第22話 嗜欲の血眷(アマルティア)

「何を言うかじゃなくて、誰が言うかってのはマジで重要だな……これは反省すべきだ……」



 シロと別れ、一人反省会を行うルカは下界へ帰還する妖精門メリッサニのある場所――都市中央に屹立する極彩色の超巨大樹『幸樹』の足元へと到着した。

 そんな大樹の足元にはぽつんと佇む一人の人物が。



「あれは……ミュウ・クリスタリア?」



 軽装でありながら風柄漂う、忘れたくとも忘れられない少女。

 都市中央の幸樹の真下、絵画のようにてんで無警戒に頭上を仰ぐ紅髪の一人の少女を視界に収めた。



切札エーテレインがなかったからどうなったのかと思ってたが、やっぱり生きてたか。さてどうすっかなぁ……正直もうアイツとは戦いたくないし、妖精門の前に陣取ってるし……ここはミュウがいなくなるまでどこかで時間を潰してくるか……」

「国民的美少女を待たせておいて尚去ろうとは無礼者め。早う来んかルカ・ローハート」

「うぐっ!? てめっ!? 糸で引き寄せるのはヒキョーだぞ!?」



 踵を返してその場を後にしようとしたルカは、腰に糸を巻き付けられて一瞬でミュウの元へ。

 顎をくいッと持ち上げられたルカは無抵抗に、ミュウの妖艶な半眼をその身に受ける。



「どうして妾がここにおるのか、と言いたそうな顔じゃの? ん?」

「……あながち間違ってはないけど、また戦うつもりだってんなら馴れ合うつもりはねーぜ?」

「そう身構えるでない。今はお主と敵対するつもりはこれっぽっちもない」

「今は、か……含みのある言い方だな」


「なぁに、今は敵意より知的好奇心が強いというだけの話じゃ。少々聞きたいことがあってのう、魔力回復のために玄天界に来たついでに張っておったという訳じゃ」

「ふぅん……今戦うつもりがないなら少しくらい話に付き合ってやってもいいが、その代わり俺の質問にも答えてもらうぞ?」

「よかろう。交渉成立じゃな」



 ミュウは艶やかに笑い、ルカの顎と腰の糸を自由へと解き放つ。

 自由の身となったルカは一歩後退し、ミュウとの対話へと没入していった。



「単刀直入に聞く。お主の切札――あのおぞましい極彩色の剣は一体なんじゃ? 直撃を被る前に秘境ゼロから離脱したが、あれだけは喰らってはならぬと本能が叫んだ。あんなの初めてじゃ」

