Do you hate fireworks?への応援コメント
人生は最後の1秒まで使いきる、は名言ですね
作者からの返信
感想&レビューありがとうございます!
歯磨き粉のチューブを最後まで絞るように! ですねw
Do you hate fireworks?への応援コメント
切なくて、優しいお話でした!
幸せに全力で生きる姿に元気をもらいました!
企画参加とっても嬉しいです!
素敵な作品ありがとうございました😊
作者からの返信
感想&レビューありがとうございます!
企画お疲れ様です。すごい数集まってますねー。
幸せに全力で生きる……まさにそれですね。元気を与えられたなら私も書いた甲斐がありました。またよろしくお願いします!
編集済
Do you hate fireworks?への応援コメント
時間をおいて三度読み返しました。最初、二十年に渡る歳月を一歩引いた語りで読ませる文章に、どちらかといえば悲しいお話なのにふんわりとした暖かい空気を感じました。二度目に、一つ一つの文章が短くて散文詩のようで、それがこの空気感の素なのかと。三度目は、花火に仮託された物語のように思いました。ラストの、子や孫に囲まれて、火のついたように泣き出した赤子から次々と笑顔が広がるところ。笑顔が咲くという慣用句があるように、彼女と同じ、まるで花火大会みたいだと感じました。
実は、みなさんとのコメントのやり取りを読んで(全部きっちり読んだわけではありませんが)、そっちの方にアテられてしまいました。物語を読み取る力とか、よいものを書こうとする熱みたいなものとか。それで、ツッコミどころを探そうともしたのですが、私にはなかなか難しいことでした……。
作者からの返信
丁寧な感想、ありがとうございます!
文字数は少ないながら長いスパンの物語なので、出来るだけ淡々と書くことは心がけました。文字数絞る意味でも。
とはいえ人物が記号だと味気ないので、過去や気持ちの変遷は削れなかったのですが、そこが功を奏したのかもですね。
「花火大会」は自分ではいい締め方だと自負していたんですが、あまり感想で触れてもらえていなかったので嬉しいです。
いやー、私が本音の感想しか書けないので、感想も本音の方が多くなっていますが(今回は近況ノートでお願いもしましたし)、思ったことをそのまま書けば感想は十分だと思いますよ。個人的には読んで気になった部分なんかも率直に書いて頂けるほうが、改善点が見つけやすいのでありがたいですが(全て直せるとは限りませんけど)。
私が一番困るのは、お世辞みたいな感想で、本当に読んでるかも怪しく思えるやつです。その意味だとsakamonoさんはきっちり読んでいただけてるのが伝わり、素直に喜べました。
また機会あれば、よろしくお願いします。
Do you hate fireworks?への応援コメント
遅ればせながら拝読させて頂きました。
まず多くの方が仰っておられるのは「ご都合主義」と「タイトル詐欺」ですね。
確かに両方とも正しいと思います。
「都合よく新薬が間に合った」というのは確かに「ご都合」を感じますし、それによって延命していますから「タイトル詐欺」であるとも感じます。
ですが本作は「これで良い」と、個人的には思いましたね。
「ただ彼女を看取って終わる」という悲恋も良いとは思いますが、本作のテーマはそこではないですからね。
「花火のように生きる」がテーマなのでしたら、それを分かりやすく伝えるために「子や孫」の存在は欠かせなかったのだと思います。
「余命三カ月」では、どうしてもハッピーエンドではなくビターエンドになってしまいますからねぇ。
また「50年、60年生きた」のではなく「20年」としたのは、梶野カメムシさまの「ご都合」に対するささやかな抵抗と感じたのですが、いかがでしょうか?
そんなことは関係なかったですかね?w
個人的には「孫まで出すなら、そんなギリギリにしなくても……」なんて考えてはしまいましたがww
それと「タイトル詐欺」に関してですが、ここは個人的には全く気になりませんね。
導入部分としては正しい情報ですし、タイトルで結末まで書いてしまうのは良くないと思いますし。
1,000文字ちょっとの短編なので詐欺と思われる方もいらっしゃるかとは思いますが、これがもし連載長編だったなら「結末で前提がひっくり返るから」と詐欺呼ばわりする人はいないと思います。
最後にですが、1,000文字ちょっとの長さであるのは作品テーマと合致して良いですねっ。
この短さでまとめるのも流石ですが、まさに「花火のように」一瞬で物語が流れていく様に感嘆としてしまいました。
作者からの返信
感想ありがとうございます!
