の記憶を、自身の死の記憶を思い出し、目の前の為政者達と、そして視聴者に向けて語る為に。

「これは、私の想像かもしれません。しかし、来たる未来の一つの姿だと確信して、皆さんにお伝えします…。」

そして、奏は語る。あくまで想像だと言われれば返す事なもないのだが、ここで語らねば、もう機会はないかもしれない、人類に降りかかる災禍の記憶を。

立志が語り、奏の記憶の奥底に眠る、惨劇の未来の光景を。

全国各地で発生する甦生化現象について、甦生者を人類に仇なすゾンビとして扱い、制定された『ゾンビ駆逐法案』と呼ばれる法律のもとで、甦生者の駆除を始めた。

しかし、甦生者の駆逐は、さらにその規模を拡大し、これから甦生しかねない高齢者を虐殺。

結果、世の中から高齢者は消え失せた。

しかし、若年層の甦生化現象が始まり、しかし、社会が選んだゾンビ撲滅の流れは消える事なく、

そして、政府は、人は、社会は、化け物になる前に、人として尊厳を持ったまま、人類のまま、滅ぶ事を選んだ…。

「そんな社会が訪れた時としたら、皆さんなら、どう思いますか? 何を感じますか?」

改めて奏は深呼吸をし、口を開いた。

「私なら、きっと、こう思うでしょう。『死にたくない。でも生きたくもない…』と。それこそが、希望の欠片も見えない、真に絶望の社会でしょう…。」

奏の語りが終わった。

それは静かな語りだった。

しかし会場には、まるで雪の如く冷たく重い雰囲気が立ち込める。

会談の場に沈黙が舞い降りる。

沈黙を破ったのは、事務次官の叫びだった。

「荒唐無稽だ! 戯言だ!」

為政者は否定する。受け入れられない。受け入れられるはずがなかった。

「そうでしょうか?」

晋也が発言する。

「甦生化現象の若年化は、データとして確かに存在します。そして、政府の新法案が『ゾンビの滅殺』を示す事は明白です。という事は、今、彼女が語った未来が訪れる可能性は、ゼロじゃない。俺たちは、その未来を止める為に、ここにいます。」

「なるほど。それが、君達の目的なんだね。」

晋也の言葉に、総理は穏やかな声で応える。

「ええ。そうです。今からでも間に合います。この蘇生化現象を、『ゾンビの発生』…つまり『災害』を念頭にした災害対策基本法を根拠法にするのではなく、社会保障制度の観点から成る介護保険法や障害者基本法のように、緊急的な措置や保護も含めた弱い立場の人々を守護する為の制度に変更できないでしょうか?」

「何を言っているのだね!」

「法改正など! この場で語ることではないだろう!」

「もう既に遅いのだ!」

為政者達は口々に否定の言葉を口にする。

しかし、晋也は冷静であった。

奏は、一つ間違えれば妄想とも言われ兼ねない社会の行く末を語った。それは勇気のある行動だ。

晋也も、奏の勇気に負けるわけにはいかないのだ。





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