「……交渉成立した手前申し訳ないが、単刀直入に聞きすぎだろ……敵同士だぞ……」


「敵意の無い今の妾はただの可愛いアイドルじゃっ。ね?」

「ね? じゃねぇよ!? 敵に切札は教えられないって言ってんの!」

「ほう? お主は約束も守れぬ男子おのこと認める訳じゃな? 下界で言い触らし回ってもいいんじゃな? 自分で言うのも何じゃが、下界で有名人の妾は影響力が凄いぞ?」

「無駄に迷惑のかかる脅しかけやがって……」



 下界の人間を虜にした実績を持つミュウのしたり顔の脅しにルカは大きな溜息をついた。



「あーわかったわかった……一応言っとくがそれなりの言葉は覚悟しておいてくれ」

「あぁ、構わぬよ。どんなことがあっても妾は驚かんっ! バッチコイ!」

「なんだよそのノリ……以前幻獣相手に直撃させたことがあるが、その時は幻獣が『消滅』した。人間相手にどうなるかはわからん」



 これで満足か、とルカは待望の答えを待ち受けるミュウへ視線で訴える――が、その先には見事な前振りに時を凍らせるミュウの姿が。



「………………え?」

「だから消滅。跡形もなく」

「そ、そんなものを妾に当てようとしてたのか……?」

「殺意剥き出しで襲いかかってきたお前が言えた台詞か?」


「ホント避けといてよかった……! いやマジで……!」

「テンパって口調変わってるぞ。とまぁ、俺の切札については俺自身もまだ不透明な部分が多い。何なら今、受けてみる?」

「ちょっとわくわくしながら言わないでくれる!? 悪魔を飼ってる私より悪魔だよ君ぃ!?」



 半泣きでミュウが叫び、ルカは意趣返しをしてやったと少し溜飲が下がった気がした。



「多分だけどお前の『色欲の力』が効かなかったのも、消滅の力が働いたんじゃないかと俺は推測してる」

「そう言えば『魅了エピカリス』もお主には効かんかったの……ん? という事はお主は妾に魅力を感じておらんというわけではないのか?」

「んー、まぁ……? 殺し合いなんてしてなけりゃ、お前くらい可愛い奴だったら少しくらいな……」



 そんなルカの控えめな称賛にミュウは喜色と揶揄の笑みを拵えてルカへと詰め寄った。



「くふふふ! なんじゃなんじゃ、それなら最初からそう言えばよいものを! 全く! 妾の色香が通用せぬわけないよのぉ! くふふふふふ!」

「あーうるせぇうるせぇ!? 次は俺の質問に答えろよな!」



 ミュウの肩を押し返しながらルカは話を強引に元へと戻す。

 でなければ、いつまでたってもミュウが調子に乗っていそうだったから。



「あぁよかろう! なーんでも答えてやるぞ! 今の妾は上機嫌じゃからのう!」

「人間離れした悪魔のような翼に高濃度の魔力――お前は一体全体何者なんだ? 悪魔を飼ってるとも言ってたし、どうして俺達と敵対して世界を滅ぼそうとしてるんだ?」



『友』や『仲間』に対するミュウの拒否反応、そして世界滅亡の願望の根源を知りたいと。

 ミュウはそんなルカの問いに鼻で笑い、小さな口から言葉を零し始める。



「『色欲』。これが妾の全ての動力じゃ。妾は生まれもっての異常体質というやつでの、幼少期から常軌を逸するほどに好意を持たれながら生きてきた。比喩ではなく言葉通りに、の。おのこの下心のある目、おなごの羨望好色の目、四六時中監視されているかのような視線過多――中には羨望を説く者もおったが、妾はそれを望んでおらん。そんな老若男女問わず虜にする体質でありながら『色欲』に従順であることを拒んだ妾は『色欲』の悪魔に魅入られたのじゃ」


「色欲の悪魔……七つの大罪の?」

「そうじゃ。他者にとっては天恵であろうが、妾にとっては負の要素でしかない。だから妾に多大なる『色欲』を付したこの世界を滅ぼしたいくらいに憎むのじゃよ」



 望む者が受け与えられれば、百利あっても一害なしだったのだろう。生物の本能からすれば情愛を享受し、己の魅力に酔い溺れる者も少なくはない筈だ。

 しかしミュウは色欲による好色の眼を望んでいない。

 


「妾が何者か――その問いに答えを付けるのであれば悪魔を内に宿した者達の名『嗜欲の血眷アマルティア』と言うが正しいじゃろう。この際はっきり申しておくが、他の嗜欲の血眷アマルティアの連中と戦闘になりかけたら迷わず逃げることじゃな。中には悪魔の力を使いこなす者もおる。ま、お主がどうなろうと妾は別に構わんがの。滅亡が早まるだけじゃ」

「ふーん、なんだかんだ心配してくれてるのか?」



 警告を発し、逃亡を示唆するミュウの姿は、ルカにとって敵の助言とは思えなかった。

 強がりのようにミュウは悪態をついたものの、ルカがにやぁと微笑むと見る見る内に赭面していく。



「は――――はぁあああああああああああああああ!? そそそそそんなわけないですー!? 私とキミは敵同士! たまたま私の優しさが出ちゃっただけで、かっ、勘違いも甚だしいですねえ!?」

「いやーまさかミュウから心配の声が出るとはなぁ。そんなに気にかけてくれてるんだったら、もう戦う必要はないよなぁー」

「違うもん! ちょっと間違えちゃっただけだもん! なんでそんなイヂワル言うの!? キミは好きな女の子にちょっかいかけたくなるタイプなのか!? そうでしょ! そうなんでしょ!? だってさっき私でヌいたって言ってたもん!」


「言ってねぇよ!? テンパってキャラブレした勢いで誤解を招く発言止めてくれ!?」

「キャラじゃないもん! 女の子が古風口調だったら周りが敬遠するとか、色欲対象に見られないだろうとか軽率な考えでキャラ作ってるわけじゃないもん!」

「それ余計に目立ってない?」

「があああああ!? 逆効果だってこと実は気付いてるけど、ギャップで売れちゃった以上後に引けないんだよおおおおおおおお笑うなあああああああ!?」

「笑ってねえよ……わかったわかった、俺が悪かったよ……」



 実はこんなに打たれ弱かったかと、死闘を交えたミュウ・クリスタリアとは別人だと疑いたくなるルカ。

 ふーっ、ふーっ! と涙目で肩を震わせ「これ以上自分については話さん」といったミュウの威嚇に、追求を諦めたルカは話の方向性を一つずらした。



「もう一つ聞かせてくれ。ミュウが知ってる中で、玄天界で起こった小熊猫レスパンディアに関わる事件を教えてくれ」

「……玄天界の話なぞ聞いてどうしたのじゃ? まぁ知りたいのなら教えてやってもよいが……半年ほど前に希少種の女子おなごが自派閥の騎士団長の首を斬り付けるといった殺傷事件があったこと、そして団長亡き新生【夜光騎士団】が【クロユリ騎士団】と衝突したこと、そんなところかのう」


「希少種の子が騎士団長を殺傷……犯人は?」

「まだ捕まっておらんようじゃの。詳しい話は妾も知らん。詳細が気になるようなら日中に【騎士団総本部】へ行ってみてはどうじゃ? お主が求む情報が手に入るかは知らぬがな」



 手刀で己の首を斬る仕草を取るミュウの不穏な単語に、ピクリとルカの眉が跳ねる。



(犯人像はシロに近い……だけどあの子に騎士団長を殺害できるほどの実力が……? 子供達の未来を嬉しそうに語っていたあの子がそんな大罪を犯すか……?)



 頭にこびり付いて離れない、少女の悄然とした顔と大事件を対比させながら玄天界の夜が更けていくのだった。









 ちなみに下界帰還予定時刻を大幅に超過したルカが薬をココへ届けに行くも、夢現で待っていたココによって朝日が昇るまで説教を受け続ける羽目になったという。


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