ご都合については一応改定して、多少なり伏線は入れましたが、どうでしょうねえ……言い訳程度の代物ではありますがw 「ご都合上等」との声も割とあったので、双方の間に立った形ですが。
タイトルについては、それこそ詐欺は確信犯(誤用)なので気にしないんですが、既存作品に似すぎてるという点がモヤモヤしていて、かなり悩んだんですが、もうこれしかないか……と変更なしです。オリジナリティ優先の私としては珍しい結論ですが、実際に並べてみて、結局これが一番しっくり来たので。
>また「50年、60年生きた」のではなく「20年」としたのは、梶野カメムシさまの「ご都合」に対するささやかな抵抗と感じたのですが、いかがでしょうか?
これはご指摘どおりかと。大往生したらそれこそご都合だと思いますしw
あと、三十代という中途半端な年齢にしたのは、果たしてこれが幸福なのか不幸なのか、捉え方次第で別れるところだから、というのもあります。
果たして幾つまで生きれば人は満足するのか。それとも何歳まで生きても不満に思うのか。主人公らは花火のように生きたわけで、そこに時間の概念は関係ないのでは?という問いかけを暗にしたつもり……でした。
>個人的には「孫まで出すなら、そんなギリギリにしなくても……」なんて考えてはしまいましたがww
二十年がきりがよく、早婚出産を印象づけられるからですね。三十代で孫!と四十代で孫!ではインパクトが違うのでw
短編早回しの書き方は、以前「チョコレートの魔女」という作品で評価良かったので、今回も使ってみました。
本当は千文字に収めたかったんですが、梶野のダイエット力ではラスト100文字がどうしても減らせず、あきらめました。まあダイエット優先させて物語が面白くなくなったら元も子もないですしね。
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タイトル見て、えっ、梶野さんがこんなキュンキュンした話をっ? と目を疑い、ページに飛んでみて、えっ、とうとう散文詩に手を染めた? いったい何があったっ? みたいに眉根を寄せてたんですが 笑、中段以降で「そういう狙いかっ」と膝を打ちました。
なるほど、これはショートショートならではのストーリーですよね。前半部分だけだと、「このまま長編にしてよ」って感想でいいかな、と思ってたんですけど、逆にこれは長編にしちゃいけない ^^。この分量、この早回し感だからこそ輝く話だと思います。
ちなみにこれ書く時点でノートの方はまだ読んでないんですけど、そういうわけで私はこの作品、失敗部分など全く感じません。いつもながらのムダなところが全然ない、キレッキレのショートショートだな、と言う感想しかありません。エモさも山盛り、と言う点では、さらにひと回り評価が上がってる感じです。
タイトルは、まあ完璧とは言わないにしても、これでええんじゃないでしょうか。付け加えると、この話は一種我々の世代ならではの遊びと言うか、謀反気が感じられます。つまり、「タイトル見てぴちぴちの十代の話だと思っただろ? 年食ったキャラでもピュアなラブストーリーでキュンキュンさせられんだよ、ざまー見ろ!」みたいな? ええ、これは単に、日に日に老化を意識しつつある湾多の醜いやっかみを押し付けただけかもしれませんが……。
うん、いいもの読みました。ってか、連載のラストで追い込みかけてる時に、こんな完成度の高い作品、読ませないでほしい(←やつあたり)。
作者からの返信
感想ありがとうございます!
おおう……湾多さんが短編に星3をつけてる……まるで自信のない作品だったのに複雑です。いや嬉しいですけど!w
ご指摘の通り、今作はよくある「短命悲恋もの」を装いつつ、その後まで延長してしまうという意外性を目玉として考えたものです。手を握るシーンが20年後のとことか。ここらへんは「予想外の展開」という感想が多かったので成功した感じです。
>「タイトル見てぴちぴちの十代の話だと思っただろ? 年食ったキャラでもピュアなラブストーリーでキュンキュンさせられんだよ、ざまー見ろ!」
そこまでは思ってませんでしたが、20年後でも二人の関係が変わらず、それが花火の思想と重なる……という部分は意識してましたかねw キュンキュンしていただけたなら何よりです。
いやー、正直完成度については我ながら疑問符が飛び交っていますが、コメントは総じて悪くない感じで、ま、まあいいか……という気持ちになりつつあります。
連載完結までもうひと頑張りしてください。私も追いかけますんで。
Do you hate fireworks?への応援コメント
私などが言ってもアレですが、新薬の件、私は気になりませんでした。むしろ、ここはリアル過ぎないほうが馴染む気がしました。
短いお話だし、星新一さんのショートショートもこういうところはすっ飛ばしてた気がします。
スロ男さんもおっしゃってますが、人間は少々身勝手な方がいいと私も思っています。そうじゃないとホントに一歩も動けなくなります。
昔、何かで読むか聞いたかした話で、人間限定か生き物全般かは忘れましたが(なんともいい加減な話ですみません)平均寿命が短くなると出産年齢が下がるとか……。
だとしたら、この家族も命として真っ当ですよね。
なーんて事を考えながら読んでました。
皆さんに比べてとても拙い感想で申し訳ないですが、気がつけば、いろいろ考えてしまう余韻の長いお話でした。
ありがとうございました。
作者からの返信
感想ありがとうございます!
ふむふむ、ゆかりさんは伏線不要派ですか。悩ましいところですね……改訂なしに少し寄りつつ、もう少し考えてみます。不自然でないよう挿入できれば、双方のいいとこ取りできますし。
私も、現代人は過剰に抑圧的というか、自己抑制を他人にも求めるような風潮が行き過ぎてる風に感じます。おっさんだからか関西人だからかはわかりませんが。
道徳的でなくても世間に迷惑をかけず、二人の世界で生きていくなら、それは責められるべきではない……と思っているのかもしれません。
平均寿命と出産年齢については、動物については明白ですね。ネズミとか。
人間はどうかわかりませんが、戦後にベビーブームが起きたのは、やはり人が減った=平均寿命の低下と関係あるのかも。今の少子化問題も、本当にヤバいと世間が肌で感じ出したら、自然と回復していくのかもしれません。ちょっと楽観的過ぎますかね?w
読んで楽しく、色々考えていただけたなら、この話を公開した意味はあったと思います。重ねてありがとうございました!
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読ませていただきました。
基本的にはこの話、好きです。面白かった。
現代ファンタジーだと思いますのでご都合主義とかは私は全く気にしないのです。
ご都合主義上等、かと。
まず好きなとこを。
人生を花火になぞらえて、短命であってもその一瞬を懸命に、
ここまではまあ想像できるのですが、
延命できて、それなりに人生を謳歌(あえて謳歌と言おうと思います)してもなお、
人生を花火になぞらえている。
寓話的かも知れませんが、余命とか関係なくみんなその一瞬一瞬を生きてるんですよね。
筆者の意図かどうかはわかりませんが、最後が「花火」ではなく「花火大会」となっているのも象徴的にか読みました。
花火になぞらえたときに、主観的に花火の立ち位置から考えがちだと思うのですが、大会とすることで観客の視点が入るのですよね。
どう生きるか、どう周りの人と関わっていくか。そんなテーマを感じました。
で、気になった部分ですが、
前述の読み方をしているもので、どうしても主人公たちの両親のことを思いました。
彼女の両親と疎遠になっていたかはわかりませんが、疎遠になっていた主人公の両親にしても
こんな性格の彼女が放置するとも思えないのですよね。
そうなると、最後のシーンで子供と孫だけではなく、両親もいてよかった。いや、いるべきだったと私は感じました。
特に、新薬が開発されて、余命が伸びて孫までいるんですから、喜ばなかったわけはないと思うんですけどね。
タイトルは、まあ詐欺ですね。
このタイトルなら余命そのままで息を引き取っての切ない系の読後感を期待するよね。
好みの問題ですが、私なら短いタイトルを付けそうです。
(花火はモチーフそのままなので多分使わないと思う)
最後にツッコミどころというか
たぶん計算してだと思いますが、20年で子供だけでなく孫まで!
「大人に言えないこと」「赤面」とあるので、この時点で仕込みがあって、それぞれ早く結婚して。
30年くらいにしておけばスルーするのに、20年だから思わず計算しちゃいました^^
あまり長く書くと、本文の分量を超えそうなので、このあたりでww
作者からの返信
おお、こちらも長い感想をありがとうございます!
>現代ファンタジーだと思いますのでご都合主義とかは私は全く気にしないのです。
>ご都合主義上等、かと。
なるほど、そういう割り切りもアリですよね。梶野は細かいことが気になる性質なので、自作でも気になると何とかしたくなるのですが、ううーん。
まあ、さりげなく無理のない範囲で伏線張れるなら改稿、無理なら泣かせてもらう……という感じでいきますかw
>寓話的かも知れませんが、余命とか関係なくみんなその一瞬一瞬を生きてるんですよね。
ここらへんは一番伝えたかったところなので、嬉しいです。
>花火になぞらえたときに、主観的に花火の立ち位置から考えがちだと思うのですが、大会とすることで観客の視点が入るのですよね。
>どう生きるか、どう周りの人と関わっていくか。そんなテーマを感じました。
おお、視点的な意味合いは正直考えていませんでしたw そうか、そういう読み方もあるのか。
花火大会で締めたのは、二人の間で共有されていた「花火」が、家族に広がり、この先も増えていくだろうことの象徴のつもりでした。なので「どう周りの人と関わっていくか」が正解だと思いますが、そういう解釈も面白くていいですね。
>そうなると、最後のシーンで子供と孫だけではなく、両親もいてよかった。いや、いるべきだったと私は感じました
ううーん、なるほど。
これは全然考えてなかったので唸りました。正直、私の中では「子供を見捨てる親」の時点で物語からフェードアウトしてました。彼女が仲を取り持とうとするのは同感ですが、主人公も両親も容易に関係修復できるとは考えにくいところ。それでも短命の行動力で何とかしそうではありますが……ううーん。
とりあえず保留しますが、じっくり考えてみます。まさか千文字の話の背景にこんな悩むことになるとはw
ちなみに彼女の方は両親とも亡くなってる設定です。一言も触れてませんけど。
>タイトルは、まあ詐欺ですね。
ですよねえ……何かこれというタイトルがあれば、今からでも変えるんですがね。どうもしっくりこなくて。
>たぶん計算してだと思いますが、20年で子供だけでなく孫まで!
一応計算してありますw
二人が施設を出た後、「結婚した」と書いてないのもそれが理由です。
いや、十分熱量伝わる感想でした。
重ねてありがとうございました!
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こんばんは。
ノートでいろいろ書かれているので来ましたw。う~ん、率直に言うと、前の方と同じでちょっと新薬が唐突ですね。やや抵抗感を覚えるどんでん返し。でも、そこだけもう少し丁寧に記述すればよいかなと思います。いいお話でした。
作者からの返信
忌憚ないご意見、ありがとうございます。
そこについては私も失敗を認めているところです。伏線を何とか差し込めるかどうか、試してみます。セルフ文字数制限もあきらめたことですし。
Do you hate fireworks?への応援コメント
Xで仰っていた短編ですね。
(X、自分ではめったにポストしませんが、公式のお知らせの確認用に見ています)
一読しての感想は、ああ、いい話を読んだな、でした。
1000文字くらいの短編なので、さっと読んで。途中で、え、新薬? と拍子抜けしましたが、基本的にハッピーエンドのほうが好きですから、それもいいな、と。
完治ではなく延命で、早くして亡くなるけれど、幸せはここにある。良い終わり方だと思いました。
――と、ここで終わりにしようかと思ったのですが、近況ノートによると、突っ込まないといけないんでしょうか……。
(……ええと、確かに、ちょっと、思ったことはあります。作者が梶野さんでなければ、何も思わなかっただろうことを)
ネットで、さっと読める短編だったら、たぶん、これでいいのだと思います。
ご都合主義なところもあるけれど、気持ちよく読了したいので。
タイトルも、既視感があるかもしれないけれど、既視感があるからこそ、手に取ってもらいやすいと思います。
もし、ネットでないなら、「花火」に関係する言葉が入るタイトルが似合うでしょうか。
思ったこと……というのは、後半部分。新薬ができたところ。
新薬があるからこそ、救いがあるし、読了感がよい。だから、否定するわけにもいかないのですが、やはり、ご都合主義と感じてしまいます。
しかも、完治しない、中途半端な新薬だからこそ、「短命でもいい」というラストに繋げられるのも、都合がいいかな……と。
……そう考えると、子孫が産まれて皆に囲まれて看取られるのと、新薬が作られずに十代で亡くなってしまうのとでは、たとえ、どちらも短命だったとしても、まったく意味が違うと思います。
三十代でも、やりたいことは早回しで全てやりきって亡くなるのと、十代でやりたいことをやりきれずに亡くなるのとでは、「短命でも幸せだった」という言葉の重さが違うのではないかと思います。
新薬が作られず、十代で亡くなるけれども、それでも、自分の人生を幸せだったと感じられた――と、持っていくことができれば、個人的には凄い作品になったのではないか、と思います。
ネットでなければ、前半部分で終わりでも良かったかな、とも。
ラストの終わり方。ぼくと彼女の子孫たちは、ふたりから花火の話を聞かされて育ち、同じように早回しで生きています。
さっと読める短編小説なら、たぶん、これで良いのだと思います。
ただ、個人的にはシュールというか、怖いです。
見方を少し変えると、「世間の人は、短命のぼくや彼女を可哀想だと思っているけれど、ぼくたちは幸せだ」という考え方を、子孫に強要している(洗脳している)ようにも見えるのです。
ぼくと彼女は、世間の考えではなく、自分の考えとして「短命でも幸せだ」という結論にたどり着きました。それは、とても素敵なことだと思います。
けれど、子孫たちに考えを押し付けて(教育して)しまったら、「短命は不幸だ」という考えを押し付けてきた世間と、変わらないのです。それは、ぼくと彼女らしくないなぁ、と思います。
ぼくと彼女は、子孫たちには皆、同じように花火の話をして育てた。けれど、ぼくたちと同じように早回しの人生を進む子もいれば、マイペースだったり、悲観的な子もいる。延命で満足するなんておかしいと、さらなる新薬を開発してやろうという子もいる。いろんな人生がある中で、ぼくと彼女は「この人生で最高だった」で終わる、みたいな、それぞれの幸せでいいのではないかと思いました。
生意気に、すみません。
いろいろ書きましたが、はじめに思ったことは、本当に「ああ、いい話を読んだな」ですので! どうか、お間違いなく!
作者からの返信
お久しぶりです!
そして長文の感想、わざわざありがとうございます。
>(……ええと、確かに、ちょっと、思ったことはあります。作者が梶野さんでなければ、何も思わなかっただろうことを)
むしろそういう本音感想こそ、大歓迎なのが梶野なので! 遠慮なさらずおっしゃってください。
>もし、ネットでないなら、「花火」に関係する言葉が入るタイトルが似合うでしょうか。
もちろんそれも考えたんですが、そのタイトルまんまのくそ有名な小説があるので辞めたんですよね。それにそこまで花火に寄せられなかったというのもありますし。そこら辺の中途半端さも自信が持てない理由なんだと思います。
>新薬があるからこそ、救いがあるし、読了感がよい。だから、否定するわけにもいかないのですが、やはり、ご都合主義と感じてしまいます。
これについては致し方ないです。
我ながら都合よく出てきたと思いますし、短編ゆえ伏線も張れてないので。
>しかも、完治しない、中途半端な新薬だからこそ、「短命でもいい」というラストに繋げられるのも、都合がいいかな……と。
ここについては反論させてください。
完治せず延命のみ作用する薬というのは、この手の不治の病には多く存在するケースです。私の友人も同様の薬で延命しています。その意味で「完治する薬」が出てくるよりはリアリティがあり、ご都合主義から遠ざける効果があると考えています。「短命でもいい」だけなら、そも新薬出す必要がありませんし。
>三十代でも、やりたいことは早回しで全てやりきって亡くなるのと、十代でやりたいことをやりきれずに亡くなるのとでは、「短命でも幸せだった」という言葉の重さが違うのではないかと思います。
ここも、私は基本的に同じだと思っています。
三十代でなくなるのも、平均寿命から考えれば十分早いし不幸に思えるでしょう。三十年ではやれないことも幾らでもあるはずです。孫子の将来を見れずに嘆く絶望とか。
もし主人公が彼女に出会っていなければ、新薬で三十代まで生きても何も希望を持てず、絶望したまま二十年を過ごしたと思います。「どうせ長くは生きられない」と。
寿命と満足度は必ずしも比例しない、大事なのは与えられた人生を大切に使うことだと、私は思います。まーそれが難しいんですが。
>新薬が作られず、十代で亡くなるけれども、それでも、自分の人生を幸せだったと感じられた――と、持っていくことができれば、個人的には凄い作品になったのではないか、と思います。
>ネットでなければ、前半部分で終わりでも良かったかな、とも。
私は「それはどうかなあ」、という意見ですかね。
全部見たわけではないですが、ケータイ小説などで余命ウン年系が流行した際、そういう終わり方をする作品は五万とあったと思われます。ザ・テンプレというか。
その方向でも書き方によって個性が出せるかもですが、今回はその覚悟が少しだけ延長したらどうなるか、花火の話が周囲に広がることで、人生の見方が主人公のように変わるものではないか……と考えたのがあの後半ではあります。
もし新薬なしで十四歳で話が終わっていても、多分主人公は残り三ヶ月がんばって生きたと思われます。彼女に感化された後なので。「ずっと前からそう思っていた」という後半の台詞は、その意味で言わせたもので、二十年前から短命に臨むスタンスは同じなんです。
>ぼくと彼女は、世間の考えではなく、自分の考えとして「短命でも幸せだ」という結論にたどり着きました。それは、とても素敵なことだと思います。
>けれど、子孫たちに考えを押し付けて(教育して)しまったら、「短命は不幸だ」という考えを押し付けてきた世間と、変わらないのです。
花火の話は要するに「短い人生にも意味がある」で、だから最後まで懸命に生きよう、という教えです。幸福とか不幸はただの結果ですが、そもそもが「短命は不幸」への反証なので、「その方が幸せに近づく」のは当然ではあるかと。
短命な親が肯定せずに、誰が子供に諭せるのか?という話だと私は思います。
>それぞれの幸せでいいのではないかと思いました。
私もそこは鉄の結束にする必要ないと思いますが、
>悲観的な子もいる。
なんてのは教育の敗北だと思いますかね。この主人公夫婦なら、何をもってしても子供を悲観させないように動くかと。いわば二人の人生の否定ですから。特に主人公の方は悲観の体現者なので、なおのこと。子供が不幸なのを多様性と認める親はいないでしょう。
そういう話も書けば面白くなりそうなんですが、掌編である以上、ラストに多様性を含めるのはノイズになる、というのが作者の判断になります。桃太郎の「めでたしめでたし」のあとに「しかし略奪を残虐と責めるものもいた」と付け足すようなもので。
>延命で満足するなんておかしいとさらなる新薬を開発してやろうという子もいる。
こういうのは全然ありです。限られた人生を夢のために使い切るという意味でも。ただまあ掌編なので(略)
>いろんな人生がある中で、ぼくと彼女は「この人生で最高だった」で終わる
基本的にはこの意味合いですが、みな主人公に似た人生になっているのは、よい親子関係で成功のモデルケースになった、という示唆ではあります。
もちろん子供は子供で葛藤なり色々あるんでしょうが。
>いろいろ書きましたが、はじめに思ったことは、本当に「ああ、いい話を読んだな」ですので! どうか、お間違いなく!
いえいえ。仮に「読んだ時間返して」と言われても、これだけ意見していただければ感謝の言葉しか出てきません。貴重な時間を割いていただき、ありごとうございます。反論こそ多めでしたが、月ノ瀬さんのような感想も来そうなテーマだと覚悟はしてましたので、やはりというか、その考え方も尊重したいところです。
余談ですが、私は「生まれても不幸になるから子供を作らない」というネットでよく見かける意見が大嫌いでして。子供というか一人の人間が、生まれて不幸になるか幸福になるかなんて、神でもなければわからないはず。不幸になる可能性が子作りの否定に繋がるなら、誰も子供なんて産めなくなるでしょう。出産の時点でリスクを伴うんですから。
……みたいな考えが、後半を書く上で影響を与えていたのかも。
またお目に触れましたら、よろしくお願いします。
Do you hate fireworks?への応援コメント
読ませていただきました。大変良かったです。
梶野さんの作品は個人的にグサグサと刺さってくるので、精神の平穏のために少しづつ読もうと警戒していたのに。短めだからと油断したらガツンときました。さすがですね。他の方のコメントややり取りも合わせて何度も読み返しました。
タイトル詐欺の件、私は最初の余命三ヶ月の段階では、『ぼく』はまだ恋をしていないと解釈しました。一緒に暮らす中で感情が育ったり、繰り返す新薬の治験はリスクも不安も大きいでしょうから戦友のような気持ちも合ったかもしれません。彼らはお互いに抱えるものを理解できるのは相手しかおらず、恋の段階を飛ばして家族になった、と思いました。
そして、頑張り尽くして万策尽きた最後に、始めて彼女に恋をした。
そう読めたので、すごく美しい話だなと思いました
ご都合主義的な新薬の方は、実際そんなもんですよ、と。
5年前の時点で、持病の診断で大まかに10年後生存率50%くらい、でした。
そこまでシビアな数字ではないですが、井上靖の化石を思い出して、10年間で何をするのか、などと悲劇の主役になったような感傷的な状態だった事もあります。
当時は『余命10年(中央値)か』と苦笑しましたが。
その後食事制限の効果があったのか、新規に適用になった薬が効果あったのが、想定より数値の悪化は遅いようです。何と言うか、現実は物語ほどドラマティックではなく、あいまいで良くわからん余命をあんまり気にせず、なんてことのない日常を淡々と続けるだけです。
というわけで、そのあたりのリアリティも非常に高く感じました。
> 今はもう悲しくなかった。
この一言に、しみじみと染み込むように共感しました。
『如何に死から逃れるか』と『如何に生きるか』は重なる部分があっても、本質的には違うと私は思います。具体的に書かずに空白とした彼らの人生が、読者それぞれの想像に委ねられた事も含めて、美しいな、と思いました。
毎度ワンパターンかなと思いますが、良いお話をありがとうございました。
作者からの返信
じっくり読まれた感想&レビュー、ありがとうございます!
梶野は基本的に長編は一本だけで、他は短編か掌編です。遅筆なのでさっさと終わらせたい心理が働くのでw
若い読者にはほぼほぼスルーされることが多いですが、辺根さんの好みに合致していたら嬉しいですね。
>タイトル詐欺の件、私は最初の余命三ヶ月の段階では、『ぼく』はまだ恋をしていないと解釈しました。
タイトル詐欺については、多分「余命と言ったのに生きてるやんけ」という部分かと思われますw
>一緒に暮らす中で感情が育ったり、繰り返す新薬の治験はリスクも不安も大きいでしょうから戦友のような気持ちも合ったかもしれません。彼らはお互いに抱えるものを理解できるのは相手しかおらず、恋の段階を飛ばして家族になった、と思いました。
>そして、頑張り尽くして万策尽きた最後に、始めて彼女に恋をした。
そう読めたので、すごく美しい話だなと思いました
なるほど。それも素敵な解釈ですね。
二人が生活のなかで気持ちを育てた可能性、大いにある気がします。
ご都合主義的な新薬の方は、実際そんなもんですよ、と。
5年前の時点で、持病の診断で大まかに10年後生存率50%くらい、でした。
実際に持病持たれてる方にそう言っていただけるとホッとします。
私も母が長く1型糖尿病を患っていて、薬やインシュリン注射の変遷は見てきたので、わりと突然新薬が認可されたり、世界が一変することがあると思っていたので。
あと昔見た「レナードの朝」という映画の影響もあったかもしれません。
>その後食事制限の効果があったのか、新規に適用になった薬が効果あったのが、想定より数値の悪化は遅いようです。何と言うか、現実は物語ほどドラマティックではなく、あいまいで良くわからん余命をあんまり気にせず、なんてことのない日常を淡々と続けるだけです。
そこら辺、辺根さんのエッセイを読んだ後だと共感もひとしおですね。
私は持病こそないですが、先輩の一人が筋ジストロフィーで歩けなくなりまして。折に触れ遊びに行くんですが、どう接すればいいか悩んだりしたことが、今作の考え方の根底にある気がします。
言っても余命なんて健康でも保証されてないんですよね。明日交通事故にあって、先輩より私が先に死ぬかもしれない。そんなことを話したりしています。
>> 今はもう悲しくなかった。
>この一言に、しみじみと染み込むように共感しました。
ありがとうございます。
そう感じていただけたなら、この作品は成功です。
>『如何に死から逃れるか』と『如何に生きるか』は重なる部分があっても、本質的には違うと私は思います。具体的に書かずに空白とした彼らの人生が、読者それぞれの想像に委ねられた事も含めて、美しいな、と思いました。
ここらへんは掌編の長所だと思います。
具体的に書くなら長編の分量が必要かつ筆力も求められますが、短ければ読者の想像に委ねられるのでw
>毎度ワンパターンかなと思いますが、良いお話をありがとうございました。
いえいえ、こちらこそ。
また同じ言葉をいただけるよう、精進